第3章 A国からの亡命者
量子の揺らぎよりも危険な“揺らぎ”が、新一の腕時計に届く。
「私と家族は、明日この国を出る」――それは、決死の亡命合図だった。
Part1:量子ラボの午後 ― 静寂の中の異変
国家量子研究機構・地下第3実験棟。
厚い防音壁に囲まれた量子ラボは、昼下がりでも薄暗く、
青白い冷却光が量子チップを照らしていた。
新一は、いつものようにSAIの試験とデータ取りに没頭していた。
「ユミ、希釈冷凍機の温度はどうだ?
ミリケルビン単位で安定しているか?」
背後の端末から返事が返る。
「3次元共振器内部は15mKで固定。
だが……第4ブロックのコヒーレンス時間が予想より短いです。
デコヒーレンスが始まっています。」
新一は舌打ちした。
新一:「外部磁場の遮断が甘いか……。
エコー・パルスを打って T2(横緩和時間) を補正しろ。
量子状態が崩れる前に、誤り訂正符号を走らせるんだ!」
ユミ:「了解。アダマール・ゲート通過。
重ね合わせ状態の生成を確認。」
新一:「よし。そのままCNOTゲートを起動。
ユミ:第12ユニットと第13ユニットの 量子もつれ(エンタングルメント) を開始します。」
その時、ユミが右目のサイバネティックアイを光らせながら叫んだ。
「待って、兄さん!
ベル測定の結果、フィデリティが0.85まで落ちてる。
このままだとロジックが分岐しちゃう!」
新一:「ゲート操作時間が長すぎるんだ。
量子アニーリングのパラメータを再調整しろ。
確率分布の収束を急ぐんだ!」
ユミは素早く端末を操作し、
青いHUDが高速で数式を描き換えていく。
ユミ:「全ビット、確率振幅が一点に集中し始めました……!
グローバーのアルゴリズムが最適解を抽出しています!」
新一:「最後に観測だ。波束を収束させろ……
よし、計算結果が確定した。
量子超越性を完全に証明したぞ。」
ラボに静寂が戻った。
新一は椅子に座り、コーヒーを口に運ぼうとした――
その瞬間、腕時計がオレンジ色に光った。
新一:「誰だ……?」
画面に表示された名前を見て、新一の表情が変わった。
新一:「Ryu、、、。」
A国の量子AI技術者であり、
国際学会で何度も議論を交わした“友人”だった。
「大丈夫か、Ryu?」
新一はコーヒーを置き、腕時計に口を寄せた。
返ってきた声は、
いつもの落ち着いた技術者の声ではなかった。
「新一……すまない。助けて欲しい。」
その声には、
申し訳なさと、深い覚悟が混ざっていた。
Part2:Ryuの告白 ― A国の闇
ラボの空気は、量子チップの冷却音だけが支配していた。
だが、新一の腕時計から聞こえるRyuの声は、その静寂を切り裂いた。
「新一……すまない。助けて欲しい。」
その声は、
国際学会で何度も議論を交わした、あの穏やかな技術者の声ではなかった。
もっと深い。
もっと切実で、そして――追い詰められた人間の声だった。
新一は息を飲んだ。
「どうしたんだ、Ryu。何があった?」
Ryuは一瞬だけ沈黙した。
その沈黙が、すでに“ただ事ではない”ことを物語っていた。
そして――
彼は静かに語り始めた。
■ A国の現実
「……A国は、もう終わっている。」
Ryuの声は震えていなかった。
だが、その奥にある怒りと絶望は隠しきれなかった。
「特権階級は、自分たちの利益のために国民を切り捨て続けている。
公害で街が死んでいっても、臓器売買が横行しても、
“必要な犠牲だ”の一言で終わりだ。」
新一は拳を握った。
Ryuは続けた。
「私は、許せなかった。
だから、改善要望書を何度も提出した。
公害対策、臓器売買の取り締まり、AI監視の透明化……
だが、返ってきたのは“反抗市民”のレッテルだった。」
その言葉に、新一の胸が痛んだ。
「Ryu……」
「そして――ついに、私の家族にも“選別”の手が伸びた。」
Ryuの声が低くなる。
「C級市民として登録され、移送リストに入れられた。」
新一は息を呑んだ。
A国でC級市民に落とされるということは、
“死刑宣告”と同義だった。
■ Ryuの決断
「私は……家族を守るために、A国のマザーマシンをハッキングした。」
新一は驚きで目を見開いた。
「マザーマシンを……?」
「そうだ。
市民ID、顔写真、家族構成、移送リスト……
すべてを書き換えた。
私たちの存在そのものを“別人”にした。」
Ryuは淡々と言ったが、
その裏にある危険性は計り知れなかった。
A国のマザーマシンは、
国家の全システムを統括する“神”のような存在だ。
そこに侵入するということは――
捕まれば即死刑。
「明日、家族と一緒に日本へ向かう。
高速ドローン便を使う。
