ご挨拶
目の前にはぴくぴく口元を引き攣らせた心の親御さん。
リビングのテーブルは塗膜に蛍光灯の白い光を反射させている。左隣には心。テーブルを挟んで心の両親。
…心はお母さん似なんだな。
「…それで、瀧くん」
「はい」
心のお父さんが口を開く。
結婚するわけでも無いのに(この関係が伝わるわけが無いのに)、恋人の父親ってどうしてこんなに緊張するんだろうか。
「心が世話になるという事だけど…ええと…君の親御さんは何のお仕事をされてるのかな」
「オヤジ!」
心が無躾だ、と言わんばかりに眉を寄せて睨む。オヤジって…心に似合わないね。
しょうがないよ、俺はこんな見た目だもの、一人息子が心配なのは当たり前だろ?
お父さん(とふざけて心の中で呼んでみる)、大丈夫ですよ俺は心を幸せに出来ます。
親のスネかじりって嫌なんだけど、あのマンションを与えられてから…もう今更だよな。
ごそごそ胸ポケットに入れておいた名刺を取り出して両手で持ち“お父さん”に差し出す。
怖ず怖ずとそれを受け取ると、心のお父さんはゆっくり名刺に目を落とし固まってしまった。
あれ?そんな有名じゃなかったか。
「瀧くん」
「はい」
「これは本当に君の…?」
親がやってるとこです、と続ける。様子のおかしい俺たちに心、心のお母さんが不思議そうに顔を見合わせる。
名刺一枚じゃさすがに信用は置けないなと思い、手書きで電話番号を書いたもう一枚の名刺を差し出す。
「泊まる時はここに電話して俺の名前出して下さい。格安にしますよ」
笑って見せてちょっとだけ宣伝。
紙切れ二枚の薄さと肩書の重さって同等なんだな。
「瀧くん」
「はい」
まだ少し疑わしげな心のお父さんに、真っすぐ目を見て返す。
なんかもう…こんなのホントに…恋人の親に挨拶してますって感じ。俺は心の“先輩”として来たのにな。
「心を、よろしく頼む」
お父さん、なんだか花嫁のパパみたいですよ。
「はい」
真剣に頷く俺の横で、ゴツ、とテーブルに頭がぶつかる音がした。
「二人共変なんだよ…」
ぶつぶつ呟き赤い葉の並木が続く歩道をゆっくり歩く。郊外の静かな町は排気ガスと初秋の風が混ざって肌にぬるい。
両親へのご挨拶も終わると、心はどこかふて腐れた様子で俺を連れ出した。心のお父さんとは合いそうだからもう少し会話を続けたかったのに(心のお母さんは俺とお父さんを見てため息をついていた)。
「晴れて親公認だな」
「んなわけないじゃん」
ひどいな心。
まあ人通りが少ないからそんな軽いつっこみだけで済むんだけど。俺は別に人にどう思われてもいいから好きな事言いたいんだけど…(この前心にTPOを習ってしまった)心は嫌みたいだからな。
ここが通学路だったりしたら俺はこの恋人から「変態」呼ばわりされるんだ。
心の名誉のために。
それでもいい。
だって俺に酷な態度を取る度に罪悪感を持つ様子、すごく満たされるから。
そんな些細なこと、気にしなくていいんだ。
だってほら。
「心、寒いか?」
俯いて首振って、短い指で俺の手首掴んで。
人一人いないのに、握ったのは手首。
それだって勇気を出したんだろう。指先が少し湿っていて風に冷えた。
からかいたかったけど、やめた。
知らないフリをして、人の姿が見えるまで手首を掴ませたままに二人で秋の空を楽しんだ。
*
―――毎週土曜は朝市が激安の日(モヤシが15円)と心のお泊りの日。
同棲なんて馬鹿なことを口走ってしまったけど、結果的にはよかったのだ。
抱きしめたら気持ち良さそうだと思ったけれど、習慣化したら学校でもやってしまいそうなので特別な時に取っておくことにした。
前のは――まあ、あれだって特別だろうな。解禁の日を指定されてしまったし。
ああやって正面から抱きしめるのは本当に我慢出来なくなった時にしよう。
「な、心」
「へ?」
翌週から俺の部屋にいる彼は、俺の中のルールがまた一つできた事を知らない。




