第五話 別れ
どれくらいの時が過ぎたのか。
透き通る、青――。
ステファニーは、海を眺めていた。
どこをどう歩いたのか、昼夜問わず進み続けたら、砂浜の広がる海に出ていた。ここまで数日で来ることが出来たような気もするし、数ヶ月かかったような気もする。
木の実や水で命を繋ぎ、ここまで来た。
「……」
ルミナが守ってくれた。
ルミナは相変わらず脚を気にしていたが、ステファニーを導いてくれた。ステファニーは海を見て、じんわりと思考が回復してくる。廃墟を出てから、今までの記憶が途切れ途切れだ。
(海だ……)
なにもかもが、どうでも良い。
退屈だと思い、親元から離れた時から状況は一変した。
自分はなんのために生きているのかーー
自分はなにをしたかったのかーー
このまま、死んで行くのかーー
ただ、あるのは傍らの温もりだけだ。ルミナが側にいるから、生きている。生かされている。
親元の、安穏な生活を一瞬だけ想像し、ステファニーはそれを嗤う。
過ぎ去った過去の話だーー。
「魔物か……?」
砂浜で立ち尽くすステファニーに声がかけられたのは、そんな時だった。
「……?」
声をかけてきたのは、青年だった。
意味がわからず、ステファニーは怪訝な表情を作る。青年の服装が簡素なものだったからか、青年の銀髪が目立つ。
「ルミナ……」
ステファニーは呟く。
「……?」
今度は、青年が怪訝そうな表情を作った。
ステファニーは傍らのルミナを撫でる。
「うん? その銀狼のことか……」
青年はルミナを見て、得心がいったような顔をした。
「もうそろそろ、別れだ。良く見ておいてやれ、隻眼の女よ」
そして、青年が言った。
(別れ……? 隻眼……?)
ステファニーの怪訝そうな表情は、刻印されたように変わらない。
「……お前は、人間の女だな? 片目を怪我しているようだが、見えてないだろう? あと、その銀狼は直に命が尽きる。土に還る時だ」
「え!?」
ステファニーは慌ててルミナを見る。
ルミナは、いつもと変わらない。銀色の毛並みは輝きを失っているが、フサフサだ。
ーー洗ってやれば、また輝くはずだ。
脚を怪我したようだが、快方に向かっていると思う。それ以外は、どこも悪そうにない。
ここまでステファニーを守ってくれた。
弱っている様子も見えない。
今も、澄んだ瞳でステファニーを見上げている。
ルミナから伝わってくる感情も、親愛の情だ。
ルミナは、いつもと変わらない。
――が、酷く弱々しい。
存在が、消え落ちそうだ。
「なんでっ……」
ステファニーは膝をつき、ルミナを呆然と見つめる。
「もう寿命だろう。気がついてなかったのか」
銀髪の青年が静かに告げる。
「火傷したからっ……。足も怪我したからっ……」
ステファニーはルミナの身体を撫でた。
ステファニーにもわかった。
別れの時だ。
ルミナの身体はスカスカだ。細い。
(気が付かなかった……。私は、私は……)
ルミナは、最後の力を振り絞りステファニーを海に連れてきてくれたのだ。
(ずっと一緒だと思ってたのに)
ステファニーはルミナを見つめた。
ルミナも、見つめ返してくる。
「看取ってやるといい」
ステファニーの耳に、青年の声が沁みた。
ーールミナはその夜、目を閉じた。
ステファニーはその最期を看取り、墓を作った。
そしてそのまま、意識を失った。