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鬼奇譚  作者: 山羊ノ宮
3/15

橋の上の女鬼

 宵闇は月光によって切り裂かれ、舞台に明かりを灯す。

 人通りはない。

 ある気配は光と大江、そして、それに相対する者の気配だけであった。

「たしか話によると橋に出てくる鬼は絶世の美女で、その姿に油断していると一変して美女は鬼の姿に変じて、襲ってくるという話だったよな」

「そうだ」

「鬼の姿は巨大で、その怪力は地を割るとさえ言っていた。そして、なぜか屈強な男ばかりが狙われていると言う」

「そう言う男が趣味の鬼なのだろうな」

「で、重要なのはここからだ。あれか?あれなのか、その女鬼というのは?!」

 大江が指差す先には女がいた。

 いや、女の子と言うべきか。

 幼いその子は準備運動をしながら、光達の様子をうかがっていた。

「話はもう終わったべか?」

 幼女は虎革の両の小手を合わせ、打ち鳴らす。

 その音からして、どうやら小手の中に鉄の板を仕込んでいるようだ。

 長い赤毛を両脇でくくり、元気の良いその髪は二本のアホ毛をすくすくと育てている。

 見ようによっては、そのアホ毛と角とで四本の角に見えなくもない。

「正直コブつきとか、オラは用はないんだべ。さっさとやられるべ」

「光。コブつきだとよ。どうやらお前を俺の女だと思っているらしい、昼間の続きみたいだな」

「ふん。気色の悪い冗談だ。吐き気がする」

「なんだ?つわりか?」

「・・・大江、斬るぞ」

 光が抜刀しようとして、慌てて大江が釈明する。

「ま、待て。ちょっとしたお茶目な冗談じゃないか?」

「お前に茶目っ気など必要無い」

「なんだ?痴話げんかだべか?ノロケならどっか他所でやって欲しいべ」

 光達の漫才に幼女は肩をすくめる。

「・・・大江」

「なんだ?光」

「あの子鬼。曲がりなりにも鬼だ。それも人に迷惑をかける悪い鬼だ。ここは灸をすえる必要があると思うが」

「でもよぉ。俺、ガキをいじめる趣味ねぇよ。気が向かねぇな」

 やる気のない大江。

 それを見て幼女は鼻で笑う。

「ぐだぐだ言ってないで早くかかってくるべ。どうせお前みたいなザコ、一撃粉砕だべ」

「はあ?俺がザコだと?このガキ、誰に物言ってんだ?」

「ザコに言ってるだべ。臆病者の木偶の坊に言ってるだべ」

「んだと!そんなに言うなら一回痛い目にあわせてやるよ。お仕置きされて泣きだすなよ、ガキ」

 大江にもやっと火がついたのか、金棒を構える。

「やっとだべ。前振り長くて疲れたべ」

 トントンと跳躍をし、幼女は拳を構える。

 そして、一瞬にしてその姿を消した。

 大江は追い切れず、周りを見渡す。

 そして、上空を見上げた。

「残念。下だべ」

 不意な声と共に懐に飛び込んでいた幼女。

 大江はとっさに防御しようとしたが、間に合わない。

 幼女の振り抜く拳は大江の股間を貫いた。

「ぐっわっ・・・」

 うめき声一つ、大江は轟沈した。

「やっぱり弱いべ。オラの瞬殺だべ」

「くそっ。童と思って油断したか」

 大江は命に別状ないようだが、戦闘にはすぐに復帰できそうにない。

 光は嫌な汗を拭い、鬼切の刀、安綱を抜く。

 構える光に幼女は拳を収めた。

「止めとくべ。オラは女には手を出さないべ」

「・・・女は弱すぎて相手にならないと?私ではこの大江の足下にも及ばないとでも思っているのか?ふん。だがしかし、この安綱をもってすれば・・・」

「違うべ。女じゃ戦って、負けても結婚できないべ。それじゃ意味無いべ」

「結婚?」

「そうだべ。オラの理想はオラより強くて、カッコよくて、それでいて優しい男だべ。オラはずっと村でそんな男が現れるのを待ってたべ。けど、全然オラのとこに来てくれないんだべ。仕方ないから都まで迎えに来たんだべ」

「それで強そうな男を片っ端から」

「そうだべ」

 呆れてものも言えぬとはこの事であった。

 もはやこの幼女が光の親の仇でない事は明白である。

「なんでも最近ある村で大暴れした鬼を退治したすごいカッコイイ人がいるそうなんだべ。きっとその人がオラの旦那様だべ。容姿は女みたいに綺麗で、そのくせ大人の身の丈ほどもある金棒を振りまわすような豪の者。ものすごい強い鬼を一合でたたき斬ったそうだべ。そして、絶対その方は優しいに決まってるべ」

