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図書室ピアス  作者: 羽野トラ
移り変わり
26/57

欲しいもの3

たった一瞬、あのキスの現場を見ただけで僕の頭はおかしくなる。

過剰すぎなのかな。


でも、……やだ。


前から思ってたけど、そういうことだったんだ。

タキさんのこと、好きなのやっぱ僕ばっかで、んでこれが結果で。あんなに優しくしてくれたけど、その優しさって僕だけじゃなかったのかも。

…浮気じゃなくて僕が捨てられるのか。


「…んう」


涙はでない。代わりに血だけがどんどんどんどん送り出される。


「い…イたっ」


落ち着こう。このまんまじゃ心臓パンクする、笑えない状況になりそうだぞ。

熱くなる体を諌めようと深呼吸をした。

マフラーを首元に下げ酸素を取り込む。さっきのキスが、それ以上にタキさんが微弱だけど微笑んだのがやたらフラッシュバックして泣きそうになったけど何故だか涙は出なくて。ぐらぐら脳が揺れるだけ。

それをいくらか繰り返してるとなんとか落ち着いてきた。


「はー…」


弱い、ホントに。

どうしよ、このまんま別れに縺れたら僕、心不全起こして死ぬかも。


胸のあたりに手をあてて円を描くように落ち着かせて、気を逸らそうと無駄に大きな公園内を眺めてみるけど遊具がないので子供の姿はなく閑散としている。


そんな風景にまた堕ちてしまいそうになりベンチの上で膝をかかえ顔をうずめ視界を遮った。


やだな…









どれくらいそうしてたんだろ。

たいした時間の経過じゃないのかもしれない。それでも僕にとっては随分な長さに感じたんだけど。

誰かに呼ばれる声で僕は暗い世界から視界を開いた。


「おい」


顔を上げると見知らぬ男が三人、僕を取り囲むようにして目の前に立っていた。


「なんだ起きてんじゃん」

「あー、別にいくね?」



決してガラがいいとは言えない。どうしてこんな高級な通りにいるんだって言いたくなる人相とタチの悪そうな濁った雰囲気。

目付き、やばい。

タキさんみたいなカッコイイ鋭さじゃない。

人を傷つけるって判る濁った刃先みたいな。


逃げ出そうと腰を上げたら素早く手首を握られ捕まえられた。


「ダメじゃん逃げちゃ」


ぎり、と力が篭りいくら腕を引っ張っても離してくれない。むしろ愉しんでいるのか、ニヤニヤ笑って片腕も同じようにして捕まえられた。


「な…っ」

「ねえ、お金貸してよ」


――カツアゲだ。


想像、してたけど。


捕まえられてる間にケツポケから財布をすられる。

こんなので済めばいいや、もう早く行ってくれ。


情けないけど、噛み付く余裕もこんなんじゃ全くなくて(どっちにしろ金は取られてただろうけど)ただ同い年くらいの男がこんなに怖い、なんてのが情けなくて。


「金ねーじゃん」


財布をスッた奴が中身を見てつまらなそうに吐き捨てる。

居心地悪くて視線を逸らすといきなり頬を掴まれた。

熱っぽい手、気持ち悪い。


「なあ、こいつ売らせようよ」


売らせ…?


じっと僕の顔を覗き込み、品定めするように視線を上下に動かす。


「ハア?何売らせるって」

「だからー、オヤジとか、そーゆー趣味のヤツに売んの」

「なっ!?」


ぞっとした。

だって、売らせ…、そういう意味だ。


安直にそんな事を考えつくのにも、売らせるって意味にも。

その行為が、未遂であれ多少なりとも経験のある僕からしたら、どんなに忌まわしいのかも。


「ちょい、それエグくね…?」

「金稼げんじゃん?ってかこいつ顔青いんだけど」

「たりめーだろ、んじゃ、手っ取り早く連れてこーぜ」

「いやだ…っ」

「は?」



やだ。

いやだ。


体が震える。

怖い、嫌だ、あんなの。


もう、ずっと思い出してなかったのに。

今になって。


助けて。

思ってもムダなのに、名前を呼んでも聞こえるわけないのに、助けてって叫びにならない叫びのベクトルはあの人に向いていた。


来るはず、ないのに。

今頃女の人といて、んで。


「ち…」


地面を見つめ、腕を引いてもその場からてこでも動かない僕に苛立ってきたのか、手を振り上げるのが目の端に見えた。


びく、と体を竦めると数秒して飛んできたのは拳じゃなくてふわっとした感触。

不思議に思い目線を上げたのとうめき声が聞こえたのが同時だった。


「がッ…!」


修羅場の修羅って、こんなことを言うんだろうか。

バクバクしたのは心音じゃなくて未知へのいやな胸の高鳴り。

目の前で繰り広げられてるのは一方的な暴力。一瞬でどうやったら人が地べたにのされるんだ。


「た、タキさん…」


何も言わずにただ人の顔を変形させてくタキさん。

ホントに鬼、みたいで、どうしてここにいるんだとか何で嘘ついたの、とかそんな細かな言葉はかけられなくて。

なんとか震えながらその人の名前を呼ぶとピク、と動きを止めた。地面にのされた二人はその隙に慌てて起き上がり、仲間に一目もくれずに去って行く。


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