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鬼奇譚  作者: 山羊ノ宮
12/15

決着

 視界が悪いのは渦巻く砂煙のせいだけではなかった。

 綱は体中が悲鳴を上げ、痛みにうめきながらも体を動かそうとする。

 既に意識を繋ぐだけでもやっとの状態。

(早く光様のもとへ)

 その一念だけが綱の意識を現世に留めていた。

 しかし、意志とは逆にもう体は立ち上がることさえ許さない。

 そんな綱に近づく者がいた。

 おそらくアイであろう事は綱にも分かった。

 何とかもう一度体を引き起こそうとするが、すぐにアイに馬乗りになられ地面に縛りつけられる。

 そして、アイの拳は固められた。

 綱は何かにすがるように手を伸ばす。

「アイ、すまぬ」

 アイの動きが止まり、手の甲に何か温かいものが落ちた。

 それが何なのか視界が白んで綱には判別できない。

 飢えた獣のよだれなのか、それとも血の通った涙なのか。

 綱は必死にアイを引き寄せようと空を掻き、アイの首に着けられた金環を手にする。

 それから力任せに綱はその金環を引っ張る。

 だが、アイの体は引き寄せられず、代わりに金環がまるで土くれで出来ていたのではないかと思うほど もろく崩れ去った。

 そして、それと同時にアイの拳が綱の額を打ち抜いた。


(これまでか・・・)

 光は目をつむり、最期の時を待った。

 しかし、すぐに来るはずであったその時は待てども来ない。

 いぶかしがり、光は目を開く。

「貴方は?!坂田殿!?」

 光の目の前では坂田が大江の金棒を受けていた。

 苦痛にゆがむ顔を必死で笑顔に変え、光に答える坂田。

「今の内じゃ!その鬼の首についておる環をはぐのじゃ!」

 どうしてここに?と問う前に、後方から玉藻の声がぴしゃりと響いた。

 訳も分からず光はその言葉に従う。

 手を伸ばす光に大江は当然のように蹴りを放つが、それを坂田が身を呈して守り、その動きを封じた。

 そうして何とか光は大江の首の金環をはぐ事が出来た。

「これでこの鬼は次目を覚ます時には正気でいられよう。しばし休ましてやるがよい」

 玉藻のその言葉を聞き、光は深く安堵の息を吐く。

 そして、気を失った大江にまたがるとその頬をいい音を立て、平手で張り、叩き起こした。

「おお、光じゃねぇか」

 目を覚まし、素っ頓狂な声を上げる大江、その顔面をとりあえず光は殴り飛ばした。

 それから「痛ぇじゃねぇか!何すんだ!」と鼻血を垂らしながら訴える大江を放って、光は坂田の元に歩み寄る。

「坂田殿、大事ありませんか?」

「ああ、心配ない。我が妻に比べれば鬼など子供と戯れるに等しいよ」

 よくよく見れば坂田の体は全身傷だらけで、その言葉もまんざら嘘ではないように思える。

「さて、阿部の坊や。少々火遊びが過ぎた様じゃ。代償は高くつくぞ、観念するのじゃな」

「何故お前がここにいる?逆賊どもの鎮圧に向かわせたはずだが?」

 来るはずのない客人に阿部は眉をひそめる。

「愛の力で復活と言ったところじゃな」

「戯言を」

 玉藻の言葉は阿部の気に障ったのか、阿部の眉間のしわが一層深くなる。

「何故こうも私の邪魔をする。世界は病んでいるのだ。世界は私の手で救わねばならんと言うのに」

「救う?壊すの間違いではないのか。そもそもお前のそういう傲慢な態度が妾は気に入らん。この世界はお前のものなのか?神にでもなったつもりか?」

 玉藻は嘲り笑い、それを阿部も笑いで返した。

「神?そうだな。この世界を救うために必要なら私は神にでもなんでもなろう」

 そう言うと阿部はおもむろに衣を脱ぎ捨て、吠えた。

 筋肉がメキメキと音を立て隆起し、膨れていく体。

 変貌し、堕ちていく阿部の姿にそこにいた皆が息を飲んだ。

 爪は鋭く伸び、獣の牙が口から飛び出ている。

 皮膚は紅潮し、赤銅色をしていた。

 爛々と輝くその瞳とは逆に、髪は白く生気を失ったようである。

 そして、その髪の間から見えるは四本の角。

「鬼の強靭な肉体に、私の聡明な頭脳。まさに神の如くか」

「阿部清明様、そのお姿は一体?」

 皆が唖然とする中、光は幽鬼のように立ち上がり、阿部の元へと近づく。

「腐った貴族どもの娘よ。もはや私のこの姿は不完全なものではない。あの夜のように万に一つも命拾いする可能性はないぞ。お前をなぶり殺し、残る死にぞこない共を一掃してくれよう」

