第二話 出会い
――ある晴れの日、廃墟にいたステファニーは、突如なにかに襲われた。
大型の犬のような魔獣に見えた。
「……っ!」
鋭い牙がステファニーの肩を切り裂いた。
鮮血が出る。あっ、と思った瞬間には倒され、意識を失った。
(死ぬのかな)
とだけ考えた。
ーーステファニーは目を覚ました。
「……」
ハッと身体を起こして、周囲を確認する。
廃墟にそのまま倒れていて、辺りは夜を迎えようとしていた。
魔獣に襲われて、そのまま意識を失ったようだ。良く助かったものだと、身体の傷を確認すると、肩の傷は浅いようで血は止まっていた。
ステファニーは、月明かりを頼りに歩いて街まで帰ることができた。
――それから数日後、やはりステファニーは廃墟に来ていた。
爽やかな風が身体を撫でる。そこで感じる微かな獣臭ーー。
(近くに、いる)
ステファニーがそう思った直後、そいつは現れた。
落ち着いた銀色の毛並みを持つ――銀狼である。狼の魔獣だ。魔物の分類として、獣型は一般的に『魔獣』と呼ばれれる。
それにしても銀狼は人間の腰くらいまでの大きさで、かなり迫力がある。
しかも素早く動くため、銀狼に攻撃を当てるのも攻撃を避けるのも並の戦士では難しい。
「……」
身を固くするステファニーを見つめ、銀狼は静かに佇んでいる。
ステファニーも、静かに銀狼を見つめていた。先日、ステファニーの肩を裂いた魔獣だ。
(綺麗だ……)
ステファニーはただ、感嘆の溜め息を漏らす。
攻撃を受けたことによる恐怖など、負の感情は微塵も湧かない。銀狼、という存在に心が奪われていた。
互いにしばし見つめあった後、銀狼がステファニーに寄って来る。ステファニーの下肢に鼻面を擦り付けた。ステファニーは銀狼の毛並みを撫でる。
途端に、ステファニーは銀狼の感情が流れ込んでくるような気がした。いや、確かに銀狼の気持ちがわかる。
ーー親愛の情
そのような感情が、銀狼から伝わってくる。
「嬉しい……」
ポツリとステファニーが呟く。
すると、銀狼から伝わる親愛の情が強くなった。
「私の言葉がわかるみたい。びっくりする」
ステファニーが笑う。
銀狼は、ステファニーの笑顔に気を良くしたのか、ステファニーの足にまとわりつく。
「フフフ、意外と甘えん坊なのかなーー」
ステファニーが笑い声を上げる。
それを聞いた銀狼は抗議をしたかったのか、甘噛みしてくる。
「こらっ、痛いぞ」
ステファニーは銀狼に文句を言いつつ、ひとしきり銀狼とのじゃれ合いに興じた。
が、ステファニーだは、ある問題に直面した。
「着いてくるんだ……」
ーーそう、銀狼は廃墟を離れようとするステファニーの後を、離れないで着いてくる。
(どうしよう、魔獣を街で飼える?)
ステファニーは戸惑った。
ステファニーの知識の中に【魔物使い】という存在がいるが、自分は急に魔物使いの力に目覚めたのだろうか。
魔物使いと言えば魔物を使役することができるが、ステファニーには使役する方法などわからない。感覚としては、ただ懐かれただけだ。
ーーそれにしても、このまま銀狼は街まで着いてくるんだろうか。確か、街には届出が必要だったか……。
それに、いきなり普通の娘であるステファニーが魔物使いになった、というのもどうだろう。街の人に奇異の目を向けられないだろうか。街を離れても良いが、今すぐは行く当てもない。
ステファニーは、銀狼と離れがたく思っている。それならばいっそ、廃墟に住んでしまおうか……。いや、自活能力があるわけでもないステファニーが一人で廃墟に住むなんて、無理だ。
例え銀狼が食料を捕ってきてくれても、食料として捕ってきてくれるのは小動物な訳で……、その処理などステファニーには出来ない。となると、廃墟に銀狼が住み着いてステファニーが通うのが最善の形だ。
「オオカミくん、キミは街に連れて帰れないんだ。廃墟で待っててくれないかな?」
ステファニーが銀狼に、そう提案した。
銀狼は、項垂れる。
「またすぐに、会いに来るからさ」
ステファニーの言葉に、ピクン、と銀狼の耳と尻尾が立つ。
ステファニーには銀狼の感情が伝わってきたが、外見からも銀狼が何を考えているのか丸わかりである。
(単純だなあ、可愛いなあ)
ステファニーは、なんだか可笑しくなってきた。
一方の銀狼は、嬉しそうにステファニーの手を一舐めすると、廃墟に帰って行く素振りを見せた。
「いいこ、いいこ。よーし、ハウス!」
カプッ!
ペット扱いが気に障ったのか、銀狼はステファニーの手を一噛みし、スタスタ走り去った。