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鬼奇譚  作者: 山羊ノ宮
9/15

蜘蛛の糸

「光様、今夜はここを宿としましょう」

 綱が指し示したのは打ち捨てられた寺。

 ボロとは言え、雨風はしのげる。

 野宿をするよりかはいくらかましであろう。

「ひどい有様だな」

 どれくらいの間放置されていたのだろう。

 寺の中はいたるところにクモが巣を作っていて、まるで繭の中にでも迷い込んだようであった。

「光様、少々お待ちを」

「分かった」

 綱は手際よく寝床を作るため、蜘蛛の巣を払いにかかった。

 光は綱の用意が終るまで、ぼんやりと外を眺めることにした。

 宵闇はもうすぐそこまで来ている。

 けれど、日は沈みきってはいないので、空の星はどうにも薄れた光しか放ってはいない。

(まるであの星を掴むかのようだ)

 はっきりと見えてさえも掴めぬ星。

 それを今は何かが邪魔をして、ぼんやりとしてしまっている。

 ただでさえあての無い旅である。

 四本の角を持つ鬼、それだけが光の持つ情報の全てだった。

 人を害する鬼ならば、他でもうわさになっていようと言う、安易な考えがあったのも確かではある。

 しかし、今となってはその情報も不確かとなってしまった。

 実際には四本の角を持つ鬼なんていやしないのではないかとさえ思えてくる。

「光様、用意が整いました」

 光が振り返ると、つい立てとその奥に用意された簡易の寝床。

 決して寝心地がいいとは言えないが、何もない綱に比べれば大分寝やすい。

「では、僕は番をしていますので、どうぞ光様はお休みください」

 そう言って綱は一礼して、つい立を背にして、座した。

 おそらくは寝ずの番をするつもりなのであろう。

 しかし、大江が一緒にいた頃とは違い、交代に眠ることなど出来ない。

 結局うつらうつらと眠ってしまうのが常となっていた。

 おそらく今夜も夜半に起き出し、眠ってしまった綱に代わり、番をしなければいけなくなるだろう。

 そう思って、光は綱の言葉に甘え、早々に眠りにつくことにした。

 上着を一枚脱ぎ、掛け布団のようにする。

 髪を解き、櫛をかけた。

 香油など無いので多少臭いが気になったが、旅の身の上、仕方がないなと光は自分を納得させた。

 そう言えば、大江と二人旅をしていた時は『鬼だから寝ずとも平気だろう』といい加減に押しつけ、朝起きて寝入ったしまった大江をよく蹴飛ばして起こしたものだと光は思い出す。

 間抜けな顔が浮かんで、光はくすりと笑んだが、すぐに消えた。

 最早ここにはその姿はないのだ。

(もう大江との事は過去の事。今はただ仇討ちの事を・・・)

