過去1
大分昔書いた、元になったssから。
「タキさんってなんで恋人いないんですか?」
僕たちは図書委員の仕事で返却本を棚に戻していた。
タキさんはイッコ上の二年生。馬鹿系私立高校に珍しく坊主に近い髪の長さ。でも豆のような銀の鼻ピアスなんてしているから、とても野球部員の様な雰囲気には見えない。
ヤンキーかと思ったのに、聞くとタキさんは文学好きで一年生から図書委員の座を守り続けている、という謎の人だった。
「俺、恋人にハマっちゃうのが恐いんだよね」
タキさんが芸術コーナーの棚に軍艦島の写真集を戻して答えた。
「ハマる?」
「何か、一人に深くしすぎるのって…恐いんだよね。別れる時、傷おうでしょ?それにオレ、恋愛感情ってドキドキしてるだけで充分なんだよね」
タキさんは友達がいない。
虐められてる、とかじゃなくタキさんがこんな馬鹿校の中で少々難解な事ばかり言うからだ。
簡単に言うと、ズレている。
周りは女の子や悪口、その他諸々バカ話ばかりしているのにタキさんは教室で一人、本を読んだり音楽を聞いているのを廊下を通る時に度々見た。
音楽だってアメリカの聞いた事のないパンクバンドやワールドミュージック。
タキさんは一人浮いていた。
鼻ピアスをしたタキさんが本を読む姿は不思議な光景だった。
僕は委員会に入ってすぐタキさんに気にいられた。
『僕なんて言ってる奴…高校で初めてみた……!!』
バカにされてるのかと思ったが、タキさんは嬉しそうにズカズカ僕に近付いてきた。
『な、本好き?!』
『……好きですけど』
タキさんはより一層笑顔を深めていきなり僕の手を握った。
『仲良くしような!!』
周りはタキさんの性質を知っているのか苦笑いするだけだった。
タキさんは僕の手をぶんぶん降ると何だか犬みたいな人なつこい笑顔を僕に見せ、その時僕は随分戸惑った。
変な人だ。
だけど、本の趣味は見事に一致していて、僕はますますタキさんに気にいられた。
「僕っていうの、心に似合ってるよ。いいなぁ、アナンとかぶる」
小説の主人公の名前。
やわらかい雰囲気の主人公。
タキさんと毎日放課後に図書室で会うのが、二人で決めたわけでは無いけど…約束の様になっていた。
「…あー、今日は病院だっけ……」
元々体が強く出来ていない、喘息も患っており定期的に病院に通っていた。
この学校に入ったのもそのせいだ。受験当日に熱を出してしまい…結果、私立では学費の安いこの学校に入学した。
「…タキさんは、ま、いっか」
一日くらい行かなくたってどうって事ないだろう。
僕はそのまま図書室に寄らずに帰った。
次の日、図書室に寄るとタキさんは少しムスっとした表情で僕を迎えた。
利用者数は普段から少ないのだが、今日は誰もいなくて、先生も会議で僕とタキさん二人きりだ。
「心、昨日どうしたの?」
「あ、病院で……」
タキさんはふーん、と僕を見下ろす。そして腕を延ばして。
「何…ひゃって…るんれすか」
僕の頬っぺたを掴むタキさん。
「俺に言ってよ。さびしかったじゃん」
「ごめんらはい…」
頬っぺたを掴まれたまま謝るとタキさんは「よし」とニッコリ笑って手を離した。
へえ、意外と淋しがり屋なんだ。僕以外とタキさん、会話してんのかな?
