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図書室ピアス  作者: 羽野トラ
移り変わり
31/57

睡魔と本音2

「俺んちね」


電気が消えると部屋の中は急に無音になる。時計の針を刻む音や体を動かすと僅かに軋むベッドの唸り、そんなものがすべて消え去る。

タキさんの声以外、全部クリアになる。


「…俺んち、……あのさ、瀧グループわかる?海外にもホテルとか出してるんだけど」

「ホテル…、名前、何ていうんですか?」


この人が金持ちだってのは知ってる。だからきっとその関係者の家族だってことも。


だけど、だけどさ。

びっくりするじゃん。


「……――ホテルとか」

「え?あ、聞いたことあります」


家族旅行で数年前に行ったことがある。


「あれ、俺んちの系列。つうか俺の親父がやってんの」


「――え」


タキさんの指がするっと僕の指の間を抜ける。

僕が咄嗟に返せなかったのがいけなかったのか、それとも真面目な話の最中に意識を自分の中に集中させるためなのか。

意識せずに傷つけた?

タキさんを。この人を?


違う、タキさん。

ホントただびっくりしただけだから。だから、それ以上に思うことは無いよ。

深く考えないで、お願いします。


「ヒいた?」

「ち、違う!」


手ぇ離さないで。


「違うから、だから」

「うん」


優しい声がどこか寂しく聞こえて、まだ勘違いを含んだままなんじゃないのかって不安になる。

もういいよって、制されてるみたいで悔しくて。


「中学生の時かなぁ、俺…軽くカミングアウトしたんだよ」


天井を見つめるタキさんが暗がりに馴れてしまった目に深く色濃く映り込む。僕の姿は彼の中にはいない。

今、僕に語りかけてるけど、いない。

変わるのは口調だけ。


「軽ーく、な。男でも大丈夫かもって。親父の知り合いにもそういう奴いたし。顔合わせた時に、軽く。んで、まぁ…でも現実は甘くなかったって事だ」


うん、と頷いて。

何回目かの間を置きタキさんがちょっと笑った気がした。

それが自嘲に見えて途端胸がギュッと苦しくなった。


多分他にも言いたいこと、言わなきゃって思ったこと、反対に言いたくないこと、棄てたい記憶掘り出して脳みそ廻らせて。

辛い記憶、僕がきっかけにして言わせた。

悪い事…した。



「心、いいから」

「え?」


自然と気分が滅入り俯いていて、気がつくといつもみたいにして頭を撫でられていた。

続けて更に顔を覗き込まれ、座高の違いに肩を抱き込まれる。戸惑いながら恐る恐る目を合わせるといつものハスキー犬で、落ち着かせるみたいにしてじっと奥を見つめるから何だかおかしくてぷっと吹き出してしまう。


「暗くてあんま見えないけど…泣いてないよな?」

「はい」


目ぇ合わせてんじゃんバカって意味で笑ったら何を勘違いしたんだかいきなり頬っぺにちゅーされた。ぷちゅ、って音が間抜けでツボに入り手を叩いて笑ったらムード無いとか(あのタキさんにだ)言われて。


さっきまでの苦しい胸の重しは吹っ飛んでた。




「更正しろって家追い出されて仕返しにあのバカ校入ってさ。そうしてなきゃ君に会ってないんだし。」


「うん…」


話がズレて、ユイさんとの会話について少し聞きずらくなったけど大方予想はついた。


“考えなね”


って、きっと今後のこと。

タキさん、そういう偉い人の息子なんでしょ?

そしたら卒業したらきっと後継がなきゃ、仕事覚えなきゃ。

そんで“結婚”して血、残さなきゃ。


お父さん、更正しろって。


未来なんて僕には漠然とし過ぎていて見えないけど、タキさんが“更正”するまで隣にいられるのはきっと僕だ。

そう思ったら少し楽。


「女だったらよかったかもなぁ」


さっき不可思議な笑いのツボに入ったせいか感傷は無くて、仕方ないよねって風にそんな言葉が漏れた。

別になりたいわけじゃなくて、仮定の話。


直後に俺が?と聞き返すタキさん。

頬が緩んだ。


そこからはもう睡魔の再来で、タキさんに肩を抱かれているとゆっくり瞼がとろけて真っ暗な眠りの淵に落ちた。





今は幸せ。


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