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鬼奇譚  作者: 山羊ノ宮
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足柄山の鬼

「この足柄山あしがらやま坂田金時さかたのきんときなる男がいます」

「その男が鬼であると?」

 光の問いかけに綱は頷く。

 山道は人が歩けるように固められてはいるが、慣れぬ者には少しばかりつらいようで綱は息が切れていた。

「この男、幼き時に熊と相撲を取ったと逸話がありまして、にわかに信じがたいのですが、もしや鬼ならばと思った次第なのです」

 光は考え込む。

 親の仇である可能性は低そうではあるが、どうしたものかと。

 もし鬼であるのならば、もっと早くに問題になっているだろうし、それこそ人を襲うようならなおさらである。

 他に有力な情報がないとはいえ、このようなシラミつぶしではいつになったら親の仇と出会えるか分からない。

 思い悩み、真剣な表情をしていた光だが、やがてひくひくと顔が歪む。

「うるさい!」

「だって~!」「だってよー!」と大江とアイが声をそろえて弁明する。

「何だってこんなガキ連れて行かなきゃならないんだ?役に立ちやしないだろう」

「そのガキに一撃で倒されたのは何処の誰だべ?」

「あれはたまたま・・・」

「次は確実に玉無しだべ」

 ごきりと指を鳴らし、アイは不敵に笑んだ。

 男性陣二人に背筋に冷たいものが走り、ぞくりとする。

「幼子といえど、やはり鬼なのですね。恐ろしい」

「大丈夫だべ。綱様にはそんな事はしないだべ。玉潰すのはあそこの木偶の坊だけだべ」

 綱の機微に気付いたアイはすかさず綱の背に飛びつき、耳元に囁いた。

 綱は「そうですか」と苦笑いする。

「ですが、君の様な女の子が玉とか連呼するのはいささか破廉恥すぎやしませんか?」

「そうだべか~?玉は下品だべか~?・・・でも、綱様がそう言うならあんまり言わないようにするだべ」

 綱はその言葉に満足そうにうなずき、光はどうでもいいなと無視した。

「でも、綱様も直さないといけない所あるべ」

「直す所?」

「オラの事は君じゃなくて、アイって呼ぶだべ」

「・・・アイさん」

「う~ん、綱様の恥ずかしがる姿、たまらないべ。なんて奥ゆかしいんだべ」

「ち、ちがう!これは・・・」

 道連れが二人増えただけでこんなにもにぎやかになるのかと光は辟易していた。

 とても親の仇打ちの旅とは言い難い。

 大江との二人旅の時はお互いが距離を推し量り、軽口を叩こうと目的は常に念頭にあった。

 図らずとも大江の父に止めを刺したのは光である。

 それを大江は責めたりはしないし、むしろ感謝の言葉が出てくる。

 けれど、やはり光には後ろめたいものが残っているのだ。

 もちろんそれに気づかぬ大江ではない。

 だからこそ、踏み入れてはならない一線が明確にあったのだ。

 しかし、綱にしてもアイにしてもズカズカと人の心に土足で入り込むような無作法な所がある。

 それは捉えようによっては良いところであったが、光にしてみればそれは出来れば距離を置きたいそんな性質であった。

 親の仇を討つために固めた悲痛な覚悟がふやけていくような、そんな恐怖を光は感じていた。

「光!」

「光様!」

 光が思考の海で漂っていると、大江達に引き戻された。

 現の世ではばきばきと音を立てて、木が光めがけて倒れてきていた。

「おおーい。倒れるぞー」とそんな声が今更にどこからか聞こえる。

 ぐいっと光の体が大江の太い腕に引っ張られた。

 ドスン。

 木が光の目の前で土煙を上げる。

「あ、ありがとう」

「ん?今日はやけに素直だな。どこか調子が悪いのか?」

「どこも悪くない!もう放せ!」

 キョトンとしている大江に対し、光は不条理な怒りを振りまいていた。

「光様!」

 木の向こうには同じくアイに助けられた綱の姿があった。

 綱の悲痛な叫びがこだまする。

 別段怪我をしている様子もなかったが、ちょうどアイに押し倒された形になり、綱にとっての危機は脱していないようだった。

 何故か馬なりのアイからはよだれが流れ落ちている。

 どうでもいいなと光は無視した。

 そして、木の倒れてきた方角を向いた。

「悪い悪い。いや、人がいるとは思わなかったものだから、声をかけるのが遅れた。大事ないか?」

 木の倒れたところから現れたのは男。

 大江よりは小柄だが、十分に巨漢と呼べる。

 人懐っこい笑顔を見せ、怪我がない事を本当に喜んでいるように見える。

「すまん。この木は邪魔だな。ちとどいてもらえると嬉しい」

 男はよっと声を上げ、倒れている木を掴みにかかる。

 そして、それをひょいと抱え上げた。

 光達はその怪力に驚愕し、同時に怪しんだ。

 男の頭には角はない。

 大江と光はお互い顔を見合わせ、どういう事だとひそひそ話をする。

「角の無い鬼などいるのか、大江?」

「いや、俺は聞いたことねぇな。でも、目の前の奴が自分で鬼だと言うならそれもありかとは思う。どっちにしたって人間業じゃねぇだろ」

「確かに」

 恐らくそうであろうと答えを持って光は男に名を尋ねる。

「坂田金時。この山で木を切り、材木を売って生活している」

 やはりと光達の答えは確信に変わった。

「失礼。実は貴公に用があって我等はここに来たのだ」

「ほう。俺なんかに何の用があって」

 大江達に割って入ったのは綱。

 どうやらアイの呪縛から何とか逃れたらしい。

 一方アイはと言うと地べたに座って、目をつむり、顔を上げて、何かを待っているような様子である。

 大体どんなやり取りがされたのかは想像が着いた。

「不躾で申し訳ないが、貴公は鬼か?」

 一瞬、顔がほうけるが、すぐに坂田は快活に笑う。

「鬼かと問われれば、違うと答える。鬼の様な男かと問われれば、何ともいえんが、自分ではそうではないと思っている。俺は何処にでも転がっている箸にも棒にも引っかからぬ男よ」

 倒木を一人で抱え上げるような男は何処にでも転がってはいない。

 常人では無い。

 だが、

「はずれか」

「俺には何とも言えんなぁ。俺が知らないだけで角を隠せる方法があるのかもしれねぇし。それに鬼かと問われて鬼だと答える奴はいないだろ。それこそお前は人殺しなのかと問い正してみても同じだろ?」

「もう少し探る余地はあると言う事か」

 光と大江は顔を見合わせ、ついで山の頂上を見ていた坂田を見てやる。

「悪いがこっちもあんたらに用があるようだ。ちと来てくれんか?」

「用?どういう事ですか?」

「俺の嫁があんたらを呼んでいる。どうせだ、俺んちで茶でも飲んでけ」

 肝心の用件は何かと再度問いなおしても来れば分かると、坂田は笑う。

 さて鬼が出るか、蛇が出るか。

 そんな心持ちで光達は坂田の後について行った。

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