隻腕の鬼
鬼が来ると言われている鬼門とは丑寅の方角にある。
故に鬼の姿は牛の角を持ち、虎の毛皮を身にまとう者とされているのであった。
災厄の象徴として忌み嫌われる鬼。
これはそんな鬼の住む世界の物語。
「お嬢ちゃんの一人旅なんて感心しないねぇ」
下卑た笑みを浮かべた男達が一人の少女を囲んでいた。
どの世界にもこの手の下種な男達は存在する。
しかし、少女は男達に怖じる様子はなかった。
恐らくその心根を支えていたのは腰に携えていた刀。
それに少女は手をかけようとしていた。
鳶色の瞳、長い黒髪を赤い紐で一本に後ろでくくっている。
身なりはそこそこに良く、男達にしてみればよいカモに見えたであろう。
「悪いことは言わねぇ。身ぐるみ置いてきな。そうすりゃ命までは取らねぇ。ただちょっと俺達と遊んでもらうがな」
「へえ。それじゃあ俺とも遊んでもらおうかな」
男達にかけられた突然の声。
何だとばかりに男達は声の主をにらみ付けるが、相手を見るなり顔色が見るみると変わっていくではないか。
男達に視線の先に立っていたのは二メートルほどもある大男。
手には男達の背丈ほどの金棒が握られ、その男が尋常な者でないことを物語っている。
にたりと笑う大男に恐れをなしたのか、男達はすぐさま蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「なんだよ。遊んでくれるんじゃなかったのかよ」
つまらなそうに大男はぼやいた。
「危なかったな。なに、礼はいらねぇ・・・」
少女は逃げていった男達を見送ると大男を一瞥し、その場を去ろうとした。
「って、おいおい。本当に助けてやって礼の一つもなしかよ」
「・・・助けてもらう必要など無かった。いらぬ世話だ」
「いらぬ世話って・・・可愛くねぇ」
そんな文句も気にした様子も無く立ち去ろうとする少女。
可愛くねぇが、と大男は嘆息する。
「このまま死なれても寝覚めが悪いか。おい、嬢ちゃん。この先行くのはやめときな。この先の村で鬼が暴れていると聞く。悪いことは言わねぇ。さっさと帰るんだな」
ぴたりと少女の足が止まり、大男を振りかえった。
「その話詳しくきかせてもらおうか?」
「は?何の話だ?」
「さっき言った鬼の話だ」
「聞いてどうするよ」
「無論斬る。そのために私はここまで来たのだ」
少女は刀を抜き、すごんで見せるが、大男は腹を抱えて笑いだした。
「嬢ちゃんの細腕で鬼を斬るだって?それにその歪んだ壊れた刀でか?冗談。腹いてぇ」
「安綱は壊れた刀ではない。これは反りというものだ。この刀は鬼を切るためにわざわざ作ってもらったものだ」
「安綱ってその刀の名か?」
「いかにも」
また大男は大きく笑う。
「刀に名前つけて本当にままごとだな」
笑い続ける大男に少女は鼻を鳴らす。
そして、刀を収め、また歩み出そうとした時、大男に腕を掴まれた。
その膂力は強く、引き剝がす事もまして刀を抜くなどできずにいた。
「やめときな。真面目な話、鬼の体は刃を通さねぇ。そんな刀じゃ無理だ。諦めて帰るんだ」
大男の口ぶりは先程の快活な物言いとは違い、冷めた口調であった。
「それこそこんな金棒でぶん殴るしか鬼を倒す手段はねぇんだよ。そんなのあんたにゃ無理だろ?」
「帰る所など・・・」
「ん?」
「帰る所など無い。親は鬼に殺され、私は天涯孤独の身だ。この手で仇を取るまで私に安寧の場所などこの世の何処にもない」
涙を浮かべながらも力強く見上げる瞳。
やがて根負けしたように大男から大きく息が漏れた。
「じゃあ、好きにしなよ。けど、どうなっても俺は知らねぇからな」
「元よりそのつもりだ。私の好きにする」
「・・・やっぱり可愛くねぇ」
そう言って大男は帽子の上から自身の頭を激しくかきむしるのであった。
そして、二日ばかり二人は歩き、鬼がいると言う村にたどり着いた。
「鬼は俺が倒すんだから邪魔すんなよ。嬢ちゃん」
「邪魔なのはそちらだ。仇討ちの邪魔はしないで頂こう」
「相変わらず可愛くねぇなぁ。そんなんだと助けてやらねぇぞ」
「助けていただかなくて結構。そちらこそ足手まといになるから出しゃばってこないで頂こうか」
二人は喧嘩しながら村に入る。
そして、別々に潜んでいる鬼を探すこととなった。
数刻後、少女の足が止まった。
安綱を抜き、構える先には民家。
そこには求めていた相手がいた。
真白の肌、獅子のたてがみの様な髪の中に見える大きな二本の角。
金色の瞳がギロリと光っていた。
虎の毛皮を身にまとうその姿は、まさしく鬼の姿である。
鬼を目の前にして少女は震えていた。
振るうべき腕も踏み出すべき足も動けないでいた。
出来たのはただ
「きゃあああああぁぁぁぁ!!」
叫ぶだけ。
鋭い鬼の爪が少女をめがけて襲いかかる。
「はい。あんたの相手は俺だ」
鬼の腕は金棒によってはたき落された。
