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鬼奇譚  作者: 山羊ノ宮
14/15

おまけ

 まぶしい日差しが、薄く開けた瞳に降り注ぐ。

 視界は白んでよく見えない。

 温かな雫が綱の頬を濡らす。

「綱様ぁ」

 振り絞るような声、頬ぬぐい、その指の隙間から見えた覗きこむ女。

 その眼から涙が滴り落ちている。

 外界をぼんやりと見ていた綱の思考は、突然覚醒する。

「光様!」

 綱は体を起こそうとして、軋む体にうめく。

「駄目です。無理をされては。綱様はもう五年も眠ったままだったのです。どうか、お体を動かすなら徐々に」

「五年も寝ていた?・・・」

 女は肩に手を当て、寝かそうとするが、綱はそれを拒否した。

「光様は!光様はどうしているのだ!」

「光様は綱様が気を失った後、無事仇を討たれて、大江さまと一緒にいずこかへ行かれました」

 さみしそうに女が語る。

 そして、綱は女の言葉を聞いて目を見張る。

「僕は行かなければ。光様の元へ」

 立ち上がろうとして、痛みにうめき崩れ落ちる。

 女はその背をさすりながら、言葉を漏らす。

「何で光なんだベ?」

 綱が振り返ると女は涙を瞳にまた溜めていた。

「?!アイ・・・か?」

 こくりとうなずくアイ、その姿は見間違えるほどに美しく成長していた。

 けれども、赤い髪、鬼の角は依然としてあり、幼き頃の面影もある。

 分からなかったのは、ただ綱の眼中になかっただけであった。

「綱様が目を覚ますまで今までずっとお世話してたんだべ。それなのに目が覚めた瞬間からずっと光様だべ。オラの事なんか気付いてもいなかったべ」

 綱はアイにどう声をかけていいか分からず、その手はおろおろとさまよった。

「綱様のお嫁さんになるために色々お義母様に教わったんだべ。色々頑張ったんだべ。言葉遣いも頑張って直してもらったんだべ。頑張ったんだべ。でも、全然駄目だったべ。もう元の言葉遣いになってしまってるし。オラ、全然駄目だべ」

 アイはそう言って綱に振り向かず、部屋を出ていった。

 結局、綱は何も言えずその姿を見送ることしかできなかった。


 アイは戸を閉め、一歩も動けずにいた。

 上を向き、流れる涙を抑えようとするも止めどなく流れてくる。

 ぐしぐしと顔を拭き、せっかくあつらえてもらった服を汚す。

 頭をよぎるのはこの五年間の記憶。

 好きな男の傍にいられるとは言え、決して辛くない訳ではなかった。

 もう二度と目が覚めないのではないかと絶望にくれた日々もあった。

 手を下した自身を呪う綱の言葉で目を覚ました朝もあった。

 それでも尽くしてきたのだ。

 綱が目が覚めた瞬間、アイの心は驚きと喜びと幸福に満ちていた。

 だが、それ故綱の光を求める声はアイをひどく落胆させた。

「どうかしたのですか?」

「お義母様・・・」

 佇むアイに声をかける者がいた。

 綱の母親である。

「綱様が目を覚ましたべ」

 すぐにでも綱の母は綱の元へ飛んでいきたい気持ちになったが、どうにも愛の様子がおかしい。

「何かあったのね?」

 アイはこくりとうなずき、綱の母の胸元へ飛び込み、声を上げ泣きだした。

「綱様が、光様の方がいいって・・・オラの事なんて気付きもしないで・・・うわーん」

 綱の母はアイの頬に流れる涙を拭い、優しく声をかける。

「だから常々言っていたでしょ?」

「ふへ?何をだべ?」

「あの子が寝ている間に襲ってしまえと」

「うっ。だって、そう言うのは~、やっぱり二人の同意が無いと駄目だべ~。愛し合う二人が~、っというか~、へへへ」

 軽く妄想に浸っているアイの頬を綱の母は容赦なく引っ張る。

「ほはあはま、ひたひへ」

「そんな甘い事を言っているからつらい目に会うのでしょ?何なら今から何処かから赤ん坊を連れて来て、これは私と貴方の子なんですとでも言っておしまいなさいな。でも、それも嫌だっていうんでしょ?」

「だって~。だべ~」

 綱の母は腰をかがめ、しゃがみこんだアイと視線の高さを合わす。

「アイちゃん、何故鬼の貴方をこの家に置いておくことを許したと思う?」

「う~、分かんないべ」

「あの子の事を必死に看病するアイちゃんを見てきたからよ。この五年間、あの子の世話をしてきたのは誰?光様?違うでしょ?もっと自信を持ちなさい」

 綱の母はアイの肩に手を置き、優しく微笑んだ。

「ありがとうだべ。お義母様」

「ところで言葉遣い、元に戻っていますよ」

「ご、ごめんなさい・・・だべ」

 綱の母はため息をつき、アイは照れ隠しのように頭をかいた。

「じゃあ、さっさと行ってきなさい」

「ふにゃ」

 そして、綱の母はアイの首根っこを掴み、綱の部屋にアイを投げ込んだ。

「母上!?」

「頑張るのよ!アイちゃん!」

 呆然とする綱を放って、綱の母はアイに声援を送り、ぴしゃりと戸を閉じた。

 気まずい沈黙が二人を襲った。

 戸を一つ隔てただけである。

 その会話がもしかしたら綱にも聞こえていたかもしれない。

 そう思うとアイは距離を詰めることはおろか、視線を交わすことすらままならなかった。

「すまない。長い間僕はアイの世話になっていたのだな。ありがとう」

 綱の気遣いがアイの心をちくちくと痛めつけた。

「綱様はどうしても光の元に行かなきゃならないだべか?」

「ああ。でも、こんななまった体では、光様の元へ馳せ参じたところで何の役にも立たないだろう。けれど、僕は行かなくては」

「綱様は光が好きなんだべな」

「そうだな・・・」

 そう言って綱は天井を見上げ、懐かしい思い出にふける。

 幼き頃、泣いていた自分に『家来にしてやる』と宣言した光の威風堂々とした姿。

「僕にとって光様は好きとか嫌いとか言う領域ではないな。命をかけて守る、そういう相手なのだな」

 思えばあの頃からずっと付き従ってきた。

 今更その生き方を変えるつもりはない。

「じゃあ、綱様にとってオラはどういう相手なんだべ?」

 聞かれて、綱はアイを見る。

 瞳を涙でうるませ、すがるように見てくる様はいじらしささえ感じる。

 一昔前、好きだ好きだと迫ってくるときには感じえなかった艶もある。

「それは・・・」

 と言い淀み、綱はアイと視線をずらす。

 アイは手を重ね、自分の顔を綱の視線の先に持っていく。

 そして、瞳を閉じた。

「ちょ、ちょっと待て。アイ。冷静になれ」

「もう五年も待ったべ。これ以上待つなんて、綱様残酷だべ」

「う、うわああ」

 そして、綱はアイに押し倒させるのである。

「もう綱様を失うのは嫌だべ」

 綱の胸の中でうずくまり、アイは呟く。

 綱は瞳を閉じ、そっとアイの頭を撫でるのであった。


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