と、不粋な事を考える。
*
「タキさんの鼻ピ、いつあけたんですか?」
床にあぐらをかいて『ケインとアベル』を読むタキさん。本を伏せて僕を見上げる。
「ん、これ?卒業式終わって、あけにいった…心もあける?」
「や、いいです」
丸い銀の鼻ピアス。
タキさんがやるから似合うんだ。
「耳は…?心。耳、やんない?」
タキさんははしゃいだ様子で僕を見る。
「心、ピアス似合いそうなんだけどなぁー」
タキさんがきらきら瞳を光らせて僕を見る。
黙ってれば悪そうな人なのに、喋れば何だか犬みたいだ
「…タキさんどうしても僕にあけさせたいんですか」
タキさんは「んー」と唸り、少し間を空けて「見たい」と呟いた。
「あけても、いいですよ」
タキさんの顔を見ていたら何だか言う通りにしてもいいかな……とか思っていて。そしたらこの人嬉しそうに目を光らせるんだ。
「いいの?!…いつあける?!」
ああ、犬…シベリアンハスキー犬に似てる…。
目付きの悪い瞳が子供みたいに光ってる。
嬉しそうなタキさんが可愛くて意地悪したくなる。困った顔…見たい。
「けど…タキさんがやってくれるなら、あけます」
「…えっ…俺が?心の耳あけるの?」
タキさんは戸惑っていたけれどちょっと考えてから、うん、と頷いた。
どきどきした。
タキさんが、タキさんが僕にやってくれるんだ。
誰もいない図書室でそんな事を約束して、何だか二人だけの秘密みたいで嬉しくなって。
その理由が分かるのはすぐなんだけど。
*
「心、買ってきたよ」
次の日。タキさんと廊下で会った時にそう言われ、僕は珍しく「マジですか?!」と大声をあげていた。
一緒にいた友達は、タキさんの外見を見て固まっていた。喧嘩の弱そうな僕と不良みたいなタキさんの仲が良いのを不思議そうに眺めている。
それが可笑しくて、僕は見せ付ける様にさらに笑顔を深めた。
「ピアッサー、買ってきたから。シリコンピアスも」
タキさんと僕は図書室の一番奥の棚の陰に隠れるようにして座った。先輩はスクールバッグからそれをとり出して見せる。
「こっち来て」
タキさんの傍に寄る。
武骨な手が僕の髪を掻き上げる。何だかこそばゆくて、僕は身を固くした。
「手の力、抜けそ…」
肉を貫く感覚を予想してか、タキさんは少し嫌そうだった。
「動かないでね」
タキさんの指が耳たぶを掴む。触れた場所が熱を持つ。
「あけるよ」
…………。
「……イっ…つ…!」
パチン、と一番耳たぶの柔らかい場所を針が貫いた。少しじんじんして、痛みが耳たぶから波紋を呼ぶ。
「…ぁーいやだー…」
された僕よりあけたタキさんの方が痛そうだ。眉根を寄せて、ピアッサーをそっと耳たぶから下ろす。
「…うー……風呂のときとか気をつけてね。ほい…シリコンのやつ、つけて」
「はい」
何だか僕より苦しそうなタキさんに笑けてくる。
「タキさん、どうだった?」
「聞くなよ…」
力の抜けたその人にわざと聞いてみる。タキさんはまだ肉をあけた感覚があるらしい、そんな質問をする僕を睨んだ。
「ピアス欲しいなー…」
「どんなの?」
タキさんは本棚によっ掛かって疲れた様に僕を見る。
「タキさんの鼻ピと同じのがいい」
銀の豆みたいな、タキさんと一緒のやつ。
言ってから、途端に鼓動が高まる。
何だこれ。
僕…やばい、かも
これって何?
タキさん相手だよ。
タキさんは「買ってやろうか?」と僕の頭をぽんぽんと軽くたたいてる。
触れられた場所が熱い。
「欲しいな…」
タキさんは笑って、買いに行こうか。と言ってくれた。社交辞令かと思ったのに、(それでも嬉しかったけど)その人は日曜日に買いに行く約束をしてくれて。
タキさんのハスキー犬みたいな瞳が愛しくて。
「じゃ、行こうか」
駅で待ち合わせして、やってきたタキさんの私服。二枚重ねのタンクトップにシルバーアクセ。自分とあまり変わらない服装なのに、タキさんが着るとやはり悪そうな人に見えるのが可笑しい。
そして、やっぱり僕の気持ちは。
これ…気付いてよかったのかな?
