仲間との別れ
叫ぶ声と同時に、拳が振り下ろされた轟音が響く。陥没したキマイラの頭蓋骨が奇妙に尖った形に歪み、そして小さな破片となって四散した。全ての頭部を破壊された怪物は、数秒たたらを踏んでからどうっと倒れ込む。
一秒。二秒。……そしてそれ以上経っても、怪物は起き上がってこなかった。僕の荒い呼吸も次第に落ち着き、室内に静寂が満ちる。
『よくぞキマイラを退けた、勇者たちよ』
それを切り裂いたのは、待ち部屋にいたときに響いてきたのと同じ声だった。
『ここに迷宮最深部は攻略された。栄光を称え、宝物を与えよう』
キマイラの死体が上から糸で吊られているように持ち上がり、空中で小さく凝固していく。やがて死体は野球のボールほどの球体となり、オレンジ色の光を放つようになった。──説明されなくても分かる、あれが太陽の宝玉だ。
仲間たちの間で視線が交わされる。それは最終的に寄り合い、一人のところに収束していった。
「姫様」
「シャーロット、行ってきな!」
最初はためらっていたシャーロットさんだったが、やがて気を取り直したようにうなずいた。そして一歩一歩、玉座の前を歩くときのようにぴんと背筋を伸ばして宝玉に近付く。
「……ありがたく頂戴いたします」
シャーロットさんの伸ばした手に、宝玉はすとんと納まった。彼女はそれを大事そうに懐に抱え、僕たちのところへ戻ってくる。
「聖女様、アオ様。そしてみんな……本当にありがとうございました。一つ大きな目標を達成できたこと、嬉しく思いま……ますっ」
最後は泣き出してしまってちゃんとした言葉にならなかった。先輩がシャーロットさんに肩を貸し、その頭をやさしく撫でる。シャーロットさんの泣き声が小さくなるまで、ずっとそうしていた。
先輩は、妹さんにもこうしてあげていたのかもしれない。二人の道は突然途切れてしまったけれど、妙な縁で異世界でも妹のような存在を得た。……それが少しでも、傷を癒やす結果につながることを、僕は静かに祈った。
「……姫様、噂はどうやら本当だったようです」
サイカさんの声が聞こえてきた。皆がはっと顔を上げ、サイカさんの指さしている方を見やる。床に光の渦が生まれ、入れと誘うようにゆらゆらと揺れていた。見た瞬間に悪いものを感じないから、きっと出口なのだろうと僕は思った。
「まず最初に俺が行ってみる。皆はここで待て」
ナインさんが光に乗る。すると光は、もう一人分のスペースを確保するように大きく広がった。
「……もしかして、一緒に乗れと言っているのか?」
「全員一緒じゃないと作動しない魔方陣、みたいなもんかしらね。シャーロットまで巻き込むのは悪いけど、付き合うしかなさそうよ」
先輩に言われて、ナインさんは肩をすくめた。僕とサイカさんはそれを見て、ナインさんの横に立つ。予想通り、光はますます大きく広がった。
「では参りましょう、聖女様」
「おっけー! 飛び込むなら同時よ!」
先輩とシャーロットさんが、文字通り渦に飛び込んできた。その瞬間、光がぐんと強くなり天井近くまで達する。地震が起こったような下からの強烈な突き上げを感じた次の瞬間、僕の視界は真っ白に染まった。
「……ここは……」
意識が戻ると、そこは見慣れたダンジョンの入り口だった。冒険者たちのド真ん中に出てしまったらしく、吹っ飛ばされたらしい人が何人か周囲で尻をこちらに向けている。
「す、すみません……」
僕がおそるおそる謝ると、そのうちの一人が起き上がった。鎧から見える精悍な顔立ちが、明らかに怒っている。
「バカ野郎!! 転移魔法、失敗しやがったな。魔術師はどいつだ!!」
「ぼ、僕なんですけど僕のせいじゃないです!!」
「何ワケの分からねえこと言ってやがる!?」
僕も彼の立場じゃなかったら、同じように思うだろう。慌てて二の句を継ごうとしたとき、先輩が僕の前に進み出た。
「しょうがないでしょ! ダンジョンを攻略したご褒美で、最深部からここまで飛んできたんだから!」
その言葉で、ざわついていた周囲が一気に静かになった。しかしそれもわずかな間だけで、すぐに怒号があがる。
「嘘つくな!」
「たった五人、しかも女やひょろい奴ばっかりのパーティーで、そんなことできるわけないだろ!」
その声を聞きながら、シャーロットさんと先輩は目を見合わせていた。
「……見せても?」
「いいわよ。近寄ってくる奴がいればバキバキにしてあげるから」
先輩の台詞を聞いてから、シャーロットさんはゆっくりと懐に手を入れる。そして、ますます輝きを増した宝玉を取りだした。
シャーロットさんの掌にのせられた宝玉から発する光は、薄暗いダンジョンの入り口の隅々まで照らす。それを見て、偽物だと言う者は誰もいなかった。
「本物だ……本物の、太陽の宝玉だ!」
「じゃあ、キマイラはもう倒されちまったのかよ! 何のために金かけて準備して、ここまで来たんだ!?」
怒声が感心に変わったり、逆に後悔に変わったり──反応は色々だったが、僕たちは襲われることなく遠巻きにされていた。キマイラが強敵であることはみんな知っていて、それを倒した僕たちは畏怖されているようだ。
「姫様。お披露目も済みましたし、そろそろ拠点に帰りましょうぞ」
周囲にシャーロットさんの正体を明かさないよう、小さな声でサイカさんが言った。ナインさんが二人を守るように後ろにつく。
「拠点まで大丈夫? 私たちもついて行こうか?」
先輩が言うと、シャーロットさんは微笑んだ。
「いえ、街中で不覚はとりません。……聖女様もアオ様も帰って、早くお休みください。今日は特にお疲れでしょう」
そう言われて、僕は背中も肩もバキバキに凝っていることに気付いた。あの業火の目前にいた時に、知らず知らずのうちに強張っていたのだろう。
「そうさせてもらうわ。流石にクタクタ。シャーロットたちも早く休みなさいよ」
先輩が手を振ると、シャーロットさんは少し迷ったようにしてから、口を開いた。
「……また、会えますか?」
先輩は笑ってうなずいた。
「世界と世界がつながってる限りはね」
そう、先輩はきっと会いにくる。亡くした妹と似た彼女が、真の幸せをつかむまでずっと。──なんだかんだで、僕もそれに付き合うのだろうなと思った。




