欲しいもの6
「タキさん?」
今日はトクベツな日。
だから、こうして正面からぎゅって抱きしめよう。
そうしないと俺が不安だから。
「ん、そうだ、大丈夫?」
背中から腕を離して心を見下ろすと20センチ近く身長差があるので心は少し首が大変そうだった。
「タキさんそれ何回目?」
「あ、いや…」
心はそう苦笑するけど、俺には笑い事じゃなかった。ユイさんと話し合った後、気分が滅入ったので気分転換にとマンションを出て、並木の通りを歩いていたら騒がしい声が聞こえる。
嫌な予感がして声を頼りに駆け付けてみれば案の定だ。
売る、とかそんな単語が聞こえてきて。しかもあんなに顔を青くしている心の腕を無理矢理掴んで。
恋人に触れられるのがあんなに気分が悪いモンなんて。
人の痛みが苦手、とか。
あの時は全く関係なかった。ただ血が逆流するみたいにカアっと巡って、そして波みたいに引いてを繰り返して何が何だかわからなくなった。
心は怒るかもしれないけど、腕の一本くらい折っておけばよかったかもしれない。
「ね、タキさん」
「ん?」
「欲しい物、ないの」
「急にどうした?」
えげつない事考えてたけど心の顔みたらサアッと腹に溜まる汚いものが退いていく。何てことないふりして尋ねると、少し勿体をつけて切り出す心に不覚にもやられてしまう。
「だってほら、誕生日あげてないからって前にも言ったじゃないですか。聞いてないだろうけど…。だからほら、欲しいものあったらあげたいっていうか」
欲しいもの。
…………。
『心が欲しい』なんて言い出しそうになる自分が変態くさくて嫌になる。
正直ユイさんとの話しが終わったら心を呼べばお泊りはできたんだ。
素っ気ない態度を取ったのも、あえてお泊りを無くしたのも全部あの夢のせいだ。
三日前。夢ん中に心が出てきて…そんで正直、精神衛生上よろしくない、普段なら考えられないとんでもない夢だったから。
それ以来妙に意識してしまって、多分触れられたら箍が外れるんじゃないかってくらいぎりぎりだった。
今までそう思わなかったのが不思議なくらいこの後輩をそういう対象として意識してるのにも戸惑ったし、何よりこの精神状態で泊まりなんてしたら俺はきっと心を傷つけてしまうだろうから。
男特有の波だと思い直し、時期が過ぎるのを待つことにしていたんだけどな。
このまんまじゃ泊まり決定、だ。
堪えろよ?俺。
「理性が欲しいかな」
呟くと、心は小首を捻っていた。