監視AIの目をかいくぐるには、それしかない。」
新一は深く息を吸った。
(……Ryuは本気だ)
そして、迷わず言った。
「分かった。俺が迎えに行く。
何時に着く?」
Ryuは小さく息を吐いた。
「……ありがとう。
君なら、そう言ってくれると思っていた。」
その声には、
覚悟と恐怖と、そして家族を守ろうとする強い意志が混ざっていた。
■ ユミの登場
通信が切れた直後、
研究室の扉が静かに開いた。
ユミが立っていた。
右目のサイバネティックアイが、
淡い青色に光っている。
「……聞こえてたよ、兄さん。」
新一は振り返った。
「ユミ……」
「行くんでしょ? Ryuさんを助けに。」
新一は頷いた。
ユミは迷いなく言った。
「私も行く。
A国の監視AIが相手なら、私のハッキングが必要になる。」
その瞳には、恐れよりも強い意志が宿っていた。
新一は妹の肩に手を置いた。
「……頼りにしてるよ、ユミ。」
ユミは小さく微笑んだ。
「うん。兄さんと一緒なら、怖くない。」
その言葉に、新一の胸が熱くなった。
■ そして、運命の前夜へ
新一は深く息を吸い、
決意を固めた。
(明日、Ryuを迎えに行く)
その瞬間、
量子ラボの冷却装置の低い唸りが、
まるで“嵐の前触れ”のように聞こえた。
Part3:A国の夜 ― Ryu家族の脱出準備
A国第七居住区。
夜の空は黒い雲に覆われ、灰色の雨が静かに降り続いていた。
雨粒が地面に落ちるたび、
じゅっ……と音を立てて蒸発する。
毒性の高い“黒い雨”。
A国では、もはや日常の風景だった。
Ryuは、壊れかけたアパートの一室で、
窓に板を打ち付けながら、深く息を吐いた。
「……今日が最後か」
部屋の中には、最低限の荷物だけが置かれていた。
家具はほとんど処分した。
残したものは、もう二度と戻らない覚悟の証だった。
妻のリーシャが、13歳の娘を抱き寄せながら言った。
「Ryu……本当に、行けるの?」
Ryuは頷いた。
「行くしかない。
ここに残れば……俺たちは“処分”される。」
リーシャは唇を噛んだ。
「あなたが……あの改善要望書を出した時から、
こうなる予感はしていたわ。」
Ryuは苦笑した。
「俺もだ。
だが……あのまま黙っていたら、
俺は“技術者”として死んでいた。」
リーシャは夫の手を握った。
「あなたは……正しいことをしたわ。」
Ryuはその手を握り返し、
家族を見つめた。
(……この家族だけは、絶対に守る)
■ A国の“選別”
Ryuは、今日の昼に受け取った通知を思い出した。
《C級市民 14-882。
移送スケジュールを更新しました。
明日 06:00 に搬送されます》
それは、死刑宣告と同じ意味だった。
A国では、市民はA〜Cのランクに分類される。
A級:特権階級
B級:労働階級
C級:反抗市民(処分対象)
Ryuは、改善要望書を提出し続けた結果、
“反抗市民”としてC級に落とされた。
家族も連帯責任でC級へ。
(……俺が動かなければ、家族は明日には消されていた)
怒りと恐怖が胸を締め付けた。
■ マザーマシンへの侵入
Ryuは机の上の端末を開いた。
そこには、A国のマザーマシンの内部ログが映っていた。
「……これで、家族のIDは“別人”になった。」
市民ID、顔写真、指紋、虹彩データ、
家族構成、居住区、移送リスト――
すべてを書き換えた。
本来なら、国家反逆罪で即死刑。
だが、Ryuにはそれをやるだけの知識と技術があった。
(……新一。
君がいなければ、俺はここまで来られなかった)
国際学会で議論した日々。
量子AIの未来を語り合った夜。
家族ぐるみで交流した時間。
Ryuは、新一を“友人”と呼べる数少ない相手だと思っていた。
だからこそ――
最後に頼れるのは、新一しかいなかった。
■ 監視AIの影
突然、部屋の外で金属音が響いた。
ガンッ……ガンッ……
リーシャが息を呑む。
「……監視ドローン?」
Ryuは窓の隙間から外を覗いた。
黒い球体の監視ドローンが、
低空をゆっくりと旋回していた。
赤いセンサーが、
まるで“獲物”を探すように光っている。
(……まずい)
Ryuは家族に小声で言った。
「荷物をまとめろ。
予定を早める。」
リーシャは頷き、娘を抱き寄せた。
■ A国の夜道
深夜2時。
Ryuは家族を連れてアパートを出た。
黒い雨が降り続ける中、
フードを深くかぶり、
人影の少ない裏道を進む。
街灯はほとんど壊れており、
薄暗い路地にはゴミと汚水が溜まっていた。
遠くで、誰かの叫び声が聞こえた。
《不適合。B級市民の通行権はありません》
赤い光が老人を照らし、
警備ロボットが無表情に腕を掴む。
老人は叫んだ。
「薬を取りに行くだけなんだ!
