めちゃくちゃバズった
本来なら、なんの属性もない剣に炎の魔法を移して攻撃したり、逆に防具に呪文をつけて呪いから身を守ったりするためのアイテムだそうだ。
「じゃあ、スマホの機能をあの鳥に移したんですか?」
「当たり。説明しても分かってもらえないだろうから、あれは単なる偵察鳥ってことにしてるけどね」
カメラのアングルがちょいちょい変わるなとは思っていたが、そういうことだったのか。ようやく納得できた。
「それにしても、なんで配信なんか始めたんですか? 穴の存在を秘密にしてるってことは、異世界のことはあんまり知られたくないんでしょ?」
「まあ、それはそれ、これはこれというか」
先輩は少し舌を出した。
「神宮寺くんは買いかぶってくれてるみたいだけどさ。私、そんな聖人君子じゃないんだわ。いくらシャーロットのためとはいえ、異世界ダンジョンで命かけてるわけじゃん? そうしたらさ、少しは見返りってやつが欲しくない?」
「……まあ、それは僕でも、欲しくなるかも」
「だよね。シャーロットも冒険者や傭兵を使うことがあるから、それはちゃんと分かってくれてるんだけどさあ……困るんだよね。金細工とか宝石とか魔力の石とかもらっても、あっちの世界で換金できなくて」
先輩は普通の会社員だ。そんな人が急に金銀財宝を換金しようと持ち込んだら、犯罪で得た物だと疑われてしまうだろう。
「そんなお金持ちの伝手なんかないしさ。だから、配信なの。こういう異世界風の世界なら、映画とかCGとかゲームだと思ってくれる人、多そうだし」
運良く人気が出れば、誰に恥じることもない収入が手に入る。先輩は安全性を考えて、そっちを選んだのだ。ちなみに身バレしたくないため、動画サイトをやっていることは死んでも口外するつもりはないという。
「まだまだバズるにはほど遠いけどね。もしそうなったら、他人のそら似で押し通すつもりだからヨロシク」
「わかりました」
ようやく長い話が終わり、僕たちは外に出た。すると、サイカさんたちを覆っていた水が綺麗に消えている。治療が終わった、ということだそうだ。
「聖女様、お若い方よ。助けてもらい礼を言いますぞ」
さっきまで死にそうな顔をしていた老人は、深々と頭を下げた。下の方が血に染まった白い髭と、切り裂かれたローブだけが大怪我の痕跡を残している。
「サイカ。歩けるようになったのね、良かった」
「おかげさまで。今日は味方の損害も大きく、物資が足りなくなったため外へ出ることになりました。お二方もどうぞご帰還ください」
「あ、そうなの? それなら、ちょっとサイカに相談があるんだけど……今から動けそう?」
「はい。何なりと」
「いつもの通り道なんだけど、モンスターが通り抜けられるようになっちゃってたら
しいのよ。一緒に来て、塞いでくれないかな」
「これは異なこと。……ダンジョンの階層が変わって、負荷が増したのかもしれませんな。もちろん、参ります」
サイカさんは僕たちの先頭に立って歩き出した。しかし彼がいくつか道の角を曲がると、明らかに行き止まりの場所に出てしまった。
「ここは……」
「いいから、サイカに任せて」
サイカさんは壁の前に進み出ると、すっと右手をかざした。
「惑いの神ヒジタシオン、隠されし通路を我がために、我が同胞のために開かん。インビジブル・ロード」
詠唱が終わると同時に、壁に魔方陣が浮かび上がる。それは人の全身を包み込めるほど大きく、消えかけの信号のように点滅していた。
「長くは持ちません。さ、速く」
サイカさんはそう言うと、魔方陣の中に飛びこんでしまった。僕が途方に暮れていると、先輩が手を引いて走り出す。結局、二人でほぼ同時に壁の中に飛びこんだ。
