欲しいもの5
「ユイさんただいま」
ドアを開けるなりタキさんが女の人の名前を出す。
ユイさんって言うんだ…。
暗い気持ちになって、それでもタキさんはまだ僕の手を離さないので不思議になる。
靴を脱いでタキさんに引っ張られたままリビングに入ると、そこにいたのはあのタキさんにキスしてた女の人。胸元の開いた白いシャツに膝上の少しスリットの入ったスカート。秘書って言葉が似合いそうな大人の女の人。
ものすごく帰りたい。
なんで修羅場なんか体験しなきゃなんないんだ。
背中に変な汗が噴いてくる。
妙な間が流れ、ユイさんは僕とタキさんを一瞥し、視線を僕らの間の手に下ろした。
「アンタ…」
まずい。
なに?どんなこと言われんのかな。気持ち悪いって?頭おかしいんじゃないの?って。
「これ、俺の恋人だから」
続いて予想しなかったタキさんの言葉に思考が飛び、ユイさんが一瞬にして咲かせた笑顔にまた混乱し。
……どーなってんの。
*
「だからもうキス止めて下さいって」
「なあに、いいじゃない」
「心、誤解したじゃないですか」
「へえ、心くんって言うの?あんたこんなコどこで引っ掛けたの」
「引っ掛けたって、アンタ飲み屋じゃないんだから…」
交わす雰囲気は親しげで…なんて、それも当たり前。
ユイさんはタキさんのおばさんだった。
随分年が近いな、と思ったけどタキさんいわく若作りしてるだけらしい(失礼だ…)。
「もういいでしょ、この話は別の日にしましょう。俺今心といなきゃいけないんで」
“この話”…用事って多分ユイさんと大事な話があったから。
どうしよ、勝手に誤解して、スケジュール壊して。
恥ずかしい。
「ぼ、僕帰ります」
「いいから」
「そうそう。アタシもそろそろ退散するし」
ユイさんはテーブルの上に置いてあったバッグを掴んで肩にかけ、長い髪を靡かせ少しだけ振り向く。
今度は真剣な表情をつくっていた。
僕の入れない二人だけの世界がそこには作られていた。
「あんた、マジで考えなね?いつまでもそうしてるわけにいかないでしょ」
含みのある言葉に何となく嫌な気分になる。
だって、いつまでもそうしてるって、こうしてちゃダメなの?
こうやって僕らにとって平和にすごしてるのがダメ、みたいな。
そんなかんじ。
「わかってるよ。でも俺、そういう状態なんじゃ帰らねえから」
ユイさんの前だといつも大人なタキさんがちゃんと高校生に見えるから不思議だった。
内容が僕にはわからない、それでも僕も関与してるんだろうなってのはユイさんとタキさんの交差する視線が僅かにそれぞれ僕に逸れるから。
ユイさんが帰った後、タキさんはまた何回も「大丈夫か?」と公園でのことを尋ねたけど僕は平気な顔してみせて、そして安堵が与えられた分またいろんなものが不安になっていた。




