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三つの頭

 炎が一点に収束し、猛烈な火炎放射が始まった。何重にも重ねられた氷の防壁がみるみる溶け、水が湯を通り越して蒸発していく。一瞬にして周囲はサウナのような熱気に包まれ、視界を白い霧が覆った。


「さすがに強力……でも、これなら!」


 氷の盾が完全になくなる前に、火炎が途切れた。キマイラが忌々しげに唸る声が聞こえてくる。


 視界が開けると、室内の様子も見えるようになった。部屋は思ったより遥かに巨大で、体育館どころかドームほどの大きさがある。まるでそこに神殿があったかのように巨大な柱が建ち並び、水路のかわりに油が流れている溝がその間を埋めていた。


 キマイラは数ある柱の頂上に器用に足を乗せて、挑戦者である僕たちを憎々しげに見下ろしていた。


 ここでようやく、残りの頭を視認することができた。腹から生えだしている真っ黒な山羊の頭と、尾のところで鎌首をもたげている緑の蛇。どちらの頭も、火炎を受けきった僕たちをにらみすえていた。……一応、僕らの世界の伝承通りの姿であったことに一片の安堵をおぼえる。


「部屋が広いけど、作戦に変更はなしでいいのね!」

「はい。打ち合わせ通りに、まずは散開してください!」


 まずは敵の攻撃手段を知らなければならない。冒険者たちの死に様から、あのライオンの頭が炎を使ってくることは確実だが……残る二つの頭がどう動くか、見極めなくてはならなかった。


「隙あらば残り二つは狩ってしまいたいところだがな!」


 ナインさんが山羊の頭に近寄り、死角から素早く斬りかかる。しかし、そのナイフを振り切ろうとしたところで、慌てたように片足を止めた。そして、とんぼ返りで近くの柱に飛び移る。


 次の瞬間、ナインさんがいた位置を無数の鎌鼬が駆け抜けていた。頑丈そうな柱

に、爪でひっかいたような傷跡がいくつも刻まれる。


「山羊の頭は風使いか……!」


 これは厄介だ。単体でも戦闘力がある上、火炎の流れを風で変えられるとしたら、防御のやりにくさが格段に上がる。さっき火炎放射がバカ正直に真正面から来たのは、向こうが様子見をしたからにすぎない。


「残る蛇の頭は、一体なんじゃ……?」


 サイカさんの疑問に答えるように、蛇の体がしなった。その体はロープのように細く伸びて、後ろにいたシャーロットさんの足首をとらえる。


「な、なに!?」


 噛んで毒を入れるのか、締め上げるのか。次の動きをうかがっていた僕の前で、シャーロットさんの体が下に向かって叩き落とされた。


「くそ、狙いはそっちか!」


 シャーロットさんの落下地点には、油が流れている溝がある。そこに向かって、獅子の頭と山羊の頭がさらに動けば──


「アイス・ブルワーク!!」


 氷で溝に橋をかけ、シャーロットさんの体がその上を滑っていった。次の瞬間、溝に向かって風で方向調節された炎が、油を一気に燃え上がらせる。人間の身長以上に伸び上がった炎が、めらめらと空気を焦がした。


「アオ様、助かりました!」

「あの蛇、思った以上に射程が長いわね。計画が狂うったら!」


 シャーロットさんが戦線に復帰し、先輩と共に蛇の打倒を狙う。その様子を見ながら、僕は安堵の息を吐いていた。


「……さしずめ蛇は頭脳労働担当、といったところか。三体のうちで一番力はないが、放置すると厄介じゃの」


 サイカさんが言う。僕も同意見だった。


「はい。あれから潰さないと、メインの作戦実行時に邪魔になりますね。サイカさ

ん、お願いします」


 風魔法の応用で、相手の耳元に囁きを届ける術がある。僕はまだ微細な調整ができないので、サイカさんにやってもらったのだった。つながったところで、他の面子に作戦を知らせる。


「了解しました」

「おっけー」


 すぐに二人から承諾の返事がある。結構無茶した作戦なのに、いざとなったら女性陣は強いな。


「ナインさん、二人にまず蛇頭を始末してもらいます。その間は逃げに集中してください」

「分かった」


 僕たちは指示を出した後、火炎の直撃から己と仲間を守ることに集中する。幸い、三人がキマイラを攪乱しているので、こちらに近付いてくる気配はなかった。


 キマイラはそのことに苛立ち、吠える。巨体の動きはますます早く、不規則に変化していった。射程の長い蛇の頭に対応している二人の息が、みるみる上がっていくのが僕にも分かった。


「もう少し……」


 ライオンの口から吹き付けてくる熱波を防ぎつつ、水蒸気の間から二人の様子をうかがう。連携しているといっても先輩の動きの方がやはり上で、シャーロットさんがとり残され始めた。


 二人の間に、数メートルの距離があく。蛇がこの隙を見逃すはずがなかった。


「くっ!」


 再び頭が動いて、シャーロットさんの足首に巻き付く。バランスを崩したシャーロットさんは柱に背中をたたきつけ、そのまま油の溝に向かって引きずられていった。


 ──僕たちが狙うのはまさにそこ、攻撃のために蛇の尾が伸びきったタイミング。


「風の神アイレよ、汝の身を鋭き刃と変え、あらゆる淀みを断ち切らん! エア・

ブレイド!!」


 無防備な蛇の首下めがけて、今度は僕の作った鎌鼬が飛ぶ。しかし蛇が急に頭を下げたので、鎌鼬はわずかに鱗側の肉をそぎ取ったに留まった。


「なんの、二段構えよ!」


 サイカさんが時間差で鎌鼬を放つ。体勢を崩していた蛇は避けきれず、まともに刃が入った。まるで野菜を切るときのようにあっけなく、蛇の頭が部屋の隅へ向かって飛んでいく。


「ナイス、二人とも!!」


 シャーロットさんの拘束が緩んだ。先輩が駆け寄り、彼女を助け起こす。その横でキマイラは頭を切り落とされた痛みにのたうっていた。


「チャンス、仕留める!」


 先輩がさらなる追撃にかかる。しかし次の瞬間、キマイラの山羊の頭が振り向いた。先ほどより遥かに俊敏な動きだ。


 山羊の口から、呪言めいた低い言葉が漏れる。次の瞬間、キマイラの全身が回転

し、獅子の頭から灼熱の炎が吐き出された。





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