ひとり2
「え?」
一瞬、言葉を失った。
いつもみたいに、まどろむ陽の中でタキさんが、あのタキさんがそんな事言うから。
「いいや、気にしないで」
―…調度一人来館。ぷいと僕から目を逸らし、マウスをクリックしてパソコン画面のカウンタ数を上げる。
「タキさ…」
「スイマセンこれえー」
何だってこんな時に。
なぜか料理本を借りるそいつに小さく心の中で舌打ちをして本のバーコードを読みとる。
今日に限って何で来館数が多いんだ。
図書室が閉館(図書室なのに閉館だとなぜか呼ばれている)するまで聞けない。
「同居しようか」
って、あまりに突然。
ドウキョ…同居?
タキさんが高校生の癖になぜか一人暮らしなのは分かってる。だから同居って、つまりタキさんちに住むってこと。
急すぎるのと、普段恋人みたいなそぶりを見せないタキさんがそんな「同居」なんて色めいた言葉を使うから焦ってしまった。
くそ。普段からちゃんと話しを聞くようにしておけばよかった―…。
ちらりと横目で捉えても、タキさんは何事も無かったかのようにパソコンと真顔で睨めっこして、何とかネットに繋ぐためのパスワードを潜ろうとしている最中。
タキさん、パスワード二重だから潜れるわけないじゃん。
それより「同居」ってどういうこと?
タキさんと暮らすの?
あの部屋で?
急に……何で?
タキさんの横顔を眺めても分かるわけなくて。
何…考えてんの。
*
「タキさん」
「はい」
帰り道。アスファルト舗装されたばっかりの道をタキさんと二ケツ。タキさんの背中が風除けになってくれているから突風が吹いても身を縮こまらせる事が無い。
…便利
「同棲ってどゆこと?」
風の音に負けないように大きな声で肩の近くで叫ぶ。うるさかったのかタキさんがびく、と顔を逸らす。
キキ、と急に自転車が止まる。バランスが取れなくて、がくんと振り落とされそうになった。
タキさんが肩ごしに僕を睨む。タキさん、それ凄く怖い。ぞくってなる。
「鼓膜破れる」
「ごめんなさい」
悪びれず謝るとタキさんは形だけの謝罪に満足させてまた自転車を漕ぎ出した。
「心と暮らしたいな…って思ってみただけ。深い意味は無いから」
漕ぎ直したからスピードはがた落ちで。今ははっきりタキさんの声が聞こえる。
タキさんの腰から垂れたチェーンがサドルに当たりカチカチ音をたてる。
背中しか見えないけれど、何か言いたげ。
“深い意味は無いから”って、本当に軽い気持ちならタキさんそんな言葉くっつけない。
所々タキさん、そういうので分かるよ。重いんじゃないか、とか僕が負担に思わないように言いかけた言葉を飲み込んで、選び直してる時とか。
「タキさん」
「んー?」
平坦な道が続く。夕日に照り返された日がぽかぽか体を温めて心地良い。
「土曜泊まりに行っていい?」
衣変えでブレザー姿、生地越しにわかる筋肉質な背中に頭をくっつけた。空気を含んだはみ出たシャツがパタパタ鳴いている。
「どーぞー」
風に安定した音程で声が流れた。
タキさんちは通ってる病院とも近いし、マンション近くは大きな公園もある。空気がいいからそれも条件に入れて親に頼んでみよう。大体僕の家は過保護すぎるんだ。泊まりなんて皆やってるじゃないか。
…理由は自分が一番分かっているけど。
あんなの昔の事だ。
* *
「心荷物そんだけ?」
「うん」
マンションの入口でタキさんが迎え出る。
やっぱりいいとこ住んでんなぁ…。内装は穏やかな光に照らされてゆったりした空間を作っているけれど、作りはさながらホテルだし、見えない力で一般人は入れない雰囲気を醸し出している。




