昏睡状態からの目覚め
――ん……あれ……。
「目が覚めましたか」
頭上から柔らかく抑揚のない声が降ってきた。誰だ? 聞き覚えがない……。
光を感じる。だが、まぶたが持ち上がらない。いや、それどころか身体がまったく動かない。金縛りに遭っているような、身体の輪郭が希薄になったような奇妙な感覚だ。いったいどうなっているんだ。何が起きた……いや、たしか……事故?
「そうです。あなたは事故に遭い、ずっと昏睡状態だったのです」
ああ、そうだ。あの夜、車に撥ねられて……。ずっと? ずっと昏睡状態のまま? いったいどれほど……今はいつなんだ……。
「二千年ですよ」
二千……何年ですか?
「二千年間です」
二千年間……二千!?
「今は西暦で言うと四千――」
ちょ、ちょっと待ってください! そ、そんな冗談やめてくださいよ……。
「冗談ではありません。あなたは二千年間眠り続けていたのです」
二十年の間違いじゃなくて? 本当に二千年……?
「ええ。お気持ちはお察しします。友人やご家族との別れ、大変おつらいでしょう」
いや、察せないでしょ。正直、衝撃が大きすぎて家族のことなんて考えられないですよ。墓どころか、地形すら変わっていそうだ。
「ほう、古代人は情が薄い、と……」
いや、そもそも話を呑み込めないんですよ! 二千年間昏睡状態なんて、ありえないでしょう! そんな長期間、身体が持つはずがない!
「ええ、ですからパーマネント・サバイバル・オプティマイゼーション・プロシージャー。略してPSOP処置を施したのです。……ああ、不老不死手術と言ったほうが、伝わりやすいでしょうか」
不老不死!? そんなの……いや、たしか当時、そういう研究が進んでいるってニュースを見たような……。
「そうです。あなたの入院から十年後、ご家族に同意を得て実施しました。入院費の全額免除と引き換えに」
勝手に……いや、入院費も馬鹿にならなかっただろうから、仕方ないか……。
それにしても、不老不死とは……。すごいな。成功したんですね。
「ええ。ただし、手足を切除する必要がありました」
切除……?
「当時の技術では肉体が持ちこたえられず、末端部から壊死が始まったのです。貴重なデータでした」
それって、まるで実験体じゃないですか……。まあ、今の時代ならいい義手があるか。いや、それどころか手足を再生できるんじゃないですか? 再生医療も進歩しているでしょう。
「ええ。手足に限らず、臓器も自在に作れます。あなたのおかげでね」
ですよね。よかった……ん? あなたのおかげって?
「あなたの体内で細胞を培養し、臓器生成の実験を行ったのです。心臓や腎臓など、数万個は生成したのではないでしょうか」
そんな実験までしたのか……。家族の許可はちゃんと取ったんですか?
「もちろんです。その謝礼でご自宅をリフォームされたそうですよ。バリアフリー仕様にね」
そうか……家族の役に立てたのなら……まあ、いいか……。
「家族どころか、人類全体に大きく貢献されました。あなたがいなければ新型ウイルスのワクチンも完成しなかった。そのように記録されています」
ワクチン……? まさか、その被検体にも……?
「ええ、ご家族の承諾を得て。たしかその謝礼で海外の……なんという名前の島でしたかな。孤島で一時期過ごされたとか」
……まあ、避難できたのならよかった。
「ああ、ハワイだ」
楽しんでるじゃないか。
「あなたは本当に人類に尽くされました。良くも悪くも、ですが」
もうわかりましたよ……え、悪くも?
「新型化学兵器の開発実験にも利用されました。細胞の壊死速度、毒素の浸透経路、神経反応。あらゆるデータが収集されたそうです。あの兵器で、どれだけの命が奪われたことか……」
ま、まさか! そんなもの、僕の家族が承諾するはずがない!
「いえ、その頃にはあなたの所有権はとうに企業に売却されていましたので、ご家族の同意は必要ありませんでした。その売却金でマンションをいくつも購入されたとか」
しっかり資産運用してる……。
「他にも、この二千年の間に数え切れないほどの実験があなたの肉体で行われました。ああ、火星に送られたこともありましたね」
もういい、もう十分です。そもそも、そんなに技術が発達しているなら、もっと早く僕を目覚めさせることだってできたんじゃないですか? なぜ今……。
「さあ……コールドスリープ実験も行われましたが、あなたを起こそうという議題は一度も上がらなかったようですね」
そのほうが都合がいいからか……。まあ、どうでもいいです。それで、僕はいつ動けるようになるんですか? まさか、まだ手足がないとか?
「ええ、手足どころか……何と言えばいいのか……」
なんですか……。今の僕はいったいどうなって……いや、そもそも僕は喋ってないのに、どうして会話ができているんだ?
「ああ、それも実験の成果です。あなたの脳に埋め込まれた素子が、思考を直接こちらに届けてくれるんですよ。まあ、テレパシーのようなものですね。あなたには口がありませんから、意思疎通にはちょうどよかった」
口がない……? じゃあ、目が開かないのも、まさか……。
「ええ、お察しの通りです。さて、皆さまお待ちかねですので、そろそろ運び出すとしましょうか。おい、来てくれ」
運ぶ……? いったいどこへ……。
「食卓ですよ。この時代は深刻な食糧難でしてね。あなたを目覚めさせたのも、活きのいい状態のほうが味が良いのではという意見があったからです。ああ、大丈夫。痛みは感じるでしょうが、死ぬことはありません。すぐ再生しますから。あ、騒がしいな。おい、スイッチを切れ。スピーチを期待していたが、仕方がない。客に悲鳴を聞かせながら食事をさせるわけにはいかないからな」




