それぞれの道
「あれから綱はどうしてる?」
「峠を越え、命にはもう別状ないが、今だ目を覚まさない」
「そうか・・・」
光の言葉を聞き、大江の表情が曇る。
大江の見送りに光と卜部の姿があった。
ただでさえしんみりしてしまうような別れに、努めて明るくとは思うが、綱の事を思うとそうもいかない。
「まあ、でも綱の事はアイに任せておけば安心だろ。ずっと付き添って世話してんだろ?あいつなら例えこのまま綱が目を覚まさなくても喜んで世話するぜ」
「悪い冗談だ」
「そうだな。悪い冗談だ・・・とは言い切れねぇからな。実際。俺にしてみれば、あの傷で命があっただけでも不思議でならねぇのに、正直このまま目を覚まさなくてもおかしくねぇだろ?」
「それはそうだが・・・」
「それにだな。アイにしてみりゃ、自分で手を下したんだ。辛くない訳ねぇ。なのにアイは怨み言の一つも言わねぇ。だったら俺達もいつまでもこんな辛気臭い顔をしてる訳にはいかねぇだろ?やっと全部終わったんだ。もっと楽しそうにしろよ」
「そうだな」と光の顔から笑みが落ちた。
笑顔にはまだ影が残り、腹の底から笑える日はいつの日かと、大江はため息を吐いた。
そして、遠くに広がる都の風景を見た。
争いの爪跡は大きい。
再び民に笑顔が戻り、都の賑やかさが戻るのはまだ先の事だろう。
「そうだぜ。綱もきっとすぐに目を覚ますだろうし、これで万事丸く収まったって事でいいじゃねぇか。納得できねぇのはあのいけすかねぇ奴が英雄だってことぐらいか」
「あれであの方人気がありますから」
と、卜部は大江に申し訳なさそうに言葉を濁す。
今回の動乱を妖怪どもの襲撃による混乱。
そして、阿部清明はそれらを命を賭して食い止めた英雄として、民には伝えられていた。
「その方が納得させやすいってのは分からんでもないんだが、そのせいで俺らの肩身が狭くなるのは勘弁してもらいたかったぜ」
「その件については碓井様も珍しく真剣に動いてくれたのですが、力及ばず、申し開きも無い」
深々と頭を下げる卜部に大江は慌てて両の手を左右に振った。
「いやいや、いいってことよ。あんたに謝られてもどう仕様もねぇし。悪いのは鬼のせいにして何でも片づけようとしている奴なんだしな。むしろあんたらには感謝してるんだ。あの野郎に操られていた鬼達の命を救ってくれたんだしな。あのまま放っておいたらどさくさにまぎれて口封じされていたに違いねぇ」
「ですが、あの場で我らは貴殿の同族の命を多く奪っておりますし、謝罪こそすれ、感謝されるなど・・・」
「それもそうなんだけどよぉ」
大江は言葉に困って、頭をかく。
そんな大江を見て光はくすりと笑った。
「大丈夫だ、大江」
「何がだ?」
「世界がいかに嘘で塗り固められようときっと最後には真実にたどり着く。この私のようにな」
「・・・そうだな」
大江の腹の底では、きっと人間の鬼達への偏見は無くならないだろうという諦めがあった。
けれど、光の純粋に真っすぐ見つめる瞳を見ていると、その言葉を信じたくなる。
「大江・・・ありがとう」
「何でい。改まって。気持ちわりぃ」
照れくさそうにする大江に光は「しゃがめ」と命令する。
そして、その頬に光は口づけした。
「今回の一連の件の礼だ。とっておけ。元より天涯孤独の身。財はないし、安綱も献上の名目で取り上げられた。我ながら情けないが、もはやこの身一つしかない。命まで懸けてこのような事しかできなく、すまないとは思う」
大江は口づけされた頬を触れ、ぼんやりしている。
「何だ?やはり不服か?」
照れる光に大江は笑んだ。
「ああ。こんなんじゃ足りねぇな」
そう言うと、大江は光を抱きあげた。
「っこら、何をする!」
「馬鹿、暴れるな!肩腕しかねぇんだ。落とすだろ」
恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして大江を容赦なく殴る蹴る光。
「じゃあ、こいつもらって行くから。悪いけど、綱が目覚めたらよろしく言っといてくれ」
「承りました。悪い鬼にさらわれたとでも報告しておきましょう」
「何を勝手に・・・」
「もしかして嫌なのか?俺と一緒じゃ」
嫌かと問われて、光は口をつぐんだ。
数刻答えを待つも返っては来ない。
「では、お体にお気をつけて。良き旅路となる事を祈っております」
「そっちもな。これから大変だとは思うが、まあ、頑張ってくれや」
そして、卜部は去っていく大江達の背を見送ると都へと踵を返した。
「さては妖怪変化よりも厄介は人の世よ」
先を思いやり、卜部からは自然ため息が出るのだった。
これでこの物語はおしまいです。
ここまで読んでくださった方へ感謝と謝罪を。
ありがとうございます。
すみませんでした。