魔法使いにクラスチェンジ
〝素晴らしいバトルシーンだわ!!〟
〝魔法のエフェクトはどうやって撮影したの?〟
「海外の人も完全に映画かなにかと思ってるわね……」
翻訳ソフトを起動させながら、先輩はつぶやいた。
「困りましたね……ちょっと経てば落ち着くかと思ったんですが、続編を求めるコメントだらけですよ」
こんな状態になってしまうと、おちおち削除もできなくなってしまう。急に消して、逆に話題に火をつけたくもなかった。
「ごめんね……サイカの出血もあるから、運営側がR18で削除してくれないかなと思ってたんだけど」
結局、閲覧前にワンクリック注意が出るだけで、削除まではされなかった。
「先輩、どうします? 続けます?」
「私はやるよ。始めた責任があるし、シャーロットがちゃんと落ち着くまで、見捨てるつもりはないから。でも、神宮寺くんは抜けても大丈夫だよ」
「はあ……」
「謎の助っ人魔法使い、ってことで、一回限りの参戦にしとくから」
僕は悩んだ。先輩の言う通りにすれば、僕は関係ない一般人でいられるかもしれない。理性で考えれば、明らかにそうすべきだ。しかし、僕の中にほんのわずか残っていた自己顕示欲が、今になって強烈にあおり立てられている。
あんなにも、「すごい」と言われることが、僕の人生でかつてあっただろうか。い
や、記憶に残る限りはない。言われた台詞の一つ一つが頭の中で反響し、わんわんとまだ鳴り止まない。
……もっと体験したい。もっと先まで行ってみたい。どうせ、ただ生きていたって今と同じ、うだつの上がらない生活が続くだけだ。
「もし、先輩さえ嫌じゃなかったら……僕も、一緒に冒険させてもらえませんか」
「え? いいの、危険だよ?」
「……こんなこと言ったら、シャーロットさんに失礼かもしれないけど。楽しかったんです、すごく。もちろん、足手まといになるようならすぐ離脱しますから」
先輩は黙って、僕の顔をじっと見ていた。
「分かった。でも、本当に無理だと思ったらすぐに言うんだよ?」
「ありがとうございます」
「動画の収入の取り分は半々でいいかな?」
「いえ、とんでもない!!」
僕がだいぶゴネて、先輩が七、僕が三ということになった。パーティーに慣れるまで報酬はいらないと言ったのだが、それではダメだと先輩が譲らなかったのだ。
「んじゃ、これからまたダンジョンに行こうか。私は着替えて行くけど、君の最低限の装備は、シャーロットに言えばもらえると思うから」
「は、はいっ!」
やがて準備が整う。僕は緊張しながら、壁の魔方陣をくぐった。ああ、でも……楽しみだ。
ダンジョンの入り口に降り立つと、こもった空気のにおいがする。しかし、よく見ると前回の場所とは違うところに出ていた。
「あれ、微妙にズレてますね?」
「安全のためよ。移動陣から出てきたての人間を襲って報酬を横取りする、そんなセコい盗賊も出るみたいだからね。毎回同じところに出てたら、カモになるみたいなもんでしょ」
「なるほど」
確かに、石にしても宝物にしても、他人から横取りすれば、自分は危ない目に遭わなくてすむ。合理的だけどムカつく考えだな。
「それにしても、パーティーの人たちとはどうやって合流するんですか?」
「あ、それもこの鳥さんにお任せ」
先輩は胸元から、機械の鳥を出した。……いつの間に回収していたのだろう。
「マップ機能が使えるから、一番近いところにいる仲間のところに連れて行ってくれ
るよ。合流したら、配信始めよっか」
「わかりました」
僕たちは魔方陣で第二層まで移動し、後は鳥の後についていった。時々横手からモンスターやら冒険者やらが襲ってくるが、それは先輩が殴り倒してくれた。
「せ、先輩ホント強いですね……」
「違うわよ。ダンジョン入り口付近だから、そんなに強い相手がいないってだけ。下層に行けば、冒険者もモンスターももっとガチになるって、レックスが言ってた」
「へえ。レックスさんは、もっと下層まで行ったことがあるんですか?」
「うん。このダンジョンは全部で五層構造らしいんだけど、その四層目まではあるみたい。でも、四層目からモンスターの構成がガラっと変わって、無理だったって言ってた」
それならばかなりやり手の冒険者だ。シャーロットさんが頼りにするのも無理はない。しかし、屈強そうな彼でも無理なモンスターって、どんな奴が出てくるんだ?