頼む、通してくれ!」
だがロボットは答えない。
老人は引きずられ、暗い路地へ消えていった。
リーシャが震えた声で言った。
「Ryu……怖い……」
「大丈夫だ。
俺がいる。」
Ryuは家族を抱き寄せ、歩き続けた。
■ 高速ドローン発着場へ
A国の郊外にある、
老朽化した高速ドローン発着場。
ここから、
“国際貨物便”として偽装したドローンに乗り込む。
Ryuは端末を取り出し、
偽造したIDを読み込ませた。
《認証完了。
貨物便 07-α、出発準備中》
(……通った)
胸の奥で、緊張が少しだけ緩んだ。
だが――
その瞬間。
背後で、冷たい合成音声が響いた。
《C級市民 14-882。
不審な行動を検知。
停止してください》
Ryuの心臓が跳ねた。
(……見つかった!?)
振り返ると、
黒い監視ドローンが三機、
赤い光を点滅させながら近づいてきていた。
リーシャが叫ぶ。
「Ryu!!」
Ryuは家族を背に庇い、
端末を操作した。
「……頼む、動け……!」
マザーマシンに仕込んだ“裏口”を使い、
監視AIの認識を一時的に書き換える。
《対象……認識不能……
再スキャン……》
ドローンが一瞬だけ停止した。
(今だ!!)
Ryuは家族の手を掴み、
発着場のゲートへ走った。
■ ドローンへの搭乗
貨物ドローンのハッチが開く。
内部は狭く、金属の匂いがした。
Ryuは家族を中に押し込み、
自分も飛び乗った。
ハッチが閉まる。
《貨物便 07-α、離陸します》
ドローンが浮上し、
黒い雨の中を上昇していく。
リーシャが震える声で言った。
「Ryu……本当に日本に行けるの?」
Ryuは妻の手を握った。
「行ける。
新一が……迎えに来てくれる。」
その言葉には、
揺るぎない信頼が込められていた。
■ A国脱出
ドローンは雲を抜け、
夜空へ飛び出した。
下には、
黒い雨に沈むA国の街が広がっている。
Ryuは窓の外を見つめながら呟いた。
「……さよならだ。
俺の国。」
その瞳には、
悲しみと怒りと、
そして新しい未来への希望が宿っていた。
■ 日本へ向かう空の上で
ドローンの中は静かだった。
娘は疲れて眠り、
リーシャはその隣で目を閉じている。
Ryuは端末を取り出し、
新一との通信ログを見つめた。
(……新一。
君がいなければ、俺たちはもう死んでいた)
そして、
胸の奥で静かに誓った。
(必ず……日本でやり直す。
家族と共に)
ドローンは、
東の空へ向かって飛び続けた。
Part4:日本 ― 新一とユミの迎撃準備
Ryuとの通信が途切れた後、
量子ラボには再び冷却装置の低い唸りだけが響いていた。
だが、新一の胸の奥では、
別の音が鳴り続けていた。
――鼓動だ。
強く、速く、止まらない。
(……Ryuが亡命する。
家族を連れて、命がけで)
その事実が、
新一の心を揺さぶっていた。
ユミが静かに言った。
「兄さん……行く準備、しよ?」
新一は深く頷いた。
「そうだな。
時間がない。A国の監視AIが動き出す前に、迎えに行かないと」
ユミは端末を開き、
右目のサイバネティックアイを光らせた。
「A国の監視網……
兄さん、予想以上に厄介だよ」
日本の中にはA国のスパイ達が長年構築した監視網が張り巡らされていた。
「分かってる。
でも、Ryuは俺たちの仲間だ。
絶対に助ける」
新一の声は静かだったが、
その奥には強い決意が宿っていた。
■ 量子ラボの作戦会議
新一とユミは、
ラボの奥にある小さな会議スペースへ移動した。
ホログラムが展開され、
A国から日本への航路、
監視AIの配置、
高速ドローンの飛行ルートが表示される。
ユミが指を走らせる。
「兄さん、ここ。
A国の監視AI〈EYE-CORE〉の監視範囲」
ホログラムに赤い網目が広がった。
「EYE-COREは、A国のマザーマシンと直結してる。
市民ID、顔認証、行動パターン……
全部リアルタイムで監視してる」
