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炎熱皇帝、降臨

 その準備も終わって、シャーロットさんが扉を見やる。機械鳥の時刻表示では、およそ一時間ほどが経過していた。


「そろそろ決着が着く頃でしょうか」

「流石にもう少しかかるのではありませんか? 伝説級のモンスターだと、三日三晩戦い続けたという伝承も珍しくありませんぞ」

「そんなに……」

「気を抜いている場合か」


 僕がげんなりしていると、ナインさんが厳しい声で言った。


「え」


 どういう意味か分からずぽかんとしていると、ため息をつかれた。


「奴らが負けてここへ逃げ帰ってきたら、真っ先に叩かないと姫の身が危ないぞ。目的のものが手に入らないとなれば、さぞかし荒ぶっているだろうしな」

「それに、奴らが成功した時はレックスのいる第四階層に戻らなきゃいけないし

ね。その場合の戦い方も考えておかないと。……どうしたって、消耗の少ないアオくんは活躍してもらