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「話をする犬」シリーズ

「負け犬とキラキラ」

作者: クリステル

ようこそクリステルワールドへ!

なまあたたかい風が吹いている。

湿度の高い熱風に煽られるようにゆらゆらと人々が駅前を行き交っている。

平日のこんな時間にゆらゆらと脱力感も露わに歩いているのは主婦を除けば人生の落伍者だ。

俺もね。

駅前の酒屋ではキラキラむちむちピチピチのセクシーワンピースを着た若いお姉ちゃんがプラスチックのコップに麦酒を入れて通行人に笑顔で配っている。

いくら落伍者でもこの時間に麦酒を飲むという行為は、超えてはならない一線、ギリギリのところ、これを超えたら奈落の底まで真っ逆さまって感じで、なかなかお姉ちゃんの折角の純粋な見返りを求めない崇高な厚意を素直に受け取ろうって腰の座った落伍者はいないようだが、あのお姉ちゃんは好きであの仕事をしているのだ。キャンペーンギャル募集なんていう求人に飛びついて、きみ可愛いね~!キャンギャルにピッタシだ!とかおだてられて木に登っていやがるから、あんな通気性の悪そうなキラキラの服でムレムレになってもああして笑顔でいられるんだ。こんな世の中に天職を得たお姉ちゃんに栄光あれ!だ。


そして俺。

腰の座った落伍者として麦酒欲しさにロータリーをよこぎる。

前方から大きな黒犬にじゃれつかれ、飛びつかれながら、犬より小ちゃなおばちゃんが来る。

犬、落伍者たる俺を見つけてナニ思う、いきなり落伍者に飛びかかり落伍者を押し倒す。

犬、落伍者にのしかかり顔をペロペロ。おばちゃん謝りながらも必死に引き綱を引くが効果なし。

キラキラのワンピースから生えたむちむちな太ももが近づいて、さらにキラキラなパンツが見えたとたんに落伍者は頭を抱えて芝居をしていた。


「うーん、痛い痛い。うーんうーん。」

「大丈夫ですかー?」

キャンギャルお姉ちゃんがしゃがみこんでキラキラパンツはさらに落伍者の目前に露わになった。

「うーん、うーん。」と落伍者。

「いま救急車よびますから!」

立ち上がって行きかけるお姉ちゃんに

「うーん、救急車はいいから麦酒をくれ!」


結局お姉ちゃんは酒屋のテラスに出された日除け付きのテーブルに落伍者を座らせて、500mlの麦酒を飲ませてくれた。なんて落伍者に優しいキラキラパンツの娘さんなんだ。一瞬の機転が得難い体験を導いたのだ。

おばちゃんは恐縮して一緒に病院にいってくれと言うが、落伍者は断固拒否した。これ以上嘘から得をしたら神様だってだまっちゃいないだろう。キラキラパンツと麦酒で落伍者は満足しなければならない。



得をした得をしたと上機嫌で家へと帰る道すがら、ふと背後に感じる獣の気配。

で、俺振り向いた。

さっきの黒犬がオレの後をトボトボとつけてくる。辺りを見回してさっきの飼い主のおばちゃんを探したがどこにも見当たらない。

「おいおい、飼い主のおばちゃんはどうした?はぐれちゃったのか?」

俺が言うと黒犬俺を真っ直ぐに見返して、

「オレは誰の飼い犬でもない。なめるな!」とのたまわった。

俺、ギョッとして辺りを見回したが誰もいない。いるのは俺と黒犬だけ。

これは幻覚、あるいは幻聴かなハテナ…。

確かにオレは酒好きの落伍者だが、幻覚或いは幻聴を引き起こす程の依存症ではない。…はずだ。


「それよりお前、さっき嘘をついたな。目的はなんだ?パンツを覗けたのは偶然だろう。麦酒だって普通に通りかかればカップ一杯は貰えたはずだ。いや、お前は厚かましく二杯はもらうつもりだったろう。」

なるほどこれは内なる自分の声だ。きっと潜在的な罪悪感が黒犬に言わせているように思わせているだけなんだ。でなければ黒犬ごときにここまで痛いところをつかれるはずはないだろう。