新一は腕を組んだ。
「RyuはIDを書き換えた。
でも……完全に逃げ切れる保証はない」
ユミは頷いた。
「うん。
だから、私が“外側”からEYE-COREの監視を撹乱する」
「できるのか?」
ユミは自信ありげに微笑んだ。
「兄さん、私を誰だと思ってるの?
サイバネティックインターフェースの本領、見せてあげる」
新一は思わず笑った。
「頼もしいな、ユミ」
■ A国の監視AIの仕組み
ユミはホログラムを切り替えた。
「EYE-COREは、量子暗号通信で全監視ドローンと繋がってる。
だから、普通のハッキングじゃ突破できない」
新一:「じゃあ、どうする?」
ユミ:「量子揺らぎを利用する。
EYE-COREの観測アルゴリズムに“ノイズ”を混ぜるんだよ。」
新一は目を見開いた。
「……量子観測のノイズを?
そんなことが……」
「できるよ。
兄さんが作ったSAIの“副産物”を使えばね」
新一は息を呑んだ。
(……SAIの副産物。
量子揺らぎの制御技術)
ユミは続けた。
「兄さん、SAIの量子揺らぎ制御は、
A国の監視AIよりも精度が高い。
だから、EYE-COREの観測を“誤認”させることができる」
新一:「つまり……
Ryuのドローンを“見えなくする”ってことか」
「そう。
完全じゃないけど、
EYE-COREの反応速度を遅らせることはできる」
新一は深く頷いた。
「……やるしかないな」
■ 迎撃地点の選定
ホログラムに日本地図が表示される。
「Ryuのドローンは、
明日の朝、日本海側から入ってくる」
ユミが指でルートをなぞる。
「ここ。
新潟県の沿岸部。
監視が比較的薄い」
新一は地図を見つめながら言った。
「でも、A国の追跡ドローンが来る可能性もある」
「うん。
だから、兄さんは“現地での迎撃”に集中して」
「ユミは?」
「私はここでEYE-COREを撹乱する。
兄さんが現地に着くまで、
A国の監視AIを引きつけておく」
新一は妹を見つめた。
「……危険だぞ」
ユミは微笑んだ。
「兄さんだって危険でしょ?
だったら、お互い様だよ」
その言葉に、新一は胸が熱くなった。
(ユミ……
お前は本当に強くなったな)
■ 準備開始
新一はロッカーを開き、
特殊装備を取り出した。
量子通信端末
電磁波遮断コート
ポータブル量子干渉装置
SAIのサブユニット
ユミも自分の装備を整える。
サイバネティックインターフェース
ハッキング用神経接続ケーブル
量子ノイズ生成器
ユミが言った。
「兄さん、
Ryuさんの家族……小さい子どももいるんだよね」
「ああ。娘がいる。」
ユミは拳を握った。
「絶対に助けよう。
絶対に」
新一は頷いた。
「もちろんだ」
■ 夜の研究機構
準備を終えた二人は、
研究機構の屋上へ向かった。
夜風が吹き抜け、
東京湾の光が遠くに揺れている。
ユミが空を見上げた。
「兄さん……
Ryuさん、今頃どうしてるかな」
新一:「A国を出たはずだ。今は……空の上だろう」
ユミは静かに目を閉じた。
「心細いだろうな……。 無事でいて……Ryuさん」
新一は妹の肩に手をあてた。
「大丈夫だ。俺たちが助ける」
その言葉は、
自分自身への誓いでもあった。
■ そして、運命の朝へ
新一は深く息を吸い、
夜空を見上げた。
(Ryu……必ず迎えに行く)
ユミも隣で呟いた。
「兄さん……
明日、絶対に成功させようね」
「ああ。絶対に……」
二人の影が、
夜の光に静かに揺れていた。
その夜、
新一は眠れなかった。
胸の奥で、
何かが静かに燃え続けていた。
Part5:迎撃 ― 日本海の夜明け
夜が明ける前の空は、
まだ深い藍色を残していた。
新潟県・海沿いの工業地帯。
人気のない埠頭に、冷たい潮風が吹きつける。
新一は、
電磁波遮断コートを羽織り、
ポータブル量子干渉装置を肩に担いで立っていた。
海の向こう――
その先には、A国がある。
(Ryu……今どこを飛んでいる?)
