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貫け、豪炎の槍

 彼は朦朧とする意識の中で、何やら一心に呟いている。彼の目の前に魔方陣が浮かんでは消え、またかすかに浮かび上がった。


「貫け……フ……レイム……ランス……」

「彼は強力な魔法を唱える気です。この状態でもし放ちでもしたら、暴発の可能性もありますよ!」

「……分かりました。皆、撤退。動ける者はレックスに続いて、第一層まで移動を!」


 その指示を聞いて、屈強な騎士がサイカさんを抱え上げた。おそらく彼がレックスさんなのだろう。


「殿は私が。あなたも急いで!」


 シャーロットさんに袖を引かれる。だが、僕は両足を踏ん張ってそこに留まった。


「……僕は、先輩を助けるまでは、行きません」


 わかっている。こんな杖を持ったところで、自分には何もできないかもしれないことくらいは。それでも、杖に集まり始めている熱に気付いてしまったら。その可能性に気付いてしまったら。──もう、後には引けない。


「だって、先輩は、僕を助けてくれたんだから!!」


 何の得もないのに。他の人に呆れられながら。だったら僕も、一度くらい同じように助けたい。


「貫け! フレイムランス!!」


 サイカさんと同じ呪文を唱える。すると、蜂に向けていた杖の先端が大きくふくれあがった。まるで炎で溶けたガラス細工のように赤く染まったそこから、一気にすさまじい熱と火の塊が噴き出す。僕はそれをコントロールできず、思い切りのけぞってしたたかに背中を打った。