続けざまに払い、飛ばされた鬼は民家を破壊し、瓦礫の中に沈んだ。
「邪魔をするな。あれは私の・・・」
少女の強がりを無視して、大男は再び金棒を構える。
瓦礫の中から一陣の風。
鬼の姿が大男の目の前にあった。
俊敏な動きで放たれる突きを金棒で次々にはたき落していく。
やがて腕の動きは鈍くなり、鬼の体にも隙を見て大男は一撃を当てていくが、決定的な一撃にはほど遠かった。
長期戦が予想されたが、打開の一手はすぐに訪れる。
「覚悟!」
そう言って、少女は鬼の背後から斬りかかった。
安綱は鬼の肩口を斬りつけ、鮮血が飛ぶ。
しかし、いかんせん少女の力である。
その刃は鬼の体を傷つけるも致命傷とはいかなかった。
そして、邪魔だとばかりに少女は吹き飛ばされた。
「きゃああぁぁぁ!!」
民家の柱に打ち付けられる寸でで、大男が少女を抱きかかえ、事なきを得る。
「すまん。大丈夫か?」
「大丈夫。これでも俺は丈夫なんでね」
とは言え、得物を少女を助けるために放って来てしまっている
そこで大男が目を付けたのは安綱。
「確かに鬼の体を斬りこめる代物らしいな。それは」
「当然だ。これは・・・」
「じゃあ、ちっと借りるぜ」
「おい!」
少女の制止を聞かず、大男は安綱を握り、再び鬼と対峙する。
大男が飛び込めば、振りかぶられる鬼の腕。
その腕は大男の頭をかすめ、帽子を飛ばすだけ。
懐に飛び込んだ大男は鬼の両の太ももの腱を斬りつけ、動きを封じる。
膝を着く鬼に容赦なく続けて一撃、左の腕を斬り飛ばした。
鬼はたまらずうめき、無くなった左の腕の付け根を押さえる。
いよいよ止めというところで少女が大男の服を引っ張る。
「なんだよ。嬢ちゃん。最後は自分の手でやりたいってか?」
「そうじゃない・・・お前の頭」
大男は少女の言わんとしていることに気がついて、ばつが悪そうに頭をかく。
そこには角があった。
「ああ、俺も鬼だよ。ついでに言うならこいつは俺の親父だ」
「お前は自分の父を殺そうとしていたのか!」
「そうだ」
少女はうめく鬼と大男を見合わせる。
「何故?」
問わずにはいられなかった。
「親父は鬼の血の呪いに負けて、理性が飛んじまってる。誰かが殺らなきゃなんないんだ。だったら息子の俺が殺るべきだろ?」
自嘲する大男に少女は立ちはだかる。
「そんなの間違っている!実の親子で殺し合いなど!」
「・・・もういい。どけ、嬢ちゃん。どかなきゃ嬢ちゃんも殺るぞ」
「どかない」
「・・・全く、可愛くねぇ」
そう言いながらも大男は安綱を構えるのを止めた。
しかし、まだ終わってはいない。
「危ねぇ!嬢ちゃん!」
襲うために伸ばされる親鬼の手。
守るために伸ばされた大男の手。
それらは組合い、
「ぐわわぁぁぁぁ!!!」
大男の腕を力任せに引きちぎった。
膝をつき、うめく大男。
同じくうめきながらも暴れようとする鬼。
両者を見つめ、少女は決意する。
「すまない・・・」
少女は地面に落ちた安綱を拾い上げ、
「だが!」
鬼の瞳に突き刺す。
体重をかけ、渾身の力で押しこむと鬼は絶命した。
そして、息も絶え絶えに片腕を引きちぎられた大男に近づく。
「大丈夫か?」
返答はすぐに帰ってこず、心配して少女は大男を覗き込んだ。
聞こえてきたのは嗚咽。
「親父ぃ・・・ああああぁぁぁ!!親父ぃぃ!!!」
大男は天に向かい、大声を上げ、泣いた。
空は青く、何事もないように雲は流れていた。
墓が作られていた。
墓前にて二人は立ち尽くす。
大男は酒を取り出し、口に含み、墓にかけ、酒を酌み交わす。
「すまない」
「気にするな。親父も理性飛んで、ああなっちまったらお終いだったんだ。きっと殺されて喜んでいる」
「そうか・・・ありがとう」
「んだよ。ちゃんと礼が言えるんじゃねぇかよ」
「礼ぐらい・・・」と言いかけて少女は言い淀んだ。
恐らくは初めて会った時の事を思い出したのであろう。
そんな様子に大男は苦笑する。
それに少しムッとして見せる少女。
「そう言えばお前の名を聞いていなかったな」
「そう言えばそうか?確かに。言ってなかったな。俺の名は大江だ。嬢ちゃんは?」
「光だ」
そう言って光は土で汚れた顔で笑って見せた。
「・・・なんだよ。笑うと結構可愛いじゃねぇかよ」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
「そうか。それで大江。もし良かったらお前も私と一緒に来ないか?」
「一緒に?」
「私の親を襲った鬼は頭に四本の角があると聞いている」
「それじゃあ・・・」
「ああ。お前の父上は私の仇では無かった。だから、まだ私の旅は続く。そこでお前の力があれば心強いのだが・・・」
呆気にとられていた大江であったが、やがてにたりと笑う。
「どうしてもと言うなら」
「ああ、どうしてもだ」
そう言って二人は声を上げ、笑いあった。