俺、回れ右して早くお家に帰ろう、少し動揺して…。


アパートの鍵穴に鍵をさして嫌な予感。

振り返ればおすわりした黒犬ギョッ。

「お前の魂胆を暴いてやる。それまではお前から離れんぞ!」

俺、慌ててドアを開けてバタン。ガチャ、カチャリ。

うーん、こりゃますますやばい。とにかく気を静べなければならん。そうそう、日常をこよなくこなすのが一番。普段通りの落伍者の自分を取り戻すのよ。朝寝朝酒の次は、そうそう朝湯じゃん。俺んちの風呂、ムカつくユニットバス。トイレが一緒のやつ。お湯を溜めるとシャワーが使えねってやつ。でも俺お湯に浸かるのいつも。世の中じゃ年がら年中シャボンにまみれるのが主流みたいだけど、身体の脂分落とし過ぎると耐性が落ちて風邪ひきやすくなるのいやほんと。そんでシャワーカーテンをシャーなんて開けるとバスタブに黒犬。

「お前の悪巧みはオレがお見通しだ!オレから逃げられると思うなよ!」

ってまたシャワーカーテンをシャーって閉めて俺、さっき飼い主のおばちゃんが無理やり俺の手にねじ込んだ名刺をポケットから取り出して電話した。

「もしもし幸先です。」

「あ、すいません。先程酒屋の前で倒された者ですけど、実はおたくの犬の事で…。」

「あらよかったわ、お電話いただけて。お身体の方は大丈夫ですの?とにかく今からお詫びにそちらに伺いますからガチャン、ツー、ツー…。」

「あ、もしもし、幸先さん…、」


おばちゃん一人勝手に電話を切って二分と経たずにドアのチャイムを押してきた。

ガチャリとドアを開けるとおばちゃんとその脇にはしおらしくお座りの黒犬。

「まあよろしかったわ。あなた自治会名簿に登録なされてあったからすぐにわかりましたのよご近所で。近頃のお若い方は自治会なんて関係ないって風でしょ、でもあなたはそういう方じゃないってわたくし最初からわかってましたのよ。それであなたがどうしても病院に行ってくださらないって仰るものですから、わたくし一体どうしたらいいのか分からなくて困ってましたの。そうしたらあなたの方から思いもかけずにお電話いただけたんで、それでわたくし取り急ぎご用意したんですこれ、ほんの

些少なんですけれども受け取って下さるわよねご近所なんだし。」

おばちゃんは名刺の時とおんなじ要領で俺の手をとって無理矢理に封筒を握らせた。

「ほら、おまえも謝んなさい。」

おばちゃんが黒犬にそういうと、黒犬はペコリと頭を下げたがそれだけではなかった。やつは下げた頭の下から俺のことを含みのある目つきで見上げながらニカリと笑いやがったのだ。俺は思わず封筒を握りしめて固まってしまった。

「それじゃあね、もし具合が悪くなって病院に行かれるような事があったらまたお電話下さいねほんとうに、それじゃあ御機嫌ようお身体お大事になさってねバターン。」


アパートのドアはドアクローザーが油漏れでイカれている所為でドアを手放しで閉めるともの凄い勢いでバターンと閉まるのだ。

俺はバターンで我に返った。強く握りしめられてシワクチャになった封筒の中身を見ると元は新札だったはずの一万円札が十枚。

「はは~ん、最初からそいつが目的だったのか。」

振り返れば台所に黒犬。

「そいつは違うぞ! 俺が一言だって金よこせなんて言ったか? お前だって知ってるだろう?」

俺は思わず幻覚の黒犬にムキになって反論していた。

「そりゃそうさ、お前から要求したら脅迫って事にもなりかねんからな。」

「ふざけんな! 俺はただ…、」

「ただなんだよ?」

そう、俺はただ恥ずかしかっただけなんだ。

あのキラキラお姉ちゃんさえいなければ変な芝居することもなかっただろう。

あれはそう、ただの照れ隠しだったんだ。でも犬にそんなことを話したってわかる筈ないだろう。なんたって相手は犬畜生なんだから。


「いいから半分よこしな。」

俺が黙っていると黒犬がそう言った。

「半分ったって、犬が金持ってどうすんだよ。」

俺が半ばふてくされて言うと犬は急に凄んで

「グゥールルルグゥー。」と唸りだした。

「お前今なんて言った? それは犬差別だぞ! 犬をなめてんのか?」

「わ、わかったよ。」

俺が渋々五万円を犬に渡すと犬はお腹のポケットから同じ毛色で出来た財布様のものを取り出して器用に現金をしまいこんだ。ポケットやら財布やらを又候俺が指摘すれば怒り出すのが目に見えていたので俺は黙っていた。