 過去の事、復讐と言う過去に縛られた光には最も相応しくない言葉であった。

 想いは悩み、巡るが、それでも体は疲れを訴え、休ませろとまぶたを重くする。

 そして、光はまどろみの中に落ちた。


 人の気配がして、光は目が覚めた。

 すぐに傍に置いてあった安綱に手をかけ、抜こうとする。

「光。光」

 名を呼ばれ、手が止まる。

 そして、名を呼ぶ者の姿を認め、その手は抜刀の意志を失った。

「父上?」

 光の目の前の人物は穏やかに笑った。

 にわかに信じられず、夢かと思うが、つい立ての向こうに綱の気配はある。

 最早寝入ってしまっているようだが。

「旅は、辛くはないかい?」

 目の前の父親の姿をした者が光の右手に両の手を添える。

 その手は温かく、力強い。

 父は死んだ。

 そんな事は頭では分かってはいたが、実際に昔と変わらぬ姿と声で慰めれば、心揺るがない光では無かった。

 旅が辛くない訳がない。

 辛い、もうやめてしまいたい。

 そう口に出来たのならばどんなに楽になるだろうか。

 けれど、その先に後悔しか待っていない事も光はよく知っていた。

「もうやめても良いのですよ」

 光ははたと顔を上げる。

 目の前にいた父親はいつの間にか、母親の姿に変化していた。

「母上?」

 何もかも包み込んでくれる様な慈しみ溢れる声に光は涙する。

「光はもう十分に頑張ったではありませんか?」

 母親の姿をした者は光を抱き寄せ、囁く。

「今は安らかにお眠りなさい」

 あやすように髪を撫でられる手が心地よく、光は目を閉じようとしていた。

「光様ぁ!」

 叫び声と共につい立が倒れ、綱が母親の姿をした者に斬りかかる。

 刃は空を斬り、飛びのいた母親の姿をした者に綱は一瞥すると光に詰め寄る。

「光様。大丈夫ですか?」

 いつの間にか光の体は蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされていた。

 その糸を綱は力任せに剥いでいく。

「ああ、大丈夫だ」

 ぼんやりとした答え。

 その眼の先では、母親の姿をした者が、袖を口元に添え、目尻を下げた。

「わが背子せこべき宵なりささがにの」

 声に綱は立ち上がり、応える。

「雲を払いて光求めん」

 綱の愛刀、膝丸を刃を上向きに、中段に構える。

 左手を左太ももに添え、少し腰を落とした。

 足は右を正中に、左を開いて、ただ添えた。

「せっかくの逢瀬の歌も台無し」

「あいにく僕は夜闇よりも気持ちの良い日の中の方が好きなので」

 母親の姿をした者は嘲り笑い、そして今度は光の姿に変化した。

 一糸纏わぬその姿に。

「坊やが」

 妖艶な笑みを浮かべ、綱を挑発する。

 しかし、綱はそれに怖じる事無い。

 詰め寄る。

 膝丸を以て、上段に肩口を斬りつけた。

「ぐががぁぁぁ!!!」

「光様を愚弄するな」

 昇りきった膝丸を引きもどすよう左手を柄へ。

 二の太刀は上段から振り下ろされる。

 空振り。

 再び飛びのいたその姿は、今度は蜘蛛の化け物に変化していた。

 綱はじっと相手を見据え、膝丸を体の奥へと押し込みバネを作り、突きの構えへ。

 左の足が正中を取った。

「止めろ、綱」

 一歩踏み出して、光が呼び止めた。

 どうしてと問うに振りかえるその目の端で、蜘蛛の化け物が逃げ出そうとしているのが見えた。

 動きを止めた歩みを進めようとした時、

「追うな」

 もう一度制止の声が響いた。

 綱の目の前で蜘蛛の化け物が逃げ出し、その姿を消した。

 そして、綱は膝丸を鞘に収めた。

「よろしいのですか、光様?」

「構わない。元々あちらの領分を侵したのはこちらだ。このままこちらの我を通せば、私達も阿部清明様と変わりない」

「ですが、此度はあちらから襲ってきたのです。それを返り討ちにしても・・・」

「我が家に四本の鬼が侵入した時もこれを排しようとしただろう。それとも相手のするがままを見過ごせば、殺されずに済んだものをとお前は思うのか?」

「相手は化け物です。僕達人の道理に合いません」

「綱、私達人も化け物なのだよ。姿形、それが違うだけで簡単に命を奪おうとする。これを化け物と呼ばずになんとする」

「光様・・・」

 納得したとは言い難かったが、綱はもはや何も言うまいと光に従った。

 そして、旅立ちの準備を始めた。

 光は乱れた髪を整え、髪を束ねる。

 綱は寝床を片す。

「それとも綱はもう一度私の裸を見たくて、あの者を追いたかったのか?」

「そ、そんな事はありません!」

 頬を赤らめ、そそくさと準備をする綱をからかうと光は微笑んだ。

 その心は少し軽くなっていた。

 例え幻とは言え、父と母に会えた。

 その事に素直に感謝していた。

「聞こえているか分からないが・・・邪魔をした!みだりに領分を侵した事、許して欲しい!願わくば、貴公に安寧が訪れん事を!」

 そして、光達は古寺を後にする。

「綱、都に行こう」

 まだ明けぬ暗い道で光は綱に向かって言う。

「そして、阿部清明様に問うてみよう。四本の鬼の事を」

「あの御仁がそう簡単にお話ししていただけるとは思いませんが」

「私もそうは思うが、やはりそれでも避けては通れぬ道であろう」

 もしあの惨事が鬼の所業では無く、人の所業なら、むざむざ死地に赴くようなものである。

 それでも、

「私は知りたいのだ。真実を」


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