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図書室ピアス  作者: 羽野トラ
移り変わり
24/57

欲しいもの1

授業中フと窓外に目をやると一枚、紅い葉が散っていた。


晩秋、または初冬。


季節の過ぎるのはあっという間で、僕はそれがなんだかとても淋しい。

四季折々の風景、風のにおい、旬の食べ物、それらはまさに日本ならではで、季節が移ろわなければ味わうことは出来ない。

だけど、時間の流れはあまりに早くて、どうにも…抵抗できない何かに背中を押されているように感じる。


タキさんと付き合い始めたのが夏。盛夏だ。

逆算すると三ヶ月くらい…かな。

長かった気もするし短かった気もする。


…いや、やっぱ長い。

期間が、じゃなく感覚が。もう一年は経った感じがする。

恋人として盛り上がる期間をすっ飛ばして一気に夫婦、みたいな。

たまに付き合いたて、みたいな恋人ぽい空気になりたい時があるんだ。ぎゅってしてくれたり、片手で済まされるくらいのキスの回数は、それはそれでいいんだけど。

毎朝ご飯だけ、じゃなくたまにはパンも食べてみたいなって、そんな感じ。

タキさんといるとたまに保護者が増えた気になる。いつもは近いんだけどふとした時に見守られてる事に気付く。

なんでだろう、優し過ぎるのかな。

それはそれで贅沢な悩みかもだけど。


もう少しさ、タキさんも我が儘言って欲しい。

僕にして欲しいこととか、ないのかな。いつも貰ってばかりだ。



そんなことをぐるぐる考えているうちに、あっという間に時間は過ぎて放課後になっていた。



「こんにちはー」

「よう」


カウンターの中に先に座っていたタキさん。バッグを台の内側に押し込めて僕も隣に座る。

タキさんはカウンター数をクリックする傍ら、小さく開いたフリーセルをパソコン画面に映して集中していた。左頬に片手をつき、ぼーっとしてるようで集中しているその表情は獲物に狙いを定めるジャガーみたいだ。

お互いぼーっとしていると会話がない。

する事もないので、暇を持て余した僕は(悪趣味かな?)この先輩を観察することにした。


―…ううん。やっぱ、ワイルドなんだよなぁ


僕にもこの人みたいな鋭さが一割でもあったらちょっとは世界が違うかも。

女顔じゃない(と思う)けど子供みたいな自分の顔とか体つきがすごいヤ。

ケンカが弱そうだとか、初対面でちょっとナメられるとことか。


タキさんはそんなこと一度もないんだろうけど。

あ…またパスワード破ろうとしてる。

キーボード叩く手、おっきいなあ…。お泊りの時にあの手で髪乾かしてもらった時、すっごいドキドキした。横顔カッコイーなあ、狼みたい。こめかみ辺りにに蜘蛛の巣の形の剃り、こわい人みたいだけど似合ってんだもん。顔がこわい分笑って目ぇ細められるともうダメだ。ぎゅっ、てなる。心臓止まる。持病が悪化したらこの人のせい。


……って。


…あ~~、ナニ考えてるんだよ!

今更惚れ直しとか馬鹿じゃんか。ただパソコンいじってるだけだぞ?

この人が赤と黒の配列を組んでる間に僕はずっとこの人のことばっか考えてたなんて。


(前からだけどさ)恥ずかしい奴だ。



「…心?」


「え?あっ、はい!」



遠い世界に飛んでいたら顔を覗き込まれていた。びっくりしてちょっとのけ反ると椅子から落ちそうになる。


「どしたの?」

「いや、なんでもないです」


冷静さを上っ面に貼付けて持ち直したふり。訝る先輩に強引なごまかし方で注意を逸らした。

「タキさん?」

「んー」

再びパソコンの画面に目を戻したタキさん。クリック音が僕の声を阻んでるみたい。


「僕タキさんの誕生日、あげてませんよね」


そうだよ。八月一日、まだ僕らは先輩後輩だった。誕生日なんて知らない僕はタキさんになにもあげてない。いつも貰ってばかりじゃ嫌なんだ。


「そうだね」

「そうだね、って…欲しいもの無いんですか?」


結構淡泊な返事だったので誕生日に頓着する人じゃないんだろう。

まあそうだよな。高校二年の男が誕生日で騒いでる方が変なんだ。


「欲しいものかあ…ううん。あ、心ごめん、土曜ちょっと俺用事あってさ。泊まり無しになった」

「え?あ、はい」

「ごめんな?」

「いえ、用事ならいいんです。全然」


全然、いいけど…これって話し逸らされた?

謝る割にそれは僕に向けてじゃなく無機質な箱の機械に。心なしか声に抑揚が無い。

心の中、一人でその提案に受かれてたのが恥ずかしくて、少し惨めになった。


「あの、タキさ…」

「あ、今日ジムだったわ」


何か言おうと言葉を発せば、勢いよく立ち上がるタキさんに語尾を掻き消されて何も言えなくなる。


「ごめんあとよろしく。じゃな」

「はい、さようなら」


バッグを引っつかみ、僕の顔も見ずにタキさんは慌てた様子でいなくなった。少しも見てくれなかったから、きっと手を振ったのにも気付いてない。胸のあたりで挙げた手をそっと下ろしたら胸が空気が抜けるみたいにすかすかした。


こんな日もあるさ、と自分を納得させてタキさんの座っていたまだ温もりのあるイスに移って残った仕事、返却本の処理をする。

バーコードを読み取るため本を手に取りながらちらりと画面に目をやると“YOU WIN”という文字にフリーセルのカードが跳ね、終わりの画像が照らされていた。

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