出張1
「じゃ、心行ってくるから」
「はい、おみやげよろしくお願いします」
いつもと違う種類の喧騒。
学校の玄関先では二年生が私服でごやごやとたむろしている。一年生は恐縮しながら、三年生は騒いでいるせいでぶつかりそうになる二年生に舌打ちをしガンを飛ばしてから自分の靴箱に向かう。
そんな中、僕らは自販機の横でいつも通りの会話を繰り広げていた。いつもと違う空気に僕らは変わりないことへの確認作業のように思え、少しホッとする。
「僕も上海行きたい」
「…俺のバッグに入る?連れてくけど」
本気な調子で言うから僕もじゃあよろしく、なんて返すとチャックを開けて見せる。お決まりの会話を交わしていると二年生の学年主任が集合をかける怒鳴り声がして僕らは距離を取った。
タキさんが一週間いないって、どんな感じなんだろう。感覚がよくわからなくて、不安って言うよりそれが漠然とし過ぎているから別れ際にする事が何かわからない。
なんだかんだで最近家に行けば抱きしめてくれるし、たまーにキスだって。触れ合えば落ち着く。土曜の夜はぐっすりだったから今週はきっとレム睡眠だ。
だから、たぶんこうしとかなきゃ後悔すんだろーなって、感慨もなくただそう思ったから。
「心?」
「いってらっしゃい」
右手を包み込みタキさんのジャケットのポッケに突っ込んだ。ファーのついたフードが南極基地にいる人みたいだって、僕が言ったやつ。ポッケん中はあったかい。
あまり大きくない手でタキさんの指を掴むと驚いた顔された。
「寂しい?」
「違う。一週間分溜めときたいから」
言葉通りの意味なのに、タキさんは困った顔して見せる。
「それ、寂しいって言うんだよ」
そして優しくいつもみたいに笑われた。皆自分のことで一生懸命なんだから僕らなんてあんま見てないのに、やっぱ人目が気になる僕は精一杯できたのがポッケん中で指を握ることだった。
これだって充分すぎるくらいイチャついてんだけどな。
……誰も気にしてないけどさ。
学年主任が更に怒気を強めたので指から手を離すとちゃんと熱が移っていた。ポッケの外の、肌を凍らせる外気にもしっかり輪郭づいててくれる。
「よし」
「何がよし、なんだ?じゃあ行くけど」
「ハイ!さようなら!」
一変させて呆気なく、それこそ爽やかってぐらいに別れを告げる僕にタキさんは一瞬憮然として。
そして――絶対、嫌がらせだ。
かがんで囁いた台詞に一気に紅潮し、その間に「いってきます」とニヤニヤ笑って学年主任の待つバスに向かったのだった。
……もーやだ。
“帰ってきたら、三日後クリスマス”




