第十三話 楽園
ステファニーは天馬に乗って駆ける。
ステファニーはロウの瞳を得て、あることを理解した。瞳の記録を読み取り、魔物と通じる術を知ったのである。
ロウは知識として蓄えていたものであったが、ステファニーにとっては違った。
ピースがカチッと嵌まったような感触があり、身体中を電流が走った。ステファニーは魔物と心を通わせることが出来る。ステファニーは、魔物にお願いが出来る。
ステファニーは、この争いを終わらせることが出来るーー。
ステファニーには、それがわかった。
ーー助けを求めると、天馬が来てくれた。
ーーお願いすると、その背に乗せてくれた。
ーー戦場を共に、駆け巡ってくれている。
ステファニーと天馬は、夕刻の空を白光のように耀く。
ーー魔物たちの動きが止まった。
魔物たちはなにかに吸い寄せられるかのように、海を目指し、反転した。
各国の指揮官やS級の実力者たちは、その隙に兵士たちをまとめ、陣を整え始める。
ステファニーと天馬は駆ける。
天馬は戦場を一巡りすると、海上を沖へと進んだ。ステファニーは天馬の鬣を優しく撫でる。
「ありがとう。この辺りかなーー」
ステファニーの視線の先で、海が割れた。
浜辺からわずか数百メートルの沖に姿を現したのは、蒼に耀く竜である。
三十メートルはあろうかという巨体で、胴体が蛇のように長い。竜というよりも【龍】か。
また、龍の周囲数百メートルの範囲で海水が引いて行く。引き波で海に引きずり込まれていた兵士たちが多数姿を現した。息がある者が多数で、海水を吐き出し身を起こそうとしている。
「ありがとう、みんなを助けてくれたんだ」
ステファニーは、蒼色の龍に話しかける。
天馬から降り、龍との距離はわずか十メートル。ステファニーは少しずつ歩み寄る。
ステファニーには、龍の気持ちがわかる。警戒を解き、ステファニーに興味を持ってくれている。
蒼色の龍も、魔王と勇者の魔力により暴走してしまった。今は鎮まり、理知的な佇まいだ。
海に引き込まれた兵士たちを、ほとんど助けてくれた。
ステファニーが望んだからだ。
「【水神龍】と呼ばれているんだ。凄そうだね」
ステファニーは、蒼色の龍から伝わった意思を言葉にする。
「【水神龍】だと!? 神話級の【青龍】か……!」
「神話の時代のようだ……」
ステファニーの少し後方には、勇者の従者たちとS級の実力者たちが数名近付いていた。
龍のことを警戒していたようだが、呆然と立ち尽くしている。次第に、陣を整えていた兵士たちで動ける者は海底に沈んでいた兵士たちを救護し始める。
誰もが、魔物たちが止まったことを悟った。
「……」
ステファニーは、目の前の存在に心を奪われている。
並大抵の存在感ではない。
ただ圧倒された。
「ルミナ……」
同時に、亡き友のことを思い出す。
耀く鱗が光を反射している。銀色だ。
それが、ルミナの毛並みを思い出させた。
「キミの名前はなんて言うの? 私はステファニーだよ」
ステファニーは龍にそっと近づき、低く下げた龍の顔を優しく触れる。
戸惑う気配を見せた龍だが、されるがままに任せる。触れていると、意思疎通がしやすい。
まるで、念話をしているようだ。
「そうか、名前はないのか。じゃあ『ユリウス』って呼んでいいかな? 『ねえ』とか『キミ』じゃ、呼びにくいから」
ステファニーは龍を見上げる。
龍から、驚いたような感情が伝わってきた。
「ん? キミは龍だし、もう少し強そうな呼び方がいいのかい?」
ステファニーは首を傾げ、
「じゃあ、キミは耀いているから『ギンギラギン』とか『ギンビカギン』とか……」
と提案してみる。
途端に龍の目が泳ぎ出す。
「やっぱり『ユリウス』?」
龍は目だけで頷く。
「良かった! じゃあ、キミは『ユリウス』だ!」
ステファニーは嬉しそうに手を叩いた。
そして、
「ユリウス、私たちを助けてくれてありがとう!」
