第七話 巣穴と
翌日、青年は出掛けた。
そして数日から、長い時で一ヶ月不在にした。
青年――ロウは小屋に戻ると考え事をし、ステファニーと雑談をしてまた出掛けた。ステファニーは一人で、ゆっくり心と身体の傷を癒した。体力は数日で回復したが、右目が見えなくなっていた。
石を投げられた時、怪我をしたのだ。
別に、気にすることでもなかった。
一人で色々なことを考え、海を見て過ごした。
水と食料はふんだんにあり、自由に消費して良いと、ロウから許可を得ていた。
「……」
ステファニーは、一日中海を眺める。
ステファニーにとって、ルミナと過ごした廃墟が【楽園】であったのならば、一人で籠る海辺の小屋は【巣穴】かーー。
それにしても、ロウは不思議だ。
見ず知らずのステファニーに居場所を与え、見返りを求めてこない。ロウが小屋にいる時は色々質問をされるが、それに答えれば満足して他に何の要求もない。
今になって他愛もない考えが脳裏を過るが、ロウがステファニーの身体を要求すれば、拒む術はなかった。
ロウからはそんな素振りが全くないが、それは女としてどうなのだろうか、とも思う。まあ、流浪で容貌が険しくなってしまったし右目も怪我している。女としての魅力は欠落してしまったのだろう。
そんなことを考えたが、今のステファニーにはどうでも良いことだった。
(このまま海を眺めて、朽ち果ててしまいたい)
そんな日々が続いたある日ーー、小屋に戻ってきたロウがステファニーに話がある、と切り出した。
ステファニーは、小屋を追い出されるのかも、と顔を曇らせた。
が、ロウは、
「今から、人に会ってくる」
と、それだけをステファニーに告げた。
「うん、わかった」
ステファニーは頷く。
ロウは、なにか言いたげな表情だ。ステファニーも、いつもと異なる様子のロウが気になった。
ロウは、出掛けた。
◇◆◇
ステファニーは数日、気もそぞろに過ごした。
――出掛けたロウの事が気になっている。
訳もなく、そわそわした。
(どうしたのだろう……)
ロウの事が気になっている。
誰と会うのか。もしかすると、危険が伴うのか。無事に帰って来れるのか。
ロウの身を案じてしまう……。
ーー夕日が海に落ちる時刻、ステファニーが海を眺めていたところ、なにかが飛行する影が夕日に映る。
やがてそれは、ゆっくりと近づいてきた。
――暗黒色だ。
黒い、有翼の魔物のように見えた。人型である。
(魔物……いや、悪魔……?)
ステファニーがじっと見つめていると、影は浜辺に降り立った。
重い足取りで小屋の方へ近付いてくる。
有翼の悪魔が近くまで来て、ステファニーは気付く。
(――銀髪だ! あれは、ロウだ!)
ロウの背にはタワーシールドのような硬質の黒い翼があり、額からは触角のような紅い角が数本生え、後頭部の方へ向かって伸びている。
角と同じで瞳が紅く、銀髪が燃えるように耀いていた。
(ロウは、悪魔だったんだ。私、食べられるのかな……)
ステファニーは、そんな感想を持った。
「……戻ったぞ。ちょっと理由があってお別れだ。話をしたいが、いいか?」
ステファニーを目にしたロウが、訊いてくる。
「うん、いいよ。……私、食べられるのかな? あまり痛くないようにお願いしたいんだけど……」
ステファニーは、喉の渇きを覚えた。
声が震えていないと、いいが。
「?」
ロウが目を丸くした。
そして次の瞬間、爆笑した。