ひとりぼっちのパドドゥ
ショーウィンドウを眺めるのが癖だ。
欲しいものがあるわけではない。
鏡代わりのわけでもない。
僕が見ているのは、君が見ていたかもしれないもの。
君が見たら、欲しいと言ったかもしれないもの。
君が見たら、屈んだ僕の寝癖に腕を伸ばすかもしれないもの。
僕が虹彩に写しているのは、そういう類のパラレライン。
あの日、僕はショーウィンドウの内側に地続きの過去を見た。
熱に浮かされるようにドアベルを鳴らし、気がついたら借金男になっていた。
"Refill. Are you ready?”
その夜のパ・ド・ドゥはまるで夢だった。うっかり転んだ脚がぶるぶる痙攣していた。窓の外は朝の風景に切り替わっている。
アティテュードの脚はパールにきらめく。
スワンの羽毛のように、軽やかに翻る指先。
ピジョン・ブラッドの唇が啄むように小さく開く。
“Hold on tight...”
語る瞳はルベライト。
囁きは潮騒。
Product Name: Rubellite Girl
Flavor: sweet and light
Polishing form: small
Emotion Content: 37%
Raw Ingredients:Pearl and Rubellite
Voice tone: Ripple
Category: Pas de deux
Serving Suggestion:
Room Temperature in the float night
無くて七癖有って四十八癖。
僕の癖は、48の集合に含まれる。
ショーウィンドウを眺める。
歩道の溝を辿って歩く。
電光掲示板のゾロ目を探す。
カップの持ち手を30度の角度に揃える。
花瓶の花は3本。
出入りの際は鍵をかける。
確かに鍵をかけた。
劇団の稽古と日雇い仕事をこなし、帰り道に赤い花を3本買った。
アルミの階段を4階まで駆け上がり、鍵がかかった扉を開いた。
そう。鍵はかかっていた。
見たのは消失。
僕のルベライト・ガールは、忽然と、跡形もなく消えていた。
鍵はかかっていた。窓は閉まっている。部屋の中は、1点を除き全てが出かける前のまま。カップの向きも家具の配置も、花瓶の落とす影の形も。
盗まれたのか。プロに。
花が床に落ち、赤い花弁が血痕みたいに散らばった。
僕は部屋を飛び出した。鍵をかけ忘れたことに、ステーションのホームを走っている時気づいた。
トローリーの吊り革を握りしめる。ガラス窓に、口を歪めた僕の顔が映っている。
鍵をかけていなくなるって、君の時とそっくりだ。
「そうしたら、前よりも高く跳べるわ」
「彫刻のようなアラベスク。無重力のアティテュード。女神のようなアロンジェ」
「零コンマでコントロールする、スワンのパドドゥ」
膝掛けの上の手は蒼白で、血管が青く浮き出ている。
「だから、私はそれでいい。もう一度、跳ぶための脚が欲しいの」
どうして僕は、彼女の手を離してしまったんだろう。いい奴ぶって見捨てたんだろう。彼女との未来を。
私を離さないで、と。
パドドゥの前にあんなに何度も聞いたのに。
Pi.
—Here is the news.
—昨日23:21。ムーンバレー第1層イーストで強盗事件が発生しました。
—犯人は第3層無職の男。邸宅警備員の正当防衛により死亡しました。
—第3層から上層階への公共交通機関の運行を遮断するよう求める声が高まっています。
—次のニュースです。
—3日後にムーンタワー67階で開演するバレエ公演「スワン・レイク」プリマドンナが練習風景を披露しました。
—難病を乗り越え、最新のProsthesisで再び舞台に立つ彼女。その隣には、踊る宝石"ジュエレッタ"が。
—こちらのパドドゥ。男性役が存在しません。
—オデットとオディールが、鏡写しのようにソロ・パドドゥを踊るシーンがこの公演の目玉である。
—スポンサーであり、夫でもあるムーンライト氏はそのように話しています。
—宝石少女"ジュエレッタ'は、愛する妻への心を込めた贈り物かもしれませんね。
Beep.
“Welcome to Full-Moon Deri. Oh Leni.”
“Hi. My order hasn't been delivered yet.
“Sorry, I forgot to find a substitute.”
“Is that Cota?”
“Cota dead.”
“Why?”
“Did you watch a news?”
彼は、店の片隅に置かれたアナログモニタを顎で示す。
なるほど。
「コータはジュエレッタを所有していたの?」
「借金こさえて買ったらしい。寝る間もなく働いていたが、笑顔が増えた」
「盗まれたのね」
「だろうな」
店主はウォーターのカートンをカウンターに置いた。
「わざわざ来てもらって悪かったね。無重力デバイスはいくついる?1つ300ルカ」
「必要ないわ。ありがとう」
「毎度どうも」
「コータの家、あれから誰か行った?」
「まだだ」
「誰もいないなら、私がやろうか?」
「助かるよ。アドレスはこれだ。報酬は用意しておく」
「オーケー」
自動ドアの電子音。レニはウォッチに行き先を簡易表示し歩き出した。
「ただいま、モリー」
モリーはニコリと微笑んだ。昼間灯の光の中で、銅製の肌がオレンジ・リキュールのように輝いている。
私はカートンと花束をワークトップに置く。何かないかとパントリー周りの棚を次々開ける。
tinのバケツがあった。不恰好で大きすぎるが、まあこれでいいか。
コータの部屋は、清掃も後処理も必要なかった。同席した次の住民が、家具も生活用品も据え置きでいいと言ったからだ。食料も。
花はあっても仕方がないから、それだけ持っていってくれ、と彼女は言い、私はそれを持ち帰った。
バケツに無味無臭のウォーターを2本。花の要求はなかなかに贅沢。無味無臭が1番高いんだから。
赤い花を3本。花弁が減ってところどころ傷んでいるが、香りはとても美味しい。
「モリー。花だよ」
花を窓辺に置いてみた。うん。いいんじゃない?オンナノコの部屋って感じ。よく知らないけど。
踊るジュエレッタ。
踊るプリマドンナ。
両者の脚は、美しい宝石に彩られた超弾性合金。
その脚はサポートを必要としない。
ひとりぼっちで、鏡写しにパドドゥを踊る人間とオブジェ。
それって、ダンサーとして何が違うかな?
コータ。
彼は求めた。
彼は求められなかった。
コータはもういない。
消失。
今日にでも、プラントでgenetic manipulationされ缶詰になる。
"Mory, Refill."
“Any requests, Leni?”
Wind on 3rd layer.
The red flowers sway.
It’s like on the earth.
“Waltz of the Flowers"
Mory stands.
Hands are opened.
"Sure. You are Clara only now."
コータ
登場回 03_ひとりぼっちのパパドゥ
年齢 21歳
誕生日 9月22日
身長 181cm
体重 66kg
足のサイズ 28cm
髪色 アッシュブルー
瞳 グレイ
好物 クレソンサラダ
サカナ
苦手 パック肉