とステファニーはユリウスに礼を言った。
ユリウスはまた驚きの感情を伝えてきたが、それはすぐに優しいものとなった。
(ああ。優しいんだな、このコは……。ルミナを思い出すなあ)
ステファニーはユリウスの眼差しに気付く。
ルミナもそうだったが、優しい。
ヨーモニー大陸から、ナロー大陸まで攻め込んできた魔物ーー。津波を起こし、被害をもたらす凄まじい力を持っている。しかし今は暴走状態から解放され、ステファニーと通じ合うことができる。互いに、慈しむことができるーー。
嬉しかった。
ステファニーに悪意を持って石を投げる者もいれば、ルミナやユリウスのように寄り添ってくれる者もいる。
もう、他の魔物も止まっている。
「そういえば、勇者はロウの治療をしてくれただろうか……」
ふと気になった。
「ユリウス、ごめん。出会ったばかりだけど、戻らなきゃ」
ステファニーは、後方にいた天馬に向き直る。
「さっきの場所に戻ってくれるかい?」
ステファニーが天馬の鬣を撫でると、天馬は短く嘶いた。
「ありがとう、助かるよ」
そんなステファニーの姿を見て、寂しそうな雰囲気を見せるユリウス。
「ごめんね。また会いに来るよ」
ステファニーはそう言い、踵を返した。
が、ユリウスがステファニーに自分の鱗を差し出す。
「ん?」
ステファニーが鱗に触れると、ユリウスの気配がした。
どうやら、鱗に不思議な力が働いているようだ。詳しく調べてみたいが、今はロウのことが気にかかる。
「ユリウス、ありがとう。大事にするよ。これがあれば、一緒にいるような気がするね」
間もなく、日が落ちる。
「よし、行こう!」
薄暮時の空に、白い天馬がよく映えた――。
◇◆◇
『神授歴五一三年、晩秋。勇者は、魔王ローグバルフェルノを三日三晩に渡る激闘の末、破った。その場に居合わせた諸王や諸将たちは歓喜の雄叫びを上げた。残った魔王軍の魔族たちは命からがら逃げ散った。かくして、魔王のナロー大陸制覇の野望を勇者が打ち破ったのだ。
~中略~
魔王が最後の力を振り絞り、呼び寄せたのは魔物の大群であった。この難事を乗り切るため、配置していた精鋭たちが魔物の大群を迎え撃った。激闘の中に舞い降りたのは翼を持つ白馬――霊獣である。勇者は天馬の背に乗り、押し寄せる魔物に光の攻撃を加えた。更に勇者は海を割り、遂には水神龍を引っ張り出した。勇者が天馬と一矢の如く水神龍に突撃すると、水神龍は深手を負い、勇者に忠誠を誓う。勇者が、魔王に続いて水神龍を下して世界を救ったのである。
なお、魔王とともに魔物の大群を呼び寄せたのは【魔眼の魔女】と呼ばれる人間の女であった。魔女は魔王による洗脳を受け、魔王に操られていたとされるが、勇者は魔女の危険性を重要視した。勇者が魔王討伐の功により拝領した領土に搭を作り、そこへ魔女を幽閉したのだった――』
ーー【勇者ディーンフリード伝記】より。
ーー勇者の伝記は数多く伝わるが、どの伝記にも残っていない後日譚がある。
勇者が得た領土はナロー大陸の最東端。
ヨーモニー大陸と最も近い領土であり、広大な未開の地域である。領土の中心に位置する領都【ディーン】は良く知られているが、北部にある神域【北の森】も有名だ。
【北の森】はS級の魔物が多く生息し、近くの海域には【龍】が出没するという噂もあり、勇者領の北部を好んで訪れる物好きはいない。
ある意味、魔境扱いである。
この地を治めることが出来るのは、勇者しかいないであろう。
ーー【北の森】の深い樹々を抜けると、色とりどりの花が咲き乱れ、爽やかな風が吹く大地に出る。
泉は清らかな水を湛え、木立は清浄な空気を生み出している。魔物や動物たちが暮らす【楽園】だ。
そして小ぢんまりとした搭――【ルミナの搭】には【魔眼の魔女】が暮らす。
そこでの生活は、隻眼の男性従者をつけられただけの侘しい環境であったが、【楽園】で魔物や動物たちに囲まれ穏やかな日々だったという――。