 光の蒼白の顔の口端が上がる。

 何と愚かな。

 命の恩人と尊敬の念を抱いていた自分、阿部を信じたいという気持と信じられないという気持ちに葛藤していた自分、阿部に対し刀を向けることにためらいを感じた自分、何もかもが愚かしく思える。

 所詮阿部の手のひらで踊っていたと言う事か。

 さぞ無様な道化であったろう。

 既に怒りを通り越して、光からは笑い声が漏れ出ていた。

 気が触れたかと思わせるが、転じて阿部を睨みつける瞳に映る力強さがそうではないと語った。

「なるほど。そうか。そのような鬼の姿でなければ、か弱い女一人も殺せぬ臆病者であったか。それとも人の姿では事が明るみに出て、人心がその身から離れているのが怖かったのか?」

「小娘が好き勝手・・・」

 もはや光に聞く耳は持たない。

「世界を救うだと?片腹痛いな。そのような矮小な身で何ができる?貴様の自身さえ救えず、世界を呪う事しか出来ぬ。世界が腐っている?馬鹿な。腐っているのは世界を見ているお前の目だ。妄言、大言、空言、もう結構だ。貴様の児戯に付き合うほど私は暇ではないのだ。大概にしろ」

 阿部が激昂する。

「黙れ!」

「黙るのは貴様だ!!」

 阿部の腕が光の頭をかすめ、光は飛び上がった。

 大上段に構え、両断するつもりなのであろう。

 阿部は余裕たっぷりに腕を掲げそれを受けた。

 ぷつりと血筋が入る。

 やはり光の力では阿部の腕にかすり傷を負わすのがやっと。

「何故鬼の体に傷が・・・」

 しかし、阿部は流れるわずかばかりの血を見て動揺をする。

「いい忘れていたな。これは我が仇、四本の角を持つ鬼を屠るために作らせた刀。すなわちお前を屠るための刀だ。とくとその名を覚えておくがよい。鬼切りが刀、安綱だ」

 安綱を構え、不遜な光の物言いに阿部は鼻で笑う。

 ちろりと赤黒く長い舌で傷をなめた。

「宝の持ち腐れだな」

 恐るるに足らずと阿部は判断したようだった。

 そして、目の前のゴミを片付けようとした。

「?!」

 が、体が動かない。

 ぎょろりと目玉が動く。

「妾は言祝ことほいだはずだ。観念しろと」

「狐がぁぁーー!!!」

 硬直した体を無理やりに動かそうと阿部がもがくと、見下した玉藻の笑みが歪む。

 それを見た坂田が、玉藻の体をそっと支えるのである。

「大江!」

「は?」

 探し求めた仇を前に光は叫んだ。

 まだ意識ははっきりとは覚醒してはいない大江。

「力を貸せ!」

「・・・おう!」

 寸分の差を置いて、大江はようやく状況を理解し、光の元に駆け寄る。

 玉藻の表情がさらに険しくなるのを見るに、温厚な坂田も思わず「早く!」と声を荒げる。

 大江の大きな手が安綱を持つ震える光の手を包んだ。

「これで終わりだ」

「おう」

「終わらせん。終わらせはせんぞ!」

 さらにもがく阿部。

 玉藻ががくりと膝をつき、ようやく阿部の体が自由を得た。

 阿部の薙ぐ腕。

 そして、光と大江の手によって安綱が振り下ろされる。

「はああぁぁぁーーー!!!!」

「うおおおぉぉぉーーー!!」

「ごがぁぁぁぁぁーー!!」

 三者の咆哮が響いた。

 阿部の腕は届かず、鮮血の花が咲き乱れる。

 緋に染まる視界の中、光は相手の最期の瞬間を見届けようと目を凝らす。

 重い音を立て、四本の角を持つ鬼は倒れた。

 両断された体からは血が流れ、地を朱の絨毯に染め上げていた。

 もはや動く気配はない。

「終わったのか?」

 そう大江が光に問いかけると、光は答えず、倒れ込む。

「おい、光!」

 心配そうに大江は光を覗きこむが、光の方はと言うと安らかな表情で寝息を立てていた。

「ったく。無茶しやがって。そのくせ勝手に気を失って。文句の一つも言わせろってんだ」

「ならば頬を張って、叩き起こすか?」

 そんな風に冗談めいて玉藻が言う。

 あきれた表情で答える大江。

「馬鹿言うなよ。気を失っている奴にそんなことできるかよ」

 そして、玉藻と坂田は顔を見合わせ、笑った。

 大江は不思議そうにその光景を眺めるのだった。



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