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第三夜 幻想虚構無限回廊(4)

「そうね。あなたはカナン」

 不意にカナンの脳裏に閃いたのは、力天使の声――

「エリザール!」

 カナンが後方を振り返ると、一条の光芒が大気を焼きながら迫ってくるところだった。紫電を帯びた光線。地上より放たれた魔法は、ただ一直線にカナンを目指している。

その速度は、カナンが回避行動と取る暇すら与えないほどに速い!

「行け!」

 カナンは、少女を腕の中から解放した。地上は近い。それにここは、夢の世界。なんとでもなるはずだ。

「えっ……?」

 少女の表情が驚きに染まっていくのを、カナンが見届けることはなかった。

 破壊的な光の奔流が、カナンの視界を塗り潰したからだ。

「我らの敵。我らがドミニオンの敵」

 エリザールの魔法が齎した破壊は、カナンの全身を瞬く間に焼き尽くし、徹底的な痛みを体中に刻み付けていった。皮膚が剥がれ、血が噴き出す。神経という神経が激痛を訴えてくる。

 それでも、カナンの意識が正常なのは、これくらいの痛みには慣れているからに他ならない。

「せめて、腕のひとつは持っていってくれないとな」

 カナンは、軽く笑うと、自分の両手を一瞥した。傷だらけで血まみれの両手は、しかし、カナンの思い通りに動いていた。もっとも、指先を少し動かすだけで激痛が走ったが。

 これでは使い物にならない。

「本当、強すぎるわ」

 呆れたようなエリザールの声は、地上――大通りに満ち溢れた葬列の中から聞こえていた。

「やはり、あなたこそがこの夢にとって最大の障害なのね。《悪魔》よ」

 エリザールの言葉を聴きながら、カナンは、魔法を紡いだ。二重のエンジェル・リングは、一瞬で術式を組み上げる。

「癒しのまなざしよ」

 淡い光が、カナンの全身を包み込んだ。《治癒》の魔法は、《完治》の下位互換とも呼べる魔法で、カナンの体中の傷を塞いでいった。

痛みは消えない。傷口を塞ぐだけの魔法なのだ。だがそれで、十分だった。

「故に、執行する……!」

 エリザールの語気が変わった。強く、決然たる声音。

 大気が揺らいだ。

「まさか……!?」

 カナンは、ある予感に目を疑った。それはさすがに許されないはずだ。だれもがそれを許しはしないはずだ。その力の行使を。その力の顕現を。

 漆黒の人波の中から、膨大な光が、波紋となって走ってきた。光の波紋は、多重同心円として地面に固定される。光の同心円の中に浮かび上がるのは、無数の神秘言語。理解しがたい文字の羅列は、光の円の中で複雑に絡み合い、紋様を描き出していく。

 それは、魔方陣のように見えた。

 天が割れた。

 空を埋め尽くしていた積雲を吹き飛ばしたのは、一条の光。

 莫大な金色の光は、地上に描き出された魔方陣へと突き刺さると、光の柱となって聳え立った。

 光の柱がもたらしたあまりにも膨大な力が、空間を歪めていく。

大気が震え、大地が揺らぐ。

 それは、顕現する。

「エリザール……それはやりすぎだ」

 極めて冷ややかに告げながら、カナンは、目を細めた。

 光の柱が、地上の魔方陣ともどもに消滅した。

 それは、とてつもなく巨大な物体だった。全長二十メートルを優に超す巨躯は、全体的に分厚い耐魔法装甲に覆われており、異常なほど膨大化した全身鎧のようにも見えた。所々から覗く突起物は、破壊的な砲口に違いなかった。・

顔面は仮面に包まれ、表情は読み取れない。四つに増えた腕には、それぞれ異なる武器が握られていた。

右側の手には波形の刀身が特徴的な長剣と穂先が三叉に分かれた投槍、左手には表に炎の紋章が描かれた円形の盾と、稲妻を模した杖。

どの武器も非常に巨大ではあったが、危険なのはその大きさではない。武器に秘められた力が問題なのだ。

 背部からは一対の巨大な翼が広がっており、その大きさは、自身の巨体を覆い隠せるくらいだった。そして、背後に展開する三つのエンジェル・リングもまた、その巨躯に比例するように大きい。

 その巨体を二本の脚で支えるのは無理があるのだろう――巨躯は、空中に浮かんでいた。

「対悪魔殲滅外装《聖躯せいく》……」

 カナンは、それを指し示す言葉を口にしながら、記憶が呼び覚まされていくような感覚を覚えた。




 

 ――空を埋め尽くす、さまざまな姿形をした《聖躯》の軍勢。《彼》が用意した最高戦力たち。その機動する空中要塞群の中で一際異彩を放つのは、ただひとり、己が美貌を誇らしげに見せ付ける美女の姿――





「馬鹿だよ、おまえ」

 カナンは、冷酷に告げた。

「神勅もなく《聖躯》を持ち出したんだ。ただで済むと思うなよ?」

 エンジェル・リングをさらに展開して、後背に三重の光輪を形成すると、カナンは、いくつもの魔法のイメージを脳裏で構築していく。

 前方で、空中要塞のような巨躯が、動き出した。

「わたしはドミニオン・ラザクルが力天使エリザール! 《天帝》など恐れるものか!」

 拡声器でも使ったかのような大音声を、カナンは、冷ややかに聞いていた。彼女の主張には胸中で同意しておく。

(そりゃそうだ)

不意に《聖躯》の右手から、三叉の投槍が投げ放たれた。雷光の尾を引きながら高速で飛来する投槍は、全長十メートル以上はあった。軌道は直線。

(安い牽制だな!)

 カナンは、即座に左腕を繰り出した。同時に魔法を完成させる。

「呪縛の幽姫よ」

 手の先の虚空に、大きな歪みが生まれた。それは、対象が接触することで発動する設置型拘束魔法。

 投槍が、空間の歪みへと突っ込んでくる。

(例え殲滅兵装だろうが……捕縛する!)

 改心の笑みとともに、カナンは、続いての攻撃魔法を放つために右腕を掲げようとした。

「甘い!」

 エリザールが叫ぶより早く、三叉の投槍が、穂先から三つに分かれた。三本の槍は、それぞれ別方向へと軌道を変化させる。

急激な曲線。

「!?」

 予想外の事態に、カナンの反応がわずかに遅れた。

「聖なるかな」

 上空から急速落下してきた投槍が、カナンの掲げていた左腕の肘から先を吹き飛ばした。

「聖なるかな」

 カナンの後方へ通り過ぎた投槍が、強引な転進によって、カナンの背中に突き刺さった。

「聖なるかな」

 下方へと落ちていったかに見えていた投槍が、急上昇によってカナンの首筋に突き刺さり、頭部へと達した。

「万軍の主よ。天と地はあなたの光栄にあまねく満ち渡る――」

 破滅的な痛みの奔流の中で、カナンは、エリザールの歌声を聴いていた。感覚も意識も、なにもかもが遠のいていく。

「されどここは夢の王国。あなたの威光も届かぬ楽園。我らが主天使の箱庭」

 世界が、遠ざかっていく。

「故に、《悪魔》の命数もここに尽きる」

 闇が、カナンのすべてを包み込んだ。


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