「・・・鬼退治をする者なら、鬼の敵ではないのか?そんな者との恋愛など・・・」

「愛に鬼も人間も無いべ。少しぐらいの障害があった方が逆に燃えるべ!」

 幼女の話を聞くに恐らく大江と光が混ざり、噂話が独り歩きしている様だった。

 恐らくこのままこの幼い女鬼を放置しておけば、幻想の男を追い求め、ずっとここで人を襲い続けるのだろう。

 とは言え、どう切り出したものかと光は思案する。

「・・・あのな、童よ。実はその男、実在せんのだ」

 そして、結局素直に真実を述べるのが良いだろうという結論に達する。

「はい?何言ってるべ?」

「そこに転がっている大江の得物は金棒。そして、私達はある村で理性を失い暴走していた鬼を退治した事がある」

 幼女は目を丸くして、大江と光を見合わせる。

「これはあれだ。噂に尾ひれがという奴だ。実際は命からがらの勝利であったし、そのような英雄の様な男もいない」

 詳細に事の顛末てんまつを語る光。

 その言葉に幼女はわなわなと震えていた。

「・・・騙したべ」

「そうそう、分かってくれたか。そう、私達はそなたを騙し・・・って違う!私達はそんな・・・」

「乙女の純情を踏みにじる悪辣あくらつなその業、ここでオラが叩き潰してやるべ!」

「違う。落ち着け、童。話を聞くのだ」

「問答無用!!」

 すさまじいまでの鬼気を放ち、怒りの形相の幼女。

 仕方ないと光は安綱を構える。

 しかし、幼女の拳が光の方に向かってくる事はなかった。

 なぜなら幼女の首根っこをひょいとつまみあげる者がいたからだ。

「綱!?」

「何をやっておいでなのですか?光様。このような所で童相手に喧嘩とは、それも刀まで持ち出して」

 不意の事で捕まえられたが、すぐさま幼女は体をひねり、綱の手から離れる。

「どうしてここに?」

「光様、この綱、これよりお側に侍ることをお許しください」

「はい?」

「これまで光様を仇打ちより遠ざけるように身を案じてきました。しかし、それは僕の自己満足でしかなかった。僕は悟ったのです。僕は光様の覚悟を図れてはいなかった!」

「お、おーい。綱」

「これより僕が光様の剣となり、盾となりましょう。ご安心くださいませ、光様。必ずや、光様の仇討ちを成功させて見せます」

「いや、私は大江という夫がいてな。だから綱に助けてもらわなくとも・・・」

「その事ですが、あの時は突然の事で気が動転しましたが、よくよく考えればおかしい。きっとあの男は光様の夫ではなく、用心棒か何かでありましょう?」

「そ、そうではない。正真正銘あれは私の夫だ」

 怪しむ綱に光は視線を合わせようとはしない。

「ここは女鬼が出ると言われている橋。姿も見せず光様を一人こんな所で置いておくようなものがどうして夫でありましょうか?」

「いや、綱。大江ならそこで倒れておる」

「何と、そんなところで酔いつぶれているのか!ますますもって不届き千万」

「違う。あれはな、鬼にやられて・・・」

「なんと!もう鬼の魔手がすぐそこに・・・光様、ご安心を。この綱、命に代えてもお守りいたします。さあ、来い鬼よ。鬼切の刀、安綱の兄弟刀、この膝丸にてお相手致そう!」

 張り切り過ぎて、空回りしている綱を見て、どっと疲れが出てくる光であった。

「綱。その鬼はそこにおる」

 光が指差す先には幼女。

 幼女は拳を構えたまま、頬を紅潮させ、綱をぼんやりとした眼で見つめていた。

「この童があの噂の鬼でありますか?確かに角があるようですが・・・」

 信じられぬと綱が幼女を見つめると、幼女は恥ずかしそうに視線を外すのであった。

「・・・か、カッコいいべ」

「は、はあ」

「そ、その・・・あんたにお願いがあるべ!」

「お願い?」

「その刀でオラの頭をゴチンてやって欲しいべ」

 変な願い事をされ、不審がる綱。

 視線を光にやると、光は頷くので、仕方なしに綱は刀の背で幼女の頭を叩いた。

「や、ら、れ、たべぇぇぇ」

 わざとらしく崩れ落ちる幼女。

 訳が分からない綱に光は肩を叩いた。

「やったな、綱。鬼を退治したぞ」

「は、はあ」

「そして、鬼退治の報酬にオラを嫁にもらえるべ!」

「はあ?!」

「良かったな、綱。嫁の一人もいないでおば様も心配しておったろう。これで家も安泰だな」

「ちょっと待ってください!光様!何がどうなって・・・」

「達者で暮らせよ」

 抱きつく幼女に翻弄される綱を放って、光は大江の元へ足を運ぶ。

「待ってください。光様!」

「そうだべな。子供は多い方がいいだべ。綱様が望むなら、十人でも二十人でも作るべ」

「そんな話はしていない!ちょっと君、放してくれ。僕にはこれから光様を守ると言う使命が・・・」

「君だなんて、よそよそしいべ。オラの名はアイだべ。綱様を愛するのアイだべ。覚えやすいべぇ」

「光様ぁぁぁ」

 大きな嘆息をついて、光は大江を見る。

「おい、大江。いつまで寝ているのだ?」

 返事はない。

 大江は白目向いたまま、泡を吹いていた。

「使えないな」

 そう言って、光は大江の腹を蹴飛ばし、気付けするのであった。

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