夜のイルミネーション。壁の中はそんな感じだった。漆黒の闇の中に、光る道が浮かび上がっている。そしてその道は、端の方からゆっくりと消えていっていたのだ。
僕らは小走りで道を抜け、光る道の最後に到達する。すると一気に闇がさあっと引いていき、周囲はただの岩ばかりの洞窟になった。
「ここ、動画で見たことある……」
「ダンジョンの一層目よ。さっきいたのは二層目。この遺物はちょうどピラミッドの逆みたいになってて、ここが一番広いの」
先輩は淡々と語る。
「い、一瞬で建物の一階分を移動したってことですか!?」
「そうなるわね。便利な仕組みよ。ま、術者以外が勝手に利用できないように、持続時間が短めなのが欠点だけど」
そして先輩はまたそこから小道へ進んだ。また、なんの変哲もない岩壁の前で、サイカさんが呪文を唱える。魔方陣が浮かび上がってきたが、さっきとは違う図柄で、おまけにあちこちがほころびていた。
「……これが先輩の部屋とつながっている魔方陣ですか」
「そうよ。ここが魔法の本体で、ここから現実世界とダンジョンを行き来するの。さらにあっちの分体で、第一層、第二層……と踏破した階を行き来できるようにしてあるの。もちろん、普段ならどっちにも勝手にモンスターが入り込むことはできないんだけど……」
「新たな階層に到達した時、ダンジョン自体が地響きを起こしておりましたからな。何らかの原因で構造が組み変わったとすれば、その時に壊れてしまったのでしょう。……しかし、これで大丈夫ですよ」
サイカさんは、慣れた手つきで魔方陣を組み直した。
「ありがと。これで安心して眠れるわ」
「本当に、お世話になりました」
僕たちはサイカさんに手を振って、ようやく現実世界に戻ってきた。時刻は朝の四時。眠気と同時に、強烈な疲労が全身を覆う。……本当に、今日が土曜日でよかった。
「神宮寺くん、床でよかったら寝ていきなよ。なんかもう、今にも倒れそうな顔色してるし」
「あ、ありがたく……」
普段なら絶対に遠慮するのに、この時の僕はそれをする余裕すらなかった。先輩が持ってきてくれたタオルケットにくるまると、そのまま目を閉じる。
「あ───ッッッ!!」
先輩の悲鳴のような声が聞こえて、ようやく僕は身じろぎした。意識が途切れているから、タオルケットにくるまると同時に寝落ちしていたようだ。
「せんぱい……どうしたんですか……」
僕がのろのろと聞くと、先輩がパソコンの前で固まっていた。後ろからそれをのぞきこむと……。
「え、この再生回数おかしくありません?」
動画サイトの閲覧数は、おすすめにあがってくるものでも、数百から数千であることがほとんど。数万になると人気製作者であり、それを安定して出せれば暮らしていけるくらいの収入が手に入る。
なのに。僕たちの──大騒ぎになってしまった昨日の配信は、たった一夜で百万再生を叩きだしていた。チャンネルの登録者数も、増え続けている。
「せ、先輩……」
「どうしよう。あの鳥を止めるの、忘れてた」
「どうしようったって、どうしようもありませんよ……」
先輩はマウスを持ったまま固まっていた。大変なことになってしまったという衝撃と、お金になるかもしれないという思いがぶつかり合っているのがよく分かる。
「……とりあえず、今日は解散して、家でちゃんと寝ましょう。混乱したままだと、
いい考えが浮かばないかもしれないし」
「そ、そうね。数日経ったら、きっと落ち着いてるわよ」
しかし、僕たちの考えは甘かった。ネットというのは、ある臨界点を超えてしまうと際限なく情報を拡散していく。僕たちの配信は海外の人にも見つかってしまい、再生数はついに一千万回を超えてしまった。
次の週末、僕と先輩は、再び同じ部屋に集まり、パソコンの前で困惑しきっていた。