表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
図書室ピアス  作者: 羽野トラ
移り変わり
30/57

睡魔と本音

「ん…」


夜中の2時半、暗がりの中ぼやっとした光に目が覚めた。僕の部屋にあるものより柔らかくて大きな寝具の数々。結局いつも通りにタキさんちに泊まって、大きめなベッドで二人で寝る。


タキさんはたいていベッド脇につけたライトを照らして本を読んでいる。僕もそれに倣って文庫本を持ち込むのだけど、先に寝てしまうのはいつも僕で、目覚めると読み掛けだったページにしおりが挟んであり手の届く棚に置いてあったりする(多分タキさんがやってくれてる)。


「まだ…起きてたの」

「ん、起こしちゃった?」


暗順応した瞳に映るのはベッドの背にもたれてハードカバーの本を読むタキさん。眠れないのかそれともいつもこの時間まで起きてるのか。


真っ昼間だったら、寝ぼけてなかったら。普段だったら絶対していないとんでもないことを僕はその時行動に移していた。


「太陽の子…インカですね」

「うん、って…どうした?」

「ダメ?」

「いやいや、どうぞ」


本を持つ右腕の中に体を滑り込ませ、自らタキさんに抱きしめられる形を取っていた(後で聞かされて死にたくなった)。


そうだ。

僕はその時アタマのネジが緩んでたんだ。それしかない。じゃなきゃ、なんで。


「キス」

「んー?」


枝で遊ぶチンパンジーの子供みたいに、目の前にあるタキさんの腕を掴んで本から離させた。苦笑いするのが背後の雰囲気でわかる。

筋肉質で固い腕を引き寄せそれを両手で抱える。

温もりのある何かに触れたかったんだ、きっと。


…にしても、だ。

本気でアレは無いな。


「ちゅー、して」

「え?心?」


ナチュラルハイってやつなのか。この温かさが気持ち良くて、いつも通りめちゃめちゃ優しいタキさんに浮かされて、今日は色んなことがありすぎたから、だからそんな風に口走っていた。


睡魔というのは恐ろしいもので、愚鈍すぎる思考はまるで禁断の実を食す前の始祖のように恥ずかしさというものをどこかへ追いやっていた。


「センパイ…やなの」

「やじゃないやじゃない」


どこか懐かしい響きにぼんやりあの人の困った顔が見えた気がした。

はあ、とため息がおでこにかかり、そのあとにぬるいキスが振ってきた。額じゃ嫌だと不満を口にしようとしたら視点が変わっていた。


あれ…天井が見える。


「心…あのさあ」


天井とタキさんだ。

なんか困った顔、してる。


「どうして今日に限ってそういう事すんのかなあ」


「タキさん?」


見上げたタキさんは、上手く言えないけどいつもと違ってた。困った顔は自分に向けて、みたいに。僕に意味を伝えないように。

これは僕の知らない人。

だけど好きなひと。


よくわからない。


「…ん」


頭がぐるぐるしたままキスされた。


どっちがいいのかな。

全部記憶に残せる貴重な、だけど数少ないキスと幸せを常に与えてくれる日常的にするキス。


僕らは中途半端だ。

いつもお互いキスしたい時がズレてる気がする。

ピアスをつけた図書室でのキスが一番嬉しかった気がする。


…なんだろう、すれ違いって言うの?こういうの。


不安。




「心…」


普段、一緒に寝るって言ったってほんとに言葉通り“寝る”だけで、僕らの間にあるのは幸せな時間。

人肌恋しくなる季節だけどベッドの中触れ合うものはなにもない。

そのせいなのかタキさんは僕から求めたのをすごく嬉しそうにしていた。

一方僕は昼間の会話を思い出し、急に心臓が急かされてる気分になっていた。


“考えなね”


ユイさんが放った台詞。

何について二人は話し合っていたんだろうか。


タキさん、話せない?

僕には話せない内容?


ユイさんの深刻そうな表情、そんなのがあったのにタキさんは僕には何も言わず今、こうして何事もなかったように僕の上にいる。

許せない、ってのと違う。信用されてないのかと、それが不安で求めたキスにいまいち満足感が得られていなかったんだ。


「む…なにやってんの」


腕を伸ばしタキさんの頬っぺたをつまんだ。両側から引っ張ると意外にも伸びる。顔を近付けてこようとするので止めさせるため。


ダメだ。

こんなもやもやした状態でキスなんて。


「今日なんの話してたんですか」


踏み込んじゃいけない場所があることぐらい知ってる。だけど今は平気で乗り込んでいけるくらい鈍感になってるから。

あえてその怠惰な眠さに身を委ねる。


「…話さないと駄目か?」

「僕には話せない?」


いや、と詰まってタキさんは一つ呼吸を置く。真剣な顔なのにつまんでるから頬っぺたがのびてておかしかった。

そっと頬から手を離され、タキさんが視界から消える。ベッド脇のランプが消えた。


部屋が真っ暗になる。息遣いからわかる。タキさんは僕の隣にいた。


「心、重いって思う」


子供っぽい物言いが少しおかしかった。

なんだよ、そんなの今更じゃんか。充分そんなの知ってるって。僕だって充分重い存在だ、タキさん以外こんなの受け止められない。

心臓が悪い、なんてビビるじゃん、こんなに甘ったれで、なのに憎まれ口ばっか。

ウザイじゃんしつこいじゃん。


「言って下さいよ」


とろけた瞼が重力に閉じきる前に聞いておかなきゃ。


手探りで指を布団の中這わせると探していたその人の手を発見。

触ってもいいよね?

嫌がられたらショックだけど。


ちょっとの間躊躇っていたら先にタキさんに手を握られた。信じてるからって、期待と不安とが入り交じる体温。


僕にまで届いてるから。


大丈夫だよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