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第二章④ マクシミリアン隊

 その五日後、ブレスト司令部の参謀部から突如として出動命令が下った。

 内容はこうだ。

 マクシミリアン・ブーケ隊によるフランソワ討伐作戦から三日後、ブレストに帰還したその夜に警備隊の哨戒船が壊滅。

 海岸近くで凄惨な現場と残骸が発見されたのは、それから更に二日後のことだった。

 一方、マクシミリアン隊が帰還した翌日にはサン・マロ沖で航海直前だった貿易商の小型ガレオン船が奪取される事件も起きていた。

 被害者の証言によれば、数人の男たちが漂流しているのを発見し、親切心から引き上げたところ隠し持っていた武器で脅され船を奪われたのだという。

 参謀部は急遽、調査のための調査隊を派遣したとのこと。


「時期から推測するに、彼らはフランソワの残党である可能性が高いとブレストの参謀部が仰っていました。まあ、不思議ではありませんね。残された者たちは、陸に帰るか、海に居座るかの二択ですから」

 そう言いながらマクシムは晴れやかな顔で甲板に現れた。

 傍らには副官リラが控え、二人とも既に戦闘服を身にまとっていた。

 珍しく快晴のブレストの空はどこか不穏な青さを湛えていた。

 出港して間もなく、小型ガレオン船はサン・マロへと針路を取った。

 今回マクシムたちに与えられたのは、東インド会社の造船技術を取り入れた小型ガレオン。軽量かつ高速で、少人数でも運用可能という特徴を持つ。

「隊長、参謀部から追加の情報です」

 副官としての抑揚を抑えた声でリラが報告書を差し出す。

「今朝になって、例の貿易商が使っていた船と同型のものが近海で確認されたとのことです。情報源は別の貿易船団から」

「……調査に赴いた警備隊は、何をしているんです?」

 マクシムは眉を寄せ、即座に返した。

「そういうのは本来、彼らの仕事でしょう。それに参謀部自ら連絡を寄越すとは……今回の事案、僕たちではなく警備隊に任せればいいじゃないですか」

「海賊の可能性がある以上、第七艦艇部隊に依頼するのが妥当との判断です」

 リラは感情を挟まず続ける。

「報告では、相手はたったの五名。そこも踏まえて、我々のような少数部隊に任せても問題ないと」

「……それはそうだけど」

 マクシムは海の向こうを見やった。

「随分と、舐められたもんだなぁ」

 出港前、港に並ぶ堂々たる正規艦隊のガレオン船が脳裏に浮かぶ。

 重装甲、大人数対応――別部隊のものだ。

 対して、マクシミリアン・ブーケ隊に与えられているのは小型ガレオン。

 厄介者と変人の寄せ集めには、これで十分だと本部は判断した。

「……ほんとはさ」

 ぽつりと、マクシムが零す。

「もう少し人数を増やして、立派な船に乗りたいなあ」

「隊長」

 リラは即座に言った。

「自分の部隊を持てるだけ、十分に光栄なことです」

「まあね……ああ、そうだ。ダヴィットはどこへ?」

「お呼びでしょうか、隊長」

 駆け足で現れたダヴィットは、護身用の銃に弾を詰めている最中だった。

「……反応早すぎない?」

 マクシムが思わず口を挟む。

「さっきから、ずっとこっちの様子を伺ってたろ。犬か君は」

 一瞬、場の空気が止まった。

「おいおい」

 ダヴィットは肩をすくめ、苦笑まじりに言った。

「俺は副隊長だぞ? 戦闘時にお前の側に控えるのが、俺の役目だ」

 そう言ってマクシムを見る。

「犬になろうが、影になろうが構わん。――生きて帰らせるためならな」

 その言葉にマクシムは一瞬だけ言葉を失った。

「……悪い」

 短く、低く、それだけを返す。

「それは私がやっておくから」

 リラが自然に割って入り、ダヴィットの手から銃を取る。

「あなたは隊長と話して」

 階段を下りていくリラの背を見送りながら、マクシムは声の調子を落とさずに言った。

「あなたもすでに聞いてると思いますが、相手は五人しかいないそうです。で、あなたはどう思います?率直に」

 ——試験問題か何か? と思いつつも、ダヴィットは頭を切り替え言葉を選んだ。

「……貿易商の証言が正確なら、二十数人いた船団を武力だけで圧倒したとは考えにくいです。おそらく人質を取っていたか、あるいはその中の一人が飛び抜けた戦闘力を持っていたのではないかと」

