先輩の悲しい別れ
先輩も成長し、技が磨かれたことでますます格闘能力が上がっていった。相手が受け身をとっても怪我をすることがあり、親御さんが危機感を抱いたのだという。
「手加減しなさいって言われるんだけど、集中してるとどうしてもそれができなくてさ。そういう意味では、まだまだ未熟だったんだろうね」
両親に諭されて、先輩は格闘技を諦めることになった。高い身体能力を生かさないのは勿体ないので、個人競技である陸上に転向。幸い記録を伸ばすことに楽しみを覚えるようになり、先輩は二度と格闘技に手を出すことはなかったという。
「それが、なんの因果か……コレよ」
いきなり部屋の中に出てきたモンスターで、先輩の秘めた格闘センスが一気に蘇ってしまったのだろう。最初のゴブリンは自業自得とはいえ、かわいそうな目にあったものだ。
「でも、ゴブリンを殴り倒しても、全然穴はふさがらなくてね。今度同じようなモンスターが来た時、私がいなかったら町に出ちゃうわけじゃない?」
「そうですね。先輩も仕事があるから、ずっと見張ってるわけにもいかないし……」
「なんとか板でも打ち付けて塞ぐしかないかな、って思ってたら、今度はレックスっておじさんが出てきたの」
「……殴ってないでしょうね」
「殴っちゃった。妙に高い声をあげて倒れたから、ちょっと面白かったけど……しばらくして、人だと気付いた時には焦ったわね」
レックスさん、本当に可哀想に。
「その後からシャーロットが追いかけてきたのよ。さすがにすぐに女の子だと分かったから、そっちは殴らなかったけど」
シャーロットさんに話を聞くと、驚くべきことが分かった。奇妙な穴で二つの世界がつながってしまっていて、向こう側のダンジョンから化け物が漏れてきているという。
「……そんなこと、よくあることなんですか?」
「たまにあるらしいわ。ダンジョンの中で誰かが強力な魔法を使うと、その代償として空間が歪むことがあるんですって」
ことの次第を理解したシャーロットさんは、すぐに手段を講じた。穴を仮魔法で塞ぎ、特殊な呪文を唱えない限り行き来できないようにした。
「本当は完全に塞いでしまいたいけど、それには膨大な魔力がいるから無理なんだってさ」
これでとりあえず現実世界に迷惑はかからなくなった。その上で、シャーロットさんはひとつ頼み事をしてきたと言う。
「その体術、名の有る方とお見受けします。──どうか私たちと一緒に戦っていただけないでしょうか!!」
「……それでパーティーに。よく受けましたね、そんな依頼」
僕がそう言うと、先輩はふっと辛そうな笑顔になった。
「似てたから」
「え?」
「シャーロットが、似てたの。事故で死んだ、私の妹に」
先輩の妹さんの話はさっき出てきたが、まさか亡くなっていたとは。僕の背筋に、寒気が走った。
「大会に出るから……お姉ちゃん見に来てね、って言って朝に家を出て。いつまで会場で待っても現れないから不戦敗にされて、何回メッセージを送っても既読がつかなくて。やっと電話がかかったと思ったら、警察からの電話だった。トラックから崩れた鉄骨が頭に直撃して、即死だったって」
僕はなんて言っていいか分からず、ただ唾を飲みこむしかなかった。
「ずっと悔しかった。妹が死んだことはもちろんそうだけど、他にも」
他のことなんてあるんだろうか、という僕の視線に、先輩は気付いて言葉を継いだ。
「あの子はいつも大会の優勝候補。勝つことが、戦うことが、いつもとても楽しそうだった。でも、最後の日は──その場に立つことすら許されなかった。きっと死の直前まで、大会のことを考えていたに違いないのに」
「……その思いが、シャーロットさんとの再会で蘇ったということですか?」
「うん。あの子が生まれ変わって、言ってきた気がしたの。もう一回、戦わせてって。……もちろん、シャーロットにはこのことは言ってないけどね」
「分かりました。僕も言いません」
僕が言うと、先輩はにっこりと笑った。
「それにしても、ここってモンスターがうようよいるダンジョンですよね? シャーロットさんたちは何の目的があって、こんなところに」
「宝探しだってさ」
「宝?」
「宝玉。日光石と月光石、それに星光石っていう三つの石。それを三つそろえた者が、あの子の国では正当な王様と認められる。その石を探して、シャーロットたちはダンジョンの奥へ潜ろうとしてるの」
「じゃあ、前の王様は亡くなったんですか。それでも、そんなシステムだと空位状態
ができて大変ですよね」
日本にも、三種の神器というものがある。しかしそれは厳重に管理され、散逸することなど現代ではありえない。ひとつの王家が持っていれば継承もスムーズだろうに、なぜダンジョンなんかに隠したのか。
「……実はね、シャーロットはもともと王女様だったの」
「ええ!?」
「三つの石も、王宮でちゃんと保管されてたんだって。でも、ある時重臣たちが反乱を起こして、国がメチャクチャになった。その時、国王様が心ある家臣たちに石を託して、どこかに隠すよう命じたそうよ」
散った家臣たちは、反乱軍に石を見つけられないよう、人外未踏の地に分け入ってそれを隠した。彼らは一人として生きて戻ってはおらず、人の口からそのありかを聞き出すことはできない。
「……それで探してるのか。でも、石が欲しいのは反乱軍も同じですよね?」
「ええ。一応、偽物の石を作って、譲位がなされたことにしているみたいだけど……
みんな、薄々事情に気付いてる。だから、反乱軍側も本物を探してるわ」
「そいつらより早く、石を見つけないといけないわけですか……」
「ええ。ダンジョンの最下層は隠し場所にうってつけだから、皆が重点的に探してるの。冒険者たちでごった返してるのはそのせいよ」
統治のために欲しい王族や反乱軍。それにつけこんで高値で売りさばこうともくろむ冒険者たち。石と同じように三つに分かれた勢力は、未だ終わりが見えない戦いを続けているのだそうだ。
「しかし、格闘能力はともかく……あの魔法はどうしたんですか」
「サイカに訓練してもらったのよ。魔力の才能の芽さえあれば、体術と同じように練習で伸ばすことが可能なんだって」
魔法にはいくつか属性があり、全く適性がないものは教えてもらったところで開花しないという。先輩は回復系に特化した素養があるが、僕が出したような攻撃系の魔術は全然ダメだったそうだ。
「毒が全然効いてなかったのもその影響ですか?」
「動画配信でやってたか。そうだよー、回復魔法の一部に、毒や状態異常の回避っていうのがあるから。私、ずっとそれをかけてるから大丈夫なの」
「ずっと? それって疲れません?」
「ううん、全然」
体力によるものなのか、それとも魔法の適性によるものなのか……どっちかは分からないけど、すごいな。
「人のことばかり聞いてるけどさあ、神宮寺くんもすごかったみたいじゃない? もしかして、今までにも魔法を使うことってあった?」
「あるわけないでしょう。だったら、営業でもっとラクしてますよ」
「あはは、そっか」
先輩は苦笑した。
「あ、最後に謎が一つ。この世界が本当に異世界だとしたら、どうやって配信してるんですか?」
「それなら簡単だよ。頭の上に、妙な鳥がいなかった?」
「……いましたね」
「あれが画像の記録と転送を行ってるの。いわばスマホ代わりね」
「ここって、そんなに科学技術が発展した国なんですか?」
それなのに剣と魔法で戦っている、というのが解せない。
「ううん、あれはズルみたいなもの。レアアイテムの中に、ある物体の『機能』を他の物に移せる、ってやつがあってね」