「あ、噂をすれば本人がいたわよ。レックス!」
鳥が、レックスさんの頭上で旋回していた。先輩が嬉しそうに駆け寄る。
「聖女様。……それに、お連れの魔導師様も」
レックスさんは頭を下げた。
「本来なら跪礼すべきですが、戦場ゆえにご容赦を。さ、こちらへ。姫がお待ちです」
言われるがまま彼についていくと、広場に出た。そこでシャーロットさんたちが、キャンプを張っている。たき火をしているのにあまり周りに光が広がっていないのは、魔法で出した火だからだろうか。
「まあ、お二方!」
シャーロットさんは僕たちに気付くと、飛び上がって喜んだ。先輩はそこで鳥を起動させ、実況に入る。
「……ってことで、今回はダンジョンの第二層から開始します。シャーロットたちと、無事合流できました」
先輩の実況は淀みがない。……というか、こんなにぶつぶつ喋ってて、シャーロットさんたちは何も思わないのかな?
「あ、えっと……お名前は……」
「あ、僕は……アオです。そう呼んでください」
戸惑うシャーロットさんに、僕は答える。とっさに、本名の一部を名乗ってしまったことを後悔したが、もう遅い。
「アオさん、よろしくお願いします。聖女様のいつものお祈りが済むまでは、ここでじっとしていましょうね」
「え? お祈り?」
「聖女様は、ああやって時々天空の神々とお話をされるのです。私たちにはさっぱり見えないのですが、神々が近くまで御使いをよこされる時があるらしくて。聖女さまのお強さは、そこからきているんです」
「あ、はあ……そうですか……」
先輩、うまいこと丸めこんだな。その言い訳を聞きながら、僕は感心していた。
「今回からこの子も一緒に冒険しまーす。前に大きな魔法を放った子、覚えてる? まだ装備が全然なので、これからドレスアップするね!」
先輩の話がようやく終わった。
「……ってことでシャーロット、悪いんだけどこの人に装備を分けてあげてくれないかな。魔法使い用の一式があれば助かる」
「お任せ下さい! さ、アオ様。こちらへどうぞ」
僕はシャーロットさんに引きずられるようにして、端の方へ向かった。そこには休憩用なのかテントが張ってあって、その中でサイカさんが寝ている。
「ごめんなさい、サイカ。少し、魔法使い用の装備を選んで欲しいのだけど」
シャーロットさんの声を聞くと、サイカさんはすぐに起き上がった。そして、品定めするような目で僕の全身を舐めるように見る。
「……よろしい。まずは、これを持ってみよ」
サイカさんが気安く言いながら差し出したのは、大きな杖だった。僕の身長よりも長く、しかも先には大きな水晶のような石がついている。
「無理です」
僕は早々に白旗をあげた。僕の細い腕では、とても支え切れそうにない。
「いいから持ってみろ。儂の目が確かなら、持てるはずだ」
サイカさんの視線は鋭かった。しばらく待っても諦める気配のない彼を見て、僕はため息をつくしかなかった。
「落として壊すかもしれませんよ」
そう断ってから、僕は杖を受け取った。──だが、その軽さに逆に驚く。一瞬、掌の上に何も載っていないように感じたくらいだ。
「どうしてこんなに軽いんですか?」
「あんたに、魔術の才能があるからさ。逆に何もなければ、レックスのような大男だって持てはしないよ」
サイカさんはそう言って、楽しそうに笑った。