「そうですよね。君と僕の見解はだいたい一緒ですね。ですが、そもそも僕が引っかかるのはそこじゃないです」

「……と、言いますと?」

「なぜ彼らは『たった五人』なのか?。仮に彼らがフランソワの残党だったとして——」

 マクシムはいつになく真面目な口調で続けた。

「かつてフランソワの指揮下には四隻と、ざっと五百人の船員がいたとされてます。もちろん全部が生き残ってるわけじゃないにせよ、それでも数十人単位での行動は可能だったはずなんです」

「……確かに。しかも彼らは精鋭でしょう。並の海兵じゃ太刀打ちできない」

「ですよね? それなのに今回、現れたのはたった五人。協力を呼びかけて、仲間を集めることだってできたはずなのに、あえてそれをしなかった。つまり」

 マクシムはやや声を高め、甲板を歩きながら続けた。

「最初から、僕たちと戦うために動いている。彼らは僕たちの部隊構成、つまり最小構成の部隊ってことをすでに知っていたんです」

 静まり返る甲板。いつの間にか周囲の隊員たちが耳を傾けていた。

「……隊長、声が大きすぎます。少し抑えていただけますか」

 ダヴィットは声を潜めてマクシムに近づき、少し険しい表情で続ける。

「さっきからお聞きしていると、隊長は興奮しすぎて冷静さを欠いているように見えます。これでは俺のほうが困惑してしまいますよ」

「ダヴィット。でも、僕はもう確信しているんです」

 マクシムは口元に皮肉めいた笑みを浮かべながら、はっきりと言い放った。

「——これは、『復讐』です。彼らは自分たちのリーダーを殺された復讐を果たすために来ている。それ以外に、こんな面倒なやり方を選ぶ理由なんてありません」

「まだ残党と決まったわけではありません」

 ダヴィットがキッパリと言い放つ。見張り台からジョルジュが声を張り上げた。

「……二時の方向、小型ガレオン船が一隻!」

 マクシムが即座に反応する。

「報告にあった、被害にあった方の貿易船ですか?」

「いえ、それが……」

 ジョルジュは一瞬口ごもり、叫ぶ。

「あの船は、二日前に調査に出た警備隊のものです!」

「なに? あの連絡を遣さなかった隊か? ……嫌な予感がする。隊長、戦闘準備を?」

 ダヴィットが険しい顔つきでマクシムに問いかける。

「今のところシャルルから特別な作戦命令もないですし、調査を優先しましょう。万が一、敵がいたとしてもまずは僕が降伏を促してみる。……ソフィーを呼んできてくれ」

「ソフィー? ま、構いません。現場は俺が仕切りますから、ソフィーには用件を早く伝えてください」

 ダヴィットは即座に号令を飛ばし、隊員たちは甲板に散っていく。マクシムは手招きしてソフィーを呼び寄せ、二人で船尾へと向かった。

「さっきの話、聞いていましたね?」

 マクシムは前置きなく本題に入った。ソフィーはなぜ自分が呼ばれたのか少し困惑している。

「五人で充分な理由の一つは、彼らの戦闘能力が高いことにあります。フランソワ海賊団とは、僕たちも何度も交戦したので間違い無いです」

「戦闘能力……ですか?」

「恐らく、今回の敵はフランソワ海賊団の中でも幹部格。それも、頂点に近い存在たちでしょう」

 マクシムの声にわずかな緊張が混じる。

「僕がまず降伏を促しますが、彼らは従わない可能性が高いです。となれば戦闘は避けられないし……死人も出るかもしれない」

 そう言って懐から小さな袋を取り出した。

「それで、君にこれを預けておきたい」

「これは……毒ですか?」

「そう。君はグウェナエルの短剣を持っていたはず。もしもの時は剣に塗って——」

 そこまで言ったマクシムは言葉を止め、苦い顔で首を振った。

「……いや、やめておきましょう。人を癒す君に、人の命を奪わせるわけにはいきません。汚れ仕事は、僕の役目だ」

「隊長……」

 ソフィーは少し苛立った声で言葉を返す。

「お疲れなのは分かります。でも、私にだって守るべき一線があります。仕事としても、人としてもです」

「……君の言う通りだ。すまない」

 マクシムは静かにうなずくと、もう一つの袋を取り出して渡した。