「そんじゃそろそろ行くか。」

「行くかって、どこに?」

唐突に犬に言われて俺はバカみたいに聞き返した。

「金が入ったら酒に決まってんだろうが。」

「ってお前酒飲むの?」って素直に驚いて俺聞き返してすぐ後悔。犬にキッと睨まれた。

「わかったよー。はいはいお伴いたしやしょう。」俺情けなくヤケクソ。

「お前んちアレないか?」

「アレってなに?」

「リードだよリード。犬が散歩する時にゃリードだろボケ!」

「リードったってうちにゃご覧の通り犬なんていませんからね。」俺半ば反抗期。

「なんだっていいんだよ、なんだって! ビニール紐くらいあんだろ?」犬半ばチンピラ。

「新聞とってないからない。」俺半ば強情。

「ツベコベいってねぇでなんかもってこーい!」犬ついに遠吠え。

俺仕方なく輪ゴムをちまちまと結んで60cmくらいにやっとこさして犬の首輪につけてやっとこさお出かけ。



犬に曳かれてやって来たのは朝の居酒屋。今は昼。さっきのピカピカのお姉ちゃんがさっきの白いテーブルに座ってどうやら昼休み。可愛らしい犬の絵かなんかの容器の手弁当なんか広げちゃってたわいもない。

犬はその前を「よっ。」かなんかいうふうに片前足を上げて通り過ぎて店内に消えていき、出てきたときには500mlの麦酒缶を三つもっていた。一体何時から世間は犬に麦酒を売るようになったんだ? 畜生類酒類販売規制法なんてのはないのんか? 俺が呆れていると犬はテーブルに麦酒を置いて一つはお姉ちゃんに一つは自分に、そして一つを空いた席に置いて俺に座るように目線で促した。

「で、今は昼休みだ。」

犬がまるで旧知の仲みたいな色男あるいは世慣れた遊び人風な口を利くと、お姉ちゃんは何ら躊躇いもなく寧ろこまっしゃくれたような或いはおもしろがっているような調子で、

「そうよ、見たとおりお昼休みよ。」と応えた。いぬはその応えに満足したようなニタリとした笑みを貼りつかせて少し間をおいた後で、

「で、何時に終わる?」と目を細めて顔を少し斜めに引いて缶麦酒をプシューと開けながら聞いた。

俺思った。なんなんだこのわんこさんは映画俳優か? 何処かでカメラでもまわってんのか?

「6時よ。」今度はお姉ちゃんが女優さんみたいにキリリと挑むような視線をわんこさんにおくりながら応えた。するとわんこさんは麦酒を一口ゴクリと喉を鳴らして飲んだ後で

「で、この男なんだが、」そして俺の方にゆっくりと顔を向ける。(斜めに顎を反らし気味にね)

「あんたと仲良くなりたいってんだが、(少しの間)付き合ってみちゃどうだ?」

俺思う。わんこさんかっちょいいー! あくがれるー! なんて良いわんこさんなんだ等々呑気に舞い上がっていると突然シュっと音をたてんばかりの勢いでお姉ちゃんの顔がわんこさんから俺の方に向けられてドキーーーリ!

「さっきあなたが押し倒したお兄さんね。」俺恥ずべし。顔面灼熱燎原の火のごとし。

「お怪我の方は大丈夫?」

カァーーーー! 俺の番俺の番!

「ああ、因果とタフな身体でね。」斜に構えてプシューも忘れなかったよ。

「わたしと付き合ってくださるって本当?」

よし、今度はゴクリだ。少し間を置いてゴクリ。よしゃーっ! 決まったー! そして俺は両手を少し広げて「ホワーイ?」のポーズで少しわんこさんの方を見てから、

「本当もなにも、(少し間)こいつの言ったとおりさベイベェ。」ん? ベイベェは要らんかった? 余計だった? 俺少し心配になる。

「いいわ。6時前にここに迎えに来てくださる?」

俺「ゴクリ…。ああ、じゃあそうしよう。」

わんこさんを見るとグビグビと一気に缶麦酒を呷ってらっしゃる。だーっ! しまったー! ここはゴクリじゃなくてグビグビだったのかー。

俺慌ててグビグビ。


帰る道すがら俺舞い上がりっぱなし。わんこさんのお陰で金は入るはお姉ちゃんとデートは出来るはじゃあわんこさんは福の神、艷福の神、招き犬じゃぁ煽ててもわんこさんフフッとかニヒルな笑いでのってこない。まぁそこんとこが偉いっちゅーか凄いっちゅーか、煽てて登るのは豚さんだけだよねって我が家に帰って下へも置かないおもてなし。ペディグディーの特上深煎り焙煎ビーフ成犬用なんかコンビニで買ってきたりね。はい、テレビですか。テレビも観ますよわんこさんは。さあ肩でもお揉みいたしやしょうかってうだうだしていると「じゃあそろそろお時間なんでまいりましょうか?」ってえとわんこさん、

