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鬼奇譚  作者: 山羊ノ宮
11/15

 阿部のいる朝廷の宮に光達は足を踏み入れた。

 光を中心に前方を卜部、碓井が固め、道を切り開く。

 そして、後方を綱が詰め、光を守りながら進んだ。

 敵の抵抗は比較的少なく、一気に敵の懐に入れると思ったが、

「光様あれを!」

 後方から追ってくるのは鬼が一匹。

 光と綱は足を止め、転身する。

「碓井殿、卜部殿。ここは我らが」

「相分かっ・・・」

 振りむき返事する卜部の目の前で上から壁が落ちてきて、ドスンとものすごい音をたてた。

「分断とは阿部もこすい真似をする」

「気にするな、卜部。どの道あの二人にここを任せて先を急ぐつもりだったのだ。それよりも前を見ろ、卜部」

 そう言われて卜部が目をやると、前方では鬼が次々と姿を現していた。

「厄介だな。卜部、あれらを全部任せても良いか?」

「御冗談を。碓井様もちゃんと戦ってください」

「何、卜部はやればできる偉い子だ。私は信じている。頑張れ」

「碓井様・・・」

 白い目で見る卜部に碓井は仕方ないと息をつく。

「碓井貞光。この鬼切りの刀、安綱の影打ちが一刀。獅子ノ子にてお相手致す」

「卜部季武。安綱の兄弟刀の膝丸の影打ちが一刀。吠丸にてお相手致す」

 言葉を聞かない鬼達に対して名乗りを上げても詮無い事のように思えるが、両者の意気は上がっていた。

「いざ参る!」


「光様。いかがいたしましょう?」

 綱は鬼を倒し、断たれた進路を見て光に問う。

「他の道を探そう」

「そうですね。碓井様も卜部様も無事でいると良いのですが」

「あの二人は腕が立つ。心配することもあるまい。それよりも自分の身の安全を心配しろ。綱はそれほど強くはないのだから」

「はい。ありがとうございます」

 ここに来るまで光が安綱を振るったのは数えるほどしかない。

 ほとんど他人任せでその言いぐさはないだろうと普通は思うが、綱にしてみれば心配してくれたと、喜ぶ言葉であった。

 もし綱に尻尾があれば、左右に激しく振っている事であろう。

「騒がしいと様子を見に来れば、お前達はいつぞやの。鬼を取り戻しに来たのか」

 不意に声がして、光達は身構える。

「阿部清明?!何故ここに?」

「何故とは妙な言い草だな。お前達は私に会いにここまで来たのだろう。出向いてやったのだ。喜べ」

 薄い笑いを浮かべる阿部の傍らには二人の鬼。

 アイと大江の姿があった。

「アイ!大江!」

 光は名を叫んでみるが、二人の瞳に正気はなく応えない。

「阿部清明様、一つお聞きしたい。何故このような事をなさるのですか?鬼を無理やりに従わせ、多くの人の血を流し、貴方は何がしたいのです?」

「何故、何故、何故、何故、問うてばかりだな。そのように自ら思考せず安易に答えを求める者がいるからこの世は堕落していくのだ」

「堕落?この都の惨状を引き起こしたのは阿部清明様でしょう?己が手で落しておいて、さもありなんとはいかがなものでしょう」

「紙に墨が落ちれば、滲んでとれぬ。新たに紙を用意するしかない」

「戯言です。この世は綴られる物語ではない。何処にも真っ白な紙などありはしない」

「何故ないと言い切れる。ないなら作ればよいではないか」

「そんなもの・・・」

「出来る訳ないと?そうやって思考を止め、ありふれた答えを手にして仕方ないと諦めるのか?それは堕落ではないと?」

 綱は二人の問答を静観していた。

 いつでも動きだせるよう構えはとかない。

 綱には分かっていたのだ。

 いくらこの二人が言葉を交わそうと分かり合える事はないのだと。

 何故ならその理由が目の前にあるからだ。

 その理由、アイと大江は、低いうなり声を上げていた。

 まるで獣のようではないかと、綱にもやり切れぬ思いがよぎる。

「とは言うものの。貴公には感謝もしているのだよ」

 一変して、阿部の表情は柔和なものに変わる。

「貴公の連れていた鬼。思ったよりも上物でな。事が思ったよりもうまくいった。惜しむらくは隻腕であることぐらいだが、それを差し引いてもその価値はあまりある」

 阿部は満足そうに大江の腕をべたべたと触れる。

 その様子を見ながらじっと耐えていた光であったが、ついには光の中で何かがはじけてしまった。

「その・・・その汚い手で触れるな!」

 激昂する光が一歩踏み出したと同時にアイの姿が消えた。

 次の瞬間、光の目の前で正拳突きを放とうとしていた。

 割って入るは、綱。

 拳を膝丸の腹で受け、力任せにアイを吹き飛ばした。

 着地点を狙おうとした綱であったが、吹き飛ばされながらも放ったアイの蹴りが綱の眼前を横切り、その勢いを殺され、うまくいかず避けられる。

「止めるんだ!綱!アイは正気じゃない!」

「分かっております。ならばこそ、光様。その命は承服しかねます」

「アイも!自分が今、誰と戦っているのか分かっているのか!」

 声は届かぬのだろうと分かっていながらも、光は叫ばずにはいられなかった。

 想いは届かず、アイは微塵の躊躇なく綱を攻撃する。

 その動きは綱には追い切れず、先の動きを読んで行動するしかなかった。

 まだ大江が阿部の傍らにいる。

 大江とアイの二人がかりで来られる前に、何としてもアイを始末したい綱であったが、アイの実力はその背から見るよりも脅威であった。

 幾度かのやり取りの後、またアイの姿が消える。

 右か左か、それとも下か上か、はたまた背後からか。

 綱は予測を立て、身構える。

 しかし、その予測のいずれも当てはまりはしなかった。

 アイが向かったのは、

「光様ぁ!」

 光の元へである。

 何と体の重い事か。

 すがるように綱は必死で駆けた。

 アイは光の眼前にある。

 そして、アイは光に背を向けた。

 アイの本当の狙いは光では無かった。

 捕らえるは取り乱した綱。

「ぐわぁぁぁ!」

 アイの蹴りで綱は吹き飛び、壁を壊し、その外まで吹き飛ばされた。

 そして、砂煙が巻き上がる中をアイが追った。

「綱ぁぁぁぁ!!」

 返事は返っては来ない。

 光は瞳に憎しみの炎を宿し、阿部を睨みつけるが、相手は薄ら笑うだけである。

 そして、その視線を遮るよう大江が立ちはだかった。

「大江、どけ。そいつを斬る」

 大江は金棒を担ぎ、光の元へ迫る。

「どけと言っている!聞こえないのか!」

 一瞬ひくりと反応したと思ったが、結局は大江の金棒は振り下ろされる。

 光は大江の攻撃を避けながら阿部へと向かう。

 大元を倒せば、きっとアイも大江も正気に戻るはず。

 しかし、そんな簡単には事は運ぶはずがない。

 光の頭上に金棒が振り下ろされる。

 寸での所で避けるが、地面が爆ぜ、その衝撃に光の体は後ろに飛ばされ尻もちをついた。

「きゃああぁぁぁ!」

 忌々しいと大江を睨みつけるが、もうそこにはその姿はあらず、大江は既に光の目の前で止めを刺そう と金棒を振りかぶっていた。

 もはや避けるにしても受けるにしてもかなわない。

(これまでか・・・)

 光は唇をかみしめ、自分を殺す相手を見上げる。

 大江は泣いていた。

 そして、金棒は振りかざされた。




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