「こっちは違います。マンドレイクの根です。毒性はありますが、古くから鎮痛や鎮静に使われていた。使いすぎに注意して。君の役に立つはずです」

「ありがとうございます。どうか、くれぐれもご無事で……」

 マクシムが背を向けて船首へ向かっていく。その背中を見送りながらソフィーは医務室へ戻ろうと足を進め、一人でぼそっと呟く。

「…あの短剣。結局、宿舎に置いて行ったんだよなあ。だって私は…剣を握れないから」

 そのとき、行く手を阻む者が現れた。

「ソフィーさん」

 戦闘服姿の若い女性だ。頭部はフードに隠れている。

「あなたは…?」

「すみません。顔を陽に晒してはいけないって言われていて……今は見せられません」

「そうじゃなくて……名前を聞いているのよ」

「スザンヌです」

 驚くソフィーの目をよそに、スザンヌは視線を落とした。

「それより、隊長から毒物を受け取ったんですよね?」

「……ええ。でも使うつもりはないわ」

「それなら、いいんです。隊長って、一人でなんでも抱え込んじゃうから。心配になるの、分かります」

「そうね……」

「でも大丈夫です。何かあったら私が駆けつけますから」

「駆けつける、ね……その時にはそばにいてくれると、ありがたいんだけど」

「本当はそうしたいです。でも、隊長からの命令で、護衛より戦闘を優先しろって言われてて……」

「……そう。じゃあ、あなたも気をつけて」

 そのとき、甲板にマクシムの声が響いた。

「これより哨戒船に突入する! これは調査のためだが戦闘態勢を取れ。万が一、海賊と遭遇した場合だが、相手はフランソワ海賊団の幹部格である可能性が高い。本部からは残党と確認できた時点で殺害も許可されている。海賊滅を我々の手で成し遂げる。必ず仕留めろ!」

 続いて、シャルルが声を重ねる。

「降伏を促すのが建前だが、今まで従った海賊はいない。今回も戦闘は避けられん。捕らえたところで処刑は免れんからな。……負傷している者は無理をするな、限界を感じたら船に戻ってこい」

 号令が響く。隊員たちは甲板を駆け始め、すでに数名の隊員が縄を使って哨戒船へと移った。甲板に立った瞬間、彼らは反射的に顔をしかめ、鼻をつまんだ。

「くっ……これは……」

「死臭だ。間違いない」

 潮の香りに混じって、何とも言えぬ腐臭が漂ってくる。生臭さと内臓の腐敗が混じったような、喉の奥を刺激する臭気だった。最初に乗り込んだダヴィットは黙って短剣を抜き、ゆっくりと甲板を進む。次第に足元に、血の跡が現れる。否、跡ではない。血そのものだった。乾きかけた黒赤いそれは、甲板を広く塗り潰していた。

「……全部やられてる」

 船内に降りたシャルルがそう呟いた。その声には驚きも、怒りも、悲しみもなかった。ただ呆然とした事実の確認だけが込められていた。扉の奥にあったのは地獄だった。壁にも天井にも血飛沫がこびりつき、床は血溜まりと肉片に覆われていた。倒れているのは警備隊の兵士たち。武器を手にしたまま絶命している者もいれば、背後から切り裂かれた者、内臓を露出させたまま目を見開いている者までいた。

「これは……ただの襲撃じゃない」

 ジョルジュが膝をつきそうになりながら、声を漏らす。

「殺すための殺し方だ……まるで見せしめのように……」

 彼らの顔のいくつかは、判別も困難なほど潰されていた。咽を裂かれた者の傍にはナイフが転がっている。恐らく最期の抵抗だったのだろう。サミュエルが震える声で報告した。

「確認しました。警備隊、全滅です。生存者は……いません」

 船は静かだった。吹き込む風が血の臭いを巻き上げ、吐き気を誘う。マクシムは無言のまま、眼前の光景を見渡していた。怒りよりも失望が先に来た。もし一秒でも早くこの船を発見できていれば、彼らは——。

「ダヴィットさん、どうしますか……?」

「遺体の確認と……それと、記録だ。この遺体の状態では回収できない」

 ジョルジュの言葉に、ダヴィットが低く命じた。誰もが警備隊の末路を確かに目に焼き付けていた。

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