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図書室ピアス  作者: 羽野トラ
移り変わり
33/57

成長Ⅱ

 タキさんが髪を伸ばし始めた。


 ついでに眉毛も生やし始めた(眉毛ナシってのはビビられる要因だとやっと気付いたらしい)。


 坊主よりちょっと毛が生えたくらいなんだけど、あの蜘蛛の巣の剃りの部分も生やすらしく、今ではうっすら剃りの跡がわかるくらいになっている。

何でも髪を染めるための準備、らしい。


 何色にするとかどんな髪型になる、とか詳しい事は聞いても教えてくれなくて、僕もそれ以上は突っ込まなかったのでいつの間にかタキさんの髪についてなんて忘れていた。ただ時たま目がそこにいった時なんかはああ髪伸びてるなぁ、なんてちらっと思ったりしていた。

ベリーショートよりもう少し短髪くらいになった時。

 金曜日はタキさんが学校に来てなくて、メールをしたらただのサボりで、土曜日はいつも通りお泊りだと言われたので僕はホッとしてバッグを持ち週末あのマンションに向かっていた。


 つい先日どこかの地方では雪も降った。鼻を赤くして自動ドアをくぐると広いロビーの大きなソファ近くにあの人――らしい人が、手招きしていた。


「じゃーん」


 近寄ると、やっぱりその瞳とどこか気の抜けた口調はタキさん自身で。

びっくりしたのは髪の色とその髪型。僕が驚いたのをタキさんはニヤニヤして見ていた(この人はからかうのが好きなんだ)。


「部屋行こ」

「は、はい」


 エレベーターに乗り込み二人きりになる。姿が少し変わっただけで知ってるのに知らない人になっている。

変に緊張して、ごまかすためにガラスに張り付いて地上を眺めるフリをした。


「しーんー」

「はい」

「なんか言ってよ」


 沈黙が続くと軽い調子で僕の背後に立ち、わざとらしく肩に手を置く。ひどい、人見知りしてんの絶対楽しんでる。


「な、なんかってなにですか」


 うわ、言葉変、後ろ見れない。


「いつもみたいにさ…あ、ついた」


 ポーン、と助けにしては軽すぎる音が鳴りホッと息をつく。

いつも見ているタキさんちまでの風景があまりに今日は違い過ぎる。


「タキさん、あの」

「ん?」


 あの、の続きが決まっていなかった。部屋に入ってもまだ気恥ずかしくて近くに寄れずにいて、不自然に意識するから恋人同士だってのに片思いしてるみたいに挙動不審になっている。


 タキさんの髪の色、灰色だ。

 毛先にいくほど薄い色合いは白んでいて、中心になる程にダークグレイに染まっている。短い髪が軽く逆毛を立ててウルフになっていて、一目見て狼だ、と思った。

惚れ直しなんて馬鹿みたいなんだけど、物凄い瞳に合ってるんだ。

僕の好きなハスキー。


 カッコイイ。は、無理だけど似合ってるくらいは言えるのに。

 軽く言えばいいだけなのに、この姿に照れてから言い出しにくくなった。


「どうした?」

「い、いや」

「ここ、来る?」


 いつものツッコミを入れさせるため助け舟を出そうとしたのか単にからかうためなのか判らないけど、頭の中が渦を巻いていた現状じゃ上手く整理できなくて。


 僕はぎこちなく頷いて、それまでニヤニヤ笑っていたタキさんの膝の上に座った。


「……えと」


 どうしよう、どうしよう。


 何で座ったんだ。冗談に決まってる。絶対困ってる。

 だってホラ、座った瞬間予想外って顔した。


 人の膝の上って疲れる。妙に気ぃ遣って体の重心ズレるし、正面からじゃどこ向いていいかわかんないし。


「こっち見て」


 落ち着いた音程の声にそろそろと面を上げるとタキさんが困った顔して最近生え始めた眉尻を下げていた。


「なあ心、俺なんかした?」

「え?」

「よそよそしいっていうかさ。こうしてるからアレなんだけど」


何言ってんだ。さっきまでからかってたくせに。


「そんなに変か?この髪型」


 言い、毛先をつまんで見せる。



 困ったカオさせてる。

 どうしよう。カッコイイから見れない?

 本物のバカだ、バカップルだ。絶対言えるわけない。


 ばか。


「あの」


 また言葉が詰まった。

 今だって膝の上に脚広げて座って、充分カップルしてて。よく考えたら恥ずかしい状況だ。


「違くて。変じゃなくて」


 ヤバイ。急に恥ずかしくなってきた。なんだこれ。胸がキュッてなるんだからまるで告白前。

 膝上で無意識に触れていた太腿が、布ごしなのにアツくて。

こんなカッコイイ人(皆はカッコイイよりコワイだろ、と言う)と僕がなんでいるんだ、なんて。

 客観視したらアホくさいことも平気で真剣に思い始めていた。


 人間は見た目じゃないって言うけど、初対面では苦手だったこのコワモテが付き合った今ではど真ん中にキてるんだから相当溺れてる。

 ハズ。ヤバイ。

 はずかしい。絶対カオ赤い、気持ち悪い。

 三ヶ月目って、山場って言うけど僕のこれはなんなんだ。

 こんなに好きで仕方ないのは今日だけで(悪い意味じゃない)変わった姿に慣れれば今までと同じよう仲良く、まったり友達みたいな関係に戻るんだろう。


 予想済みなんだけど今はもう、どうしていいか判らない。


 ……逃げたい。


「心」


 とうとう顔すら見れなくなった。


 変に緊張して瞳を泳がせ体を固くすればついに前方からため息が洩れる。ああ絶対呆れられた。

 こんな気持ち悪い反応するから。


 うわ、思考回路女じゃん。

 ……。


 いーやーだーー。



「…ごめんなさい」

「何が」

「気持ち悪くて」


 自己嫌悪にようやく言葉を発して謝ると、意味わからん、と苦笑される。そのうちに腕を取られタキさんの首に絡ませられていた。

 タキさんがソファに寄り掛かると僕は前傾姿勢になる。後頭部に手をあてられ、首元に顔を埋めるとようやくさっきよりはまともに喋れそうだ。


「タキさん狼みたい」


 やっといつもの会話。


「そっか?前とどっちがいい」

「どっちも好き。けど、今のが前より優しそう」


 どっちにしたって廊下歩いてたら避けられること必死だけど。あくまで比べるのはタキさんだから。


 走った後みたいにゆっくり心臓を落ち着かせ、少しずつ顔を上げるとタキさんの頬が僅かに上気していた。頬っぺたが赤いとタキさんはかわいい(それを見たいがために頬をつねる)。なんだか嬉しくなって頬に指を伸ばしたら叩き落とされた。


「引っ張る気だろ」

「いーえ」


 眉を寄せたタキさんに一瞬不安になり、次の言葉で謎にそれを掻き消した。



「鋼鉄の理性が崩れそうだ」



 伸び悩みかな、なんて呟いて。


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