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図書室ピアス  作者: 羽野トラ
ニチジョー
14/57

ひとり3

スパもあるって聞いたけど、そこだけは一般人もお金を払って使えるらしい。


どんだけだこの人…。


「貸して」


タキさんはさりげなく僕から荷物を奪い、そしてエレベーターに乗り込む。


「すご…」


ガラスに張り付いて地上から遠ざかる感覚を楽しんでいた。頭がふわってなるのも、よくオカシイって言われるけど好き。


タキさんといるとあまりにも非日常で、色んなことに驚かされる。

何だか冬から春に移る変わり目の時みたいにわくわくしていた。



「おじゃましまーす」

「ほーい」


網膜が鍵がわりって、進んでるなあ。

いや、この人の生活レベルが高いのか…。


「心どしたの」


じっとタキさんを見つめていたら訝し気にされたので慌てて靴を脱ぎリビングへ入る。

相変わらずきちんと整頓されてて、さらにお洒落のツボを心得ている部屋。


だけど以前、この部屋にはなかった物が一つ。


「わっポニーチェアーじゃん!」


曲線がかわいらしいポニーらしくないポニーの椅子。水色のそれは以前インテリア雑誌で目にして散々いいなあ、とぼやいていた物だった。“OLに人気”という記事についたコメントに散々タキさんにからかわれたんだけど。


だけど今ここにあるっていうのは。


「いいでしょ。心座ってみなよ」

「やった!!」


はしゃぐ僕をタキさんは穏やかに見つめていた。その視線にはっとなり、恥ずかしくてにやつくのを止める。

それと、もしかしてこのポニーチェアーもタキさんが…と思うと堪らず不安になる。


タキさんは急に黙った僕の考えが分かったのか苦笑した。


「大丈夫、それ知り合いが譲ってくれたやつだから。引越しでいらなくなったからあげるって」

「本当?」

「ホントホント。ほら足のとこ微妙に傷ついてるだろ」


言われてみれば、所々に目立たない小さな傷がついていた。


安心してチェアーに身をもたせていたら、タキさんが無理矢理後ろに乗ってきた。


「狭ッ…てか、かなり無理ありますよ、これ壊れちゃう」

「いいじゃないか壊れたら…」

「壊れたら?」

「買っ……修理してやる」


買ってやる、と言いかけて言い直したな。


タキさん、こんなの直せるわけないじゃん。だって廊下に展示してた二年生の作品、タキさんのCDラック見たよ?だけどアレはひど過ぎ…。



そう。ちょっと触ったら崩れて透明の液体が手についた。


あれはボン…


見ればタキさんのラックだけ釘が無い。


ボンドだ、直前にボンドでごまかしたんだ。



そんなんだから、まさかタキさんがポニーチェアーなんてのを直せるはずはないんだけど。


ま、もしボンドなんかで簡易に修理されたとしても差し支えは無いよね。


理由なんてのは今更だけど。



「ね、タキさん」

「はいよ」


ぴったり寄り添うのにこの空気の軽さは何だろう。

いちゃついてる、なんてモンじゃない。そういう意識が僕らにはなさすぎるから。


「土曜、毎週泊まりに来たいんです…けど、駄目ですか」

「毎週?なんで」


どうなんだろ、そのニュアンスは。

理由を問う事への意味合いが色んな方向に取れる。


この前の『深い意味は無いから』が本当に言葉通りで、僕が一人突っ走り過ぎているのか。それともタキさんはただ単に話の展開を求めてるのか。


どちらにせよ、もう決めたから。


「同居したいって、前」

「ああ…言葉の綾だから気にしないで」


静かに言わないで。

優しく頭を撫でるその裏側を僕は知ってるし、もう、勝手に決めてるんだ。


「ダメです、土曜はタキさんちに泊まります。だから明日家に挨拶に来て下さい。うちの親過保護なんでお世話になる先輩に挨拶したいそうです」


前後がおかしいけど、意味は伝わったよね。



伝わった筈だけど―――タキさんは数秒間意識を別の場所へ飛ばしているようだった。背中越しからはまるで生気というものが感じられない。

急に熱というものが失われた。まるでトワイライト。


――…なんで?


やっぱり独断で挨拶するなんてこと決めて、いくらタキさんだからって調子に乗りすぎたかな。


重いかな、過信し過ぎかな。勘違い野郎?


タキさんが何も言わないのでどうしたらいいのか分からない。

チェアーから降りる?降りたらどんな風にしてタキさんを見ればいい?何を言う?

動作の一々を疑問にして脳内でシミュレーションしてみる。


ああ。

バカみたいだ。


じり、と足をゆっくり動かす。

離れよう。んで無理矢理『嘘です』って笑おう。

あーもー空回り、空しいな。


やっと状況の対処法を飲み込んだ時。


僕はタキさんの腕の中にいた。捲ったシャツの袖から筋肉質な筋が浮かんで、妙な色気を醸し出しているからどきりとした。

どきりとする度男らしさに負けた気がして悔しくなるのはお子様なのかな。


「なあ、心」


後頭部に息がふわりとあたる。

そうだ、タキさんは僕の理解の範疇を超えてたって事を――忘れてた。



「親御さんには何て説明すればいい?」



タキさんは、どうやら僕がその言葉を吐いた瞬間からその先を行っていたらしい。


だからだんまりを決め込んでいた?


ああ、もう。


「……バカだ」


「ん?」


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