 己の痛みに耐えていると、空中からさっきとは比べものにならないほど大きな爆発音が響く。


「当たった、落ちてくるぞ!」

「聖女様を見失うな!!」


 レックスさんを筆頭に、人が前方へ走っていく。僕が息をつめてその様子を見守っていると、やがてレックスさんが先輩をお姫様抱っこして帰ってきた。


「ご無事ですか!?」

「心配ありません、気を失っておられるだけのようです」


 ちくりと嫉妬が胸を刺すが、それよりも先輩に大きな怪我がないと分かった安堵の方が大きかった。


「良かった……」


 僕が息を吐くと、急に胸元に柔らかいものが飛び込んできた。とっさにそれを腕で受け止める。


「どなたか存じませんが、本当にありがとうございました!」

「し、シャーロットさん!?」

「あなたのように強力な魔術師と会えて、幸運です。おかげで、仲間を誰も失わずに済みました」


 僕は戸惑うが、興奮しているのはシャーロットさんだけではなかった。


「本当だぞ、あんな威力の魔法見たことがない」

「キラービーの大型変異種が、一発で吹き飛ぶなんて思わなかった!」

「あんたの師匠は誰だい? 魔術院はどこから?」


 かしましく聞かれて、僕は目を白黒させるしかなかった。本当にサイカさんの真似をしただけで、特別なことなど何もない。


「あの、杖がすごいだけだと思いますけど……」

「その杖は、魔力がないと魔法が出せないのですよ。才能がおありなんですね」


 シャーロットさんが微笑む。そんなことを言われたのは初めてで、僕はぼーっとなってしまった。


「う……」


 その時、周囲の声がうるさかったのか、先輩がわずかに動き出した。


「うえ……」


 まだ酒が残っているのか、いつもの元気はない。だが、徐々に瞳に光が戻り始めていた。


「……神宮寺、くん……?」

「先輩、体調は? どこか痛いところはありませんか?」

「……酒でちょっと気持ち悪いだけ。何かあったの?」

「説明は後です。サイカさんが、死にかかってます」

「サイカが!?」


 先輩は弾かれたように起き上がった。そして人混みの中、顔色をなくしてぐったりしている彼に歩み寄る。


「聖女様、治せますか」

「もちろんよ。他の怪我人も彼の周りに集めて!」


 先輩の指示に従い、レックスさんが怪我人たちをひとところに集める。準備が整うと、先輩はしゃんと真っ直ぐに立ってみせた。


「癒やしの女神……」

「エーティウス」

「それよ、汝の傷ついた僕たちに慈悲を賜らん。彼らの傷を癒やし、再び立ち上がらせたまえ。ヒール・ウォーター!」


 先輩の足下に魔方陣が浮かび上がり、そこからどっと水が噴き出す。水は空気中に出ると、すぐに丸い水球となり、倒れている全員をすっぽりと包み込んだ。


「ち、窒息したりしないんですか?」

「大丈夫。吸い込んでも、かえって体の中の傷が治るくらいだから」


 先輩はそう言って淡々としていた。その言葉を裏付けるように、サイカさんや他の人たちの傷が、目に見えてふさがっていく。十分もすれば、見た目には完全に分からなくなっていた。


「聖女さま……」

「良かった、サイカ。意識が戻ったのね」


 サイカさんの瞳には光が戻り、先輩と交わす会話もしっかりしている。それにほっとした瞬間、何かが空中で羽ばたく音がした。──虫ではない。


「これは、鳥の羽音?」


 音を出しているのは、スズメにそっくりな鳥だ。しかしその翼は金属でできていて、腹には大きな鋲がとまっている。あまりに精巧な機械作りの鳥に、僕は思わず息をのんだ。


 鳥はこちらと常に一定の距離を保ち、誰かの肩にとまることもなく空中を旋回している。僕たちに危害を加えるつもりはなさそうだったが、なんだか不気味だ。


神宮寺じんぐうじくん……話、できるかな」


 鳥に気をとられていると、先輩がちょっとバツの悪そうな顔で手招いてくる。二人だけで話がしたい、というので、僕はおとなしくついていった。


 尖った岩がないところに腰をかけ、先輩は呪文を唱える。そして僕たちの回りを繭のようなものですっぽり包んだ。


「これで中の声は外に聞こえない。逆に、外の物音はこっちに筒抜けだけどね」

「はあ……」


 つくづく魔法というのは都合がいいものだ、と僕は感心した。


「なんでここにいるの? 私、飲み会の途中から全然記憶がなくて」


 そこで僕は、ここに来るに至った経緯を全て説明した。送っていく話で唸りだし、女の子が逃げ出したところで顔を手で覆う。僕が巻き込まれたというクライマックスにさしかかると、先輩はいつのまにか土下座をしていた。


「ほんっっとに危険なことに巻き込んでごめん!!」

「いえ、あれは事故みたいなものですし……でも、最初から事情を話してもらえると、助かります」


 僕が言うと、先輩はうなずいた。


「全ての始まりは、ある日突然、私の部屋に奇妙な穴が開いたことからだった」

「僕が引きずり込まれた、あの穴ですか……」

「そう。穴とこっちの出口の間はワープ空間になってるらしくて……その穴から、いきなりゴブリンが顔を出してきた」


 帰宅した先輩は、不意にそのゴブリンと目が合ってしまった。そして不審者だと思い込み、殴り倒してしまったという。


「……先輩、ちょっと話を折りますが。そもそも格闘技なんてやってないのに、なんでそんなことができたんですか?」


 すると先輩は、ちょっとバツが悪そうな顔をした。


「実は、やってたんだよね。格闘技」

「そうだったんですか!?」

「でも、続けたのは妹だけ。私は、両親に辞めさせられたから……実質やってたのは、一、二年ってとこじゃないかな」

「辞めたんじゃなくて、辞めさせられたんですか?」


 姉妹は良くて、先輩はダメなんてひどい話だ。その嫌な思い出があって、今まで誰にも話さなかったのだろうか。


「うん。『このままやってたら、お前はいつか人を殺す』って言われてね」

「……え?」


 先輩は幼くして、その格闘センスと怪力でのし上がっていった。年上の女性たちはもちろん、同年代の男子とやっても勝つようになり、しばらくするとその名は県を超えて轟き始めたという。


「やればやるだけ上手くなっていくのも、敵が強くなっていくのも楽しかったのよ。

……最初はね」


 しかし平穏な日は終わる。

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