「何が悲しくて人のデートに行かにゃならんのじゃボケ。」

「へ? ついてきてくれないの? わかったよ、わかりましたよ。じゃあ一人で行ってくるかんね。後から文句いいっこなしだよ。」って俺少し心細くもノコノコと例の酒屋さんへ。


「やあ、約束どおり来たよ。」明かりのついたばかりの街灯にもたれかかって俺。

「ええ、時間どおりだわ。」とお姉ちゃん。

「もういいのかい。」と足を交差させて俺。

「ええ、仕事の時間はもう終わり。今からはプライベートの時間よ。」と彼女。

「おっちゃん、先あがるからねー。おっつかれー。」とこれも彼女。

「食事でもどうだい?」彼女の腰に軽く腕を回しながら俺。

「食事よりもわたし汗を流したいわ。一日中この服着てると身体が蒸れちゃうのよ。」俺の胸に豊かなバストを押し付けながら彼女。

「じゃあ駅前のホテルで少し休もうか。」って話しができすぎっちゃあないかい?

宵の街の雑踏(きっとこの人達は落伍者じゃあないよ、多分今はもうおれも)をすり抜けてシティホテルに吸い込まれていく二つの影。


「このキラキラのドレスは会社支給なの?」

「そうよ、わたしは支給された女なの。」

「じゃあこのキラキラの下着も支給なんだね?」

「いいえちがうは。これはわたしのこだわりで自分でシキュウしたのよ。」

なんつって一枚づつ脱がすのも惜しいようなコスプレ感。我ガ人生ノ禍福ハコノ一戦ニアリってんでシャワーを浴びながら舐めるの舐められるのってしてもガマンガマン。いいとこ見せなきゃ。

なんとかバスルームでは五分に持ち込んで決戦の場はベッドルームはと移動したのであります。

するとどうでしょう、一頻りオープニングアクトをこなして盛り上がりも頃合い、いざいざというところで彼女がくるりんぱっと背中を向けるではあーりませんか。戸惑いながらも背中に接吻などして場を繋ぎつつ次の相手の出方を探っていると彼女、

「わたし後ろからされるのが好き。」っとくれば、我レ天啓を得たりとばかりに後ろから合体!

ここぞとばかりに日頃鍛えし一本槍で突くの引くのとしている内になんだかおかしな気分になってきやがった。

なんだか臭覚ばかりが敏感になってくる。

もちろん一番強烈なのは彼女が放つメスのフェロモンだが、そればかりじゃない。

壁の臭い枕の臭い敷き詰められたカーペットの臭いはいいとして、それらに染み込んだ

微量な臭い、即ちこの部屋に訪れた無数の男女の臭いが各個個別になって一時に俺の鼻めがけて押し寄せてきやがる。その中には俺の知っている臭いまであった。

なんだ自治会の班長の海藤と森田の奥さんは不倫してやがったのかってなんで俺そんな事わかるんだ? しかも海藤のやつ糖尿じゃんか。

あれ、なんだか身体がムズムズしてきたぞ。イカンイカンこの大事な一戦の最中に俺としたことが。

あれ、あれ、あれー。俺毛深い! あれあれあれあれー!


俺、犬じゃん! 犬になってるじゃーん!

あれー、なんでー? ワフワフワフワフ、ワフーーーーー!


「うふ、あなた素敵だったわ。」と彼女。

「ワフ、フンフン。」と俺。

「あっ、俺急に用事思い出しちゃったワフ。ごめんねワフ。また連絡するわふ。」


って俺逃げ出した。思いっきり走って早い早い。家に帰っやら俺の部屋に見知らぬ男。

んっ? どこかで会ったような?


「ハーッハッハッハッハッハー! まっ、そうゆうこったからさー。お前の帰る場所は唯一つ。な、わかるだろ?」って言うこの男、あのわんこさんだったワフ。

って事は俺の帰る場所はあそこなのかワフ? 

で、俺臭いを辿って行ってみたら割と大きめのお屋敷。


「つよしー、あんた何処にいってたのー!」俺の名前つよし?

「ママは心配したんでちゅからねー。」

おばちゃーん、俺ったらさーワフ、おばちゃーん、俺ってばさーわふ、犬なんだよーわふわふ。ポケットに五万円を持ってる犬なんだよーワフワフ…。

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