凶事
目の端に敵が映ったのは良かったが、その数が思ったよりも多かったのは誤算だった。
「わらわらと何処からわいてくるのか」
愚痴りながらも碓井は矢をつがえる。
通りを二つ挟んで味方の軍が戦っている。
敵としてはそこを挟撃しようと言う腹なのだろう。
何とかして向こうが片がつくまで時間を稼げたらいいのだが、いかんせん一人だけではどうしようもない。
独断先行のつけと言えばそれまで、自業自得である。
何か手は、と思案しているうちに矢が尽きた。
「さあ、観念するがいい。逆賊よ」
「逆賊とはひどい言われようだな」
もはや正確無比の矢が飛んでこないと知って、尻ごみしていた者も足して、敵がまた増えたように思える。
勝利を確信したような表情は非常にしゃくである。
こんなことなら隠し矢の一本でもおいておくんだったと、碓井は思う。
背の矢筒を外し、弓を捨て、刀を抜いた。
「刃を交える前にそなたらに一言言っておくことがある。某、手癖が悪い故、弓の腕に難がある。しかし、それにもまして刀の腕にも難がある」
もはや言葉など不要と場違いが碓井に斬りかかる。
心の臓を一突き。
「間違って、殺めるやもしれぬ。気をつけられよ」
事切れた死体を蹴り飛ばし、刀を抜く。
血糊を振り飛ばし、碓井はおののく敵を見た。
数は圧倒的、もはや碓井の前には死しか待ってはいない。
それでも憮然と立ちはだかる碓井に対し、戦慄が走るのであった。
ザリッ。
碓井が一歩踏み出すと波のようにたじろぐ砂音がする。
そして、恐怖心は堰を切り、一人が上段に構え碓井に斬りかかる。
横になぐ。
続けざまに来る者を体をそらし、袈裟切り。
ついで襲いかかる刃を受け、はじき、体を反して背後から斬りおろした。
背を向けたを好機とばかりに勇んだものの、碓井が振りかえり睨みをきかすと二の足を踏んだ。
ザリッ。
また一歩碓井が踏み込む。
それを合図に覚悟と言葉を残し斬りかかるが、一閃、碓井に斬り倒される。
そして、また血糊を吹き飛ばす。
四人である。
四人が一瞬のうちにやられてしまった。
数の上ではたかだか知れている。
依然碓井の不利はゆるぎない。
それでも碓井の持つ力を知るには十分であった。
自然、碓井を中心に円陣が組まれた。
碓井と敵との間は碓井の刃が届く範囲よりも少し広く、それはすなわち碓井の殺気が足をまとわりつく範囲ともいえた。
その得物を封じれば、その動きを一時封じれば、他の者が相手をしている隙ならば、そんな浅慮の輩が次々に血の花を散らす。
碓井はまとも組み合ってはくれない。
刃は受けると言うよりも流す。
そして、不用意に間合いに入ろうものなら指や首筋、目を碓井の刃がかすめた。
致命傷にならずとも格下の相手の戦意をくじくのには十分であった。
こうして何とかこう着状態を作り出した碓井であったが、それを打開できるまでの力は持ち得てなかった。
(このまま時間を稼いで味方が来るのを待てば・・・)
だが、省みてすぐに考えを変える。
(いや、もし片がついたのならこちらに来ずに一気に阿部との決着をつけに行くか。少なくとも私ならそうする)
碓井は敵を見渡し、指揮する者を探すが見当たらない。
もう既に矢で射てしまったのだろうか。
それともどこかに隠れているのだろうか。
敵の動きを見れば、おそらくは前者。
統率無き烏合の衆、そう聞くと容易く瓦解しそうなものだが、
(いささか難儀であるな)
命令なくとも戦う意思がある。
大局を見ず、今目の前にいる碓井しか目に入ってはいないだろう。
(どうしたものか?)
「碓井様!!」
碓井が思案に暮れていると円陣に斬り込む影があった。
「卜部、お前がどうしてここに?」
気がそれたを機とした者をいなし、碓井は斬り捨てる。
卜部の視線の先には二人の人物がいた。
「ご助力します」
そう言って綱が卜部に続いた。
(あれはいつぞやの・・・)
後方には光が安綱を抜き、構えていた。
援軍と言うには余りにも少ないが、戦況を覆すには十分な力を思っていた。
(相も変わらず卜部は危険な戦い方をする)
つば迫りの間合いでだらりと腕を下げ、斬り合っている。
その体さばきは見事で、捉え所がない。
その昔、碓井も卜部とやり合ったなら懐に入られたら負けるのではないかと考えたこともあったが、
「その前に斬って捨てればよい事」
碓井は混乱により不遇にも間合いに入ってきた者を斬り捨てた。
卜部、碓井の両者の強さには目を見張るものがあった。
自然、弱い方へ、光へと刃が向く。
そこに綱が割って入り、三人を一度に横なぎにして斬り捨てる。
(ほう。二匹の鬼を侍らせていたと思ったが、修羅をも飼っていようとは)
「光様に少しでも触れる事。この綱が許しはしない!」
(いや、忠の鬼とでもいうべきか)
数の上ではまだまだ不利であったが、碓井は敵を見据えて言う。
「どうした逃げぬのか?逃げぬのなら追わんぞ」
そして、碓井の脅しに屈し逃げ出した一人を端に敵は引いて行った。
すっかりと敵の気配が消えて、ようやく碓井は息を吐いた。
血脂を拭いて、刀を鞘におさめた。
「卜部、何故お前がここにいる。お前は都に人が入らぬように留め置く役目だったろう」
「それが・・・」
とすまなさそうに卜部は光達に目をやる。
「碓井殿、阿部清明様は今どこに?」
「なるほど。せき止められずにここまで流されてきたか」
「申し訳ありません」
碓井は卜部を別段とがめる様子も無く、光達と向き合う。
「ここに来たと言う事は鬼を取り戻しに来たと言う訳だな」
「どういうい事です?」
「ふむ?知らずに来たのか。貴公達の連れだった鬼達は既に阿部の手に落ちた」
「まさか?!」
「それだけではない。足柄山の妖狐も既に奴の手の中だ。ちょうど今頃我等の軍と対峙しているところであろう」
光達は驚きを隠せず、綱はすぐさま光に提案する。
「光様、今すぐ玉藻殿を助けにまいりましょう」
「いや、そちらは坂田殿が何とかするであろう。それよりも今はこの隙に阿部を叩く方が上策だと考えるが」
「しかし!」
光はうつむき、目を閉じ、決断する。
「阿部清明様の所へ行こう」
「・・・分かりました、光様」
「では、我々もそれに従おう。鬼ほどではないが腕の立つ者もいる。特にこの卜部などは役に立つ。些末な用事があればこの者に遠慮なく言うがいい。ああ、それと某は全く役に立たないのであてにしないでもらいたい」
「碓井様・・・」
呆れた様な声を出す卜部。
光はくすりと笑った。
「では、参りましょう。阿部清明の元へ」
光はそう言って前へ歩を進める。
光の声に後に続く三人は静かにうなずいた。