胸の奥がざわつく。
だが、迷いはなかった。
ユミの声が、
イヤーピースから聞こえてきた。
「兄さん、聞こえる?」
「聞こえる。そっちはどうだ?」
「EYE-COREの監視網に“揺らぎ”を入れた。
A国の追跡ドローンの反応速度が、
通常の30%まで落ちてる」
「……すごいな、ユミ」
「ふふん。
兄さんの量子揺らぎ制御が優秀だからだよ」
ユミの声は明るかったが、
その裏にある緊張を新一は感じ取っていた。
(ユミ……無理してないか?)
だが、今は信じるしかない。
■ 日本海の空に現れた影
夜明けの光が、
水平線を薄く照らし始めた頃。
新一の端末が反応した。
《高速ドローン 07-α、接近中》
新一は海を見つめた。
遠く――
空の一点に、小さな光が見えた。
(来た……!)
光は次第に大きくなり、
やがてドローンの形がはっきりと見えた。
金属製の小型貨物ドローン。
A国の軍用規格を改造したものだ。
その機体は、
黒い雨の痕跡を残しながら、
低空で海面すれすれを飛んでくる。
新一は息を呑んだ。
(Ryu……!)
■ 追跡ドローンの影
その時だった。
ユミの声が、
急に緊迫したものに変わった。
「兄さん!
後方から高速反応――
A国の追跡ドローンが来てる!!」
新一の心臓が跳ねた。
「何機だ!?」
「三機……いや、四機!
EYE-COREが“異常行動”を検知したんだと思う!」
新一は空を見上げた。
遠くの雲の向こうから、
黒い影が高速で迫ってくる。
赤いセンサーが光り、
金属の羽音が空気を震わせる。
(間に合わなかったか……!)
だが――
諦めるわけにはいかない。
■ 量子干渉装置、起動
新一は肩に担いだ装置を地面に置き、
起動スイッチを押した。
「量子干渉装置、起動……!」
装置が低い唸りを上げ、
青白い光が周囲に広がる。
ユミが叫ぶ。
「兄さん、干渉波を最大にして!
追跡ドローンの量子通信を乱せる!」
「分かった!」
新一は装置の出力を上げた。
青白い光が強まり、
空気が震える。
追跡ドローンの動きが、
一瞬だけ鈍った。
(……効いてる!)
だが――
ドローンは止まらない。
赤いセンサーが新一を捉え、
機体が急加速する。
「兄さん、危ない!!」
ユミの叫びが響いた。
■ Ryuのドローン、着陸
その瞬間。
Ryuのドローンが、
新一の目の前に急降下してきた。
《緊急着陸モード》
金属音を響かせながら、
ドローンが地面に着地する。
ハッチが開き、
Ryuが飛び出してきた。
「新一!!」
「Ryu!!」
Ryuは妻と子どもたちを抱えていた。
リーシャは震え、
娘は泣いていた。
「急げ!
追跡ドローンが来てる!」
「分かってる!」
新一はRyuの家族を後ろに庇い、
干渉装置の出力をさらに上げた。
■ 追跡ドローンとの対峙
黒い追跡ドローンが、
ついに埠頭の上空に到達した。
赤いセンサーが新一たちを照らす。
《不審行動を検知。
対象を拘束します》
金属の腕が展開され、
ドローンが急降下してくる。
リーシャが叫んだ。
「Ryu!!」
Ryuは家族を抱き寄せ、
新一は干渉装置を構えた。
「ユミ!!