「ここ」
木の看板にインディアンのイラスト。ディスプレイのアクセサリーの値段を見ても少し大人過ぎる店なのに、タキさんは慣れた様に店に入る。
「こんちは」
タキさんがそう言うと、カウンターの顎髭を少し生やしたお兄さんがタキさんを見て笑った。
「おっ、久しぶりだな。何、お前友達いたんだ?買い物?」
「ん、後輩。プレゼント買いにきた。ね、俺の鼻ピと同じやつ、ボディじゃ無いので無い?」
「ああ、あれ。もう無いな…少ししか作らないトコだし」
そうか…同じの無いんだ。
少々残念だったがタキさんと買物出来るだけで今は嬉しい。
「じゃあ心、なんか好きなの買ってやるよ」
「……ぇっ…え?!マジですか?!」
タキさんが、タキさんが買ってくれる。悪い様な嬉しい様な。
「いいよ。一緒に選ぼう」
“一緒”、ピアスより、タキさんの言葉が嬉しい。
僕はタキさんの鼻ピとなるべく似ているものを探した。
「あ…これ」
形は少し違うけど、楕円形で銀。
タンクトップの裾を引っ張り知らせる。
「うん、いんじゃない?」
タキさんはそれを手に取る。僕はそこで初めて値段をちゃんと見た。
五千円。
「だめっ…」
レジに運ぼうとするタキさんを止めた。
「どうした?」
不思議そうに振り返って僕を見る。
「値段…高いから駄目」
「こんくらいいいって。心につけててほしいし」
タキさんの笑顔。鋭い眼光にちぐはぐな優しい口元。
だめだ…完全にノックアウト……。
…って、そんな事考えてる場合じゃなくて。
タキさんは僕が止めるのも聞かず、さっさとレジで精算してしまった。
「タキありがとーねー」
「んじゃ」
店員が笑顔で僕らを見送る。タキさんは僕を連れて公園のベンチに座る。
「はい」
渡された小さな小箱。きちんとプレゼント用に包まれていた。
「タキさん…こんな高いの」
こんなの、恋人同士があげるのが自然なのに。
「いいってば。俺意外と金持ちなんだって。あと心にあげたいの」
恥ずかしげも無く笑顔でそんな台詞。嬉しくて嬉しくて泣きそうだった。
やば……。
本気でタキさんの事…
いくら変わってるとはいえ、タキさんはどうだろう…?
ベンチに座って、そっとタキさんの手に触れてみる。タキさんは抵抗しない。
「…タキさん」
どうしよう
すごく言いたい
「…ん?」
タキさんから伸ばした手を握ってくれた。温かくてじんわりと勇気づけられる。
…大丈夫。
タキさんの、ハスキー犬みたいな瞳が僕を見下ろす。
「タキさん…やばい…」
「どうした」
「僕…タキさんの事、好き…、かも」
泣きそうになって曖昧に告白してしまう。
言った、言っちゃった。好きって。疎まれるかな。気持ち悪いって言われるかも。
沈黙が怖くて撤回しようと口を開いたとき。
タキさんがぽんぽんと僕の頭をたたく。
「俺も好きだよ?」
至極自然に、照れなんか無く。
「え」
「恋愛ね、深くなるの、恐いけどさ。心が言ってくれてんなら…断るわけにいかないしょ」
「付き合ってくれる?」
恐る恐る尋ねてタキさんを見上げると、タキさんは困った様に笑った。
「心が泣くから」
タキさんがそう言って頭を撫でるので、僕は少し泣いてしまった。
「心、泣くな」
「ん…はい。でもタキさんこれで友達いなくなったね」
涙を拭ってそう言うと、タキさんは困ったな、と言って笑った。
「タキさん、耳。見て!」
一ヶ月たち調度耳の肉が埋まったのでピアスをつけられる。
僕らの定位置、一番奥の本棚で『アフターダーク』を床に伏せ、タキさんは走ってきた僕の髪を掻き上げて確かめる。
「次は左の耳だな」
「タキさんやってね」
タキさんはうっ、と嫌そうな顔をするが、いいよ。と頷いてくれた。
この人の、この悪そうな顔のクセして押しに弱いとこが好き。
そうして体を寄せると、タキさんは僕の耳に新しい銀のピアスに口づける。ピアスと耳たぶごとはまれ、少しだけ感じてしまった。
「ちゃんとついてるね」
「絶対はずさない」
僕はタキさんの鼻ピアスをそっと弾いた。
夕日が僕らの銀のしるしを照らす。
斜陽がぎらりとタキさんの姿を輪郭づける。
僕とタキさんは本棚の裏で小さく口づけをした。
タキさんの唇は、僕の銀のピアスのどこか鉄くさい味がした。
おわり




