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図書室ピアス  作者: 羽野トラ
過去
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過去2

「タキさんキクみたい」

「え?」

「コインロッカーベイビーズの」

「ああ」


タキさんと僕の会話の比喩は三分の一が…いやそれ以上が本を引き合いに出しているんじゃないだろうか。

タキさんと恋人…になって、今までとあまり変わりない毎日を過ごして。

唯一変化があるといえば時たまタキさんが本を伏せ優しい眼差しを向けてくれる事。


ともかく僕とタキさんの関係は相変わらずな感じで。燃え上がるような恋では無いけれど、日だまりの中にいるような安らぎがある。


「タキさん」

「んー?」

「あそこの本取って」


人より身長の足らない僕は人任せにしなきゃ背伸びをしない限りロッカーの上のバケツも取れない。クラスメイトに頼むのは癪だけど、タキさん相手だと素直にお願いできるから不思議だ。


タキさんは170センチ後半だと言っていたけれど、威圧感があるせいかもっと大きく見える。


「ほい。…あ、キャパ?」

「ありがと。うん、タキさんはキャパとかどう?」


タキさんが取ってくれた写真集を受け取り、その場に座る。棚に体をもたせて頁を適当に繰る。

タキさんも僕の隣に座り込む。


距離が近いのは恋人ならでは、なんて。


「凄惨さに浸っちゃうんだよな。…事実から、目を背けてはいけないというのに」


詩人風にタキさんは言ってみせる。ふざけているのか真面目な調子か、全く分からない。


「つまりタキさんは痛いのダメって事でしょ」


僕の耳に穴を空けた時みたいに。痛いのは僕なのに、タキさんはもっと痛そうな顔してた。


「そうとも言える」


タキさんは爺むさく、うむ、と頷く。この人はきっと、キャパみたいなのから選ぶとしてもツール・ド・フランスの写真…あんな感じを選ぶだろうな。

タキさんはキャパを無視して自分の持ってきた本を取り出した。

いや、本…じゃなく丸めた雑誌だった。

ダヴィンチとか、野性時代じゃ無い。

メンズ向けの小物が載っている雑誌。


予めどこかのページを開こうとしていたのか黄色い蛍光の付箋がついている。

気にする事無く僕はキャパに浸る。


うーんやっぱり…白黒のがいい。


キャパ関係無いけれど、時間はあるし僕も写真、やってみようか。

下手の横好き程度で、風景より人…撮りたい。


じーんと一人思いに浸っていると、横で何か言いたげにうずうずしている様子のタキさんが目についた。

付箋のついたページに手をのっけて口を開きかけている。


タキさんが言い出すのを僕は知らないふりをして待つ。


「心」


きた。恥ずかしさを抑えるための抑揚の無いタキさんの声音。こんな時は大体恋人モードなんだよな。


「何、ですか」


恥ずかしいのは僕も一緒。タキさんを見ずにその指さされた先を見る。

指先は雑誌に載っている一つのピアス。


「つけないか」

「え?」

「片耳だけだし、これ心に似合うと思うんだ」


暗に、穴をもう一つ空けろって事だよな。タキさんが言うそのピアスは豆みたいな形をしている。


……タキさんのと全く一緒のやつ。


タキさんの顔を見ると赤く火照っていた。

思わず僕も耳まで熱が伝わってくる。


「いやか?」


「ぜ…全然っ!!」


嫌なワケが無い。

むしろそのお揃いのピアスをタキさんが見つけてくれて、付箋まで貼っているなんて。その経緯を想像すると。…可愛い人だ。


「あ…タキさん、それでそのピアスはどこに売ってるんですか?」


そう、雑誌に載っていても僕が買えなきゃつけられない。

値段は…五千円?高っ。

ま、バイトすればなんとかなるよな。


尋ねてもタキさんはその問いには答えずに。


「心、手出して」


タキさんは落ち着いた表情で頬を緩ませ僕の手を開かせる。


―――そうだ、タキさんはこういう人だった。



手の中にあるのは小さな小箱。


恐る恐る指を開く。

あの、インディアンの店の包装だ。ほら、ラッピングの形まで一緒。


「どう」


目を見開いたまま、僕はタキさんの声を聞いていた。


「開けてよ」


固まったままの僕に呆れ、タキさんがその小箱を取り上げてラッピングを剥がしていく。タキさんに貰った物だからラッピングも丁寧に剥がしたかったのに、タキさんは待てないとばかりに乱暴に包装を剥き床に投げ捨てる。


「心にぴったり」


凶悪な顔して、その笑顔は最高にかわいいタキさん。


お揃いのピアスをつまみタキさんは僕の穴の無い方の耳に空中であててみせる。


「タキさん」

「ん?」


キスしたい、と言いかけて止めた。

それじゃああまりに恥ずかしすぎるヤツだから。


代わりに「すっごく嬉しい」と伝えてタキさんの手からそれを取る。


一緒だ、一緒。


タキさんの鼻ピアスと同じ


浮かれまくってだらし無く笑っている僕にタキさんがふっ、と頬を緩ませてくれた。

恋人同士のペアリング、なんて聞く度どこか冷めた目で見ていた僕だけど



タキさんと似たピアスを欲したあの日から僕も例に漏れず恥ずかしい人だったみたいで。




* * *





興奮もおさまり、充実感に浸りながら僕はタキさんの事を考えていた。

隣にいるっていうのに、頭の中はホント春みたい。


好きだと叫んでみたいけど、そんな恥ずかしい言葉は告白以降口から出せない。

「そういえば…タキさん僕が穴空けないって言ったらどうするつもりでした?」


答えが怖いけれど、聞いてみたかった。案の定タキさんは「さあ、ピアス捨ててたかな」


と恐ろしい事を言ってのけた。

そんな…五千円、僕の一ヶ月分の小遣いと一緒なのに。


……そういえば…ああそうだ、それに前、約束したんだ。


「タキさん」

「ん?」

「耳、タキさん空けてくれるんですよね」

「お、お前なぁ……」


うう、と顔を引き攣らせて僕を睨むのはハスキー犬の眼差し。


そうして、


二人のしるしがまた一つ





おわり。

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