今だ、EYE-COREを撹乱しろ!!」
「分かった!!」
ユミの声が、
イヤーピース越しに響く。
「量子ノイズ、最大出力!!」
その瞬間――
空が揺れた。
青白い光が広がり、
追跡ドローンの動きが一斉に止まった。
《通信エラー……
再接続……》
「今だ!!」
新一はRyuの家族を連れて走り出した。
■ 逃走
埠頭の裏手に停めてあった空陸両用のドローンカーへ向かって走る。
追跡ドローンは、
まだ動きを取り戻していない。
だが――
時間の問題だ。
Ryuが息を切らしながら言った。
「新一……すまない……
本当に……すまない……!」
「謝るな!
今は逃げることだけ考えろ!!」
新一の空陸両用のドローンカーに乗り込み、
モーターを起動する。
ユミの声が聞こえる。
「兄さん!
追跡ドローンが再起動し始めてる!!
早く!!」
「分かってる!!」
ドローンカーが急発進し、
埠頭を離れていく。
背後で、
追跡ドローンの赤い光が再び点灯した。
■ 追跡
ドローンカーは海沿いの道路を走り抜ける。
追跡ドローンが空から迫ってくる。
「兄さん、右に曲がって!!
そこ、監視網が薄い!!」
ユミの声が道案内をする。
新一はハンドルを切り、
細い裏道へ入った。
Ryuが後部座席で娘を抱きしめながら言った。
「新一……
君がいなければ、俺たちは……」
「まだ言うな!
まだ終わってない!!」
追跡ドローンが、新一達の真上に迫る。
赤い光が車内を照らす。
(……くそっ!!)
新一はアクセルを踏み込んだ。
■ ユミの“最後の一手”
その時。
ユミの声が、
いつになく強い響きを持って届いた。
「兄さん……最後の一手、使うよ」
「ユミ!?何をする気だ!!」
「EYE-COREの“根幹”にノイズを入れる。
ほんの数秒だけど……
追跡ドローンを完全停止させられる」
「危険すぎる!!お前の神経インターフェースが――」
「大丈夫。兄さんを……Ryuさんを……助けたいだけだから」
新一は息を呑んだ。
(ユミ……)
次の瞬間。
イヤーピースから、ユミの叫びが響いた。
「量子ノイズ――最大出力!!」
■ 停止
空が、一瞬だけ白く光った。
追跡ドローンが、空中で完全に停止した。
《システムエラー……再起動不能……》
新一は叫んだ。
「今だ!!」
新一達は一気に距離を取り、追跡ドローンの監視範囲から抜け出した。
■ そして、夜明け
東の空が、ゆっくりと明るくなっていく。
新一は車を止め、深く息を吐いた。
「……助かった……」
Ryuは涙を流しながら言った。
「新一……本当に……ありがとう……」
リーシャも泣きながら頭を下げた。
「あなたたちがいなければ……私たちは……」
新一は首を振った。
「礼はいい。これからが大変なんだ。日本での生活も、
A国の追跡も……まだ終わってない」
Ryuは頷いた。
「分かっている。
だが……生きて日本に来られただけで十分だ」
新一は空を見上げた。
(ユミ……大丈夫か?)
イヤーピースから、小さな声が聞こえた。
「兄さん……成功したね……」
「ユミ!!
大丈夫か!?」
「うん……ちょっと疲れただけ……でも……よかった……
Ryuさんたち……助かって……」
新一は胸が熱くなった。
「ありがとう、ユミ。お前のおかげだ」
ユミは少し照れたように笑った。
「兄さんのためだもん……当然だよ……」
■ 未来へ
朝日が昇り、海が金色に輝き始めた。
Ryuはその光を見つめながら言った。
「……新しい人生が始まるんだな」
新一は頷いた。
「そうだ。ここからだ」
Ryuは深く頭を下げた。
「新一……君は俺の命の恩人だ。家族の恩人だ。一生、忘れない」
新一は微笑んだ。
「仲間だろ?それで十分だ」
Ryuは涙を拭い、家族を抱き寄せた。
新一は空を見上げた。
(……これで終わりじゃない。A国の監視AI、EYE-CORE……
そして、SAIを狙う影)
胸の奥で、静かに火が灯った。
(俺は……戦う。
Ryuのために。ユミのために。この国の未来のために)
朝日が、新一の横顔を照らした。
その光は、新しい戦いの始まりを告げていた。
「俺が迎えに行く」
一人の仲間として、新一とユミは未知なる境界線へと踏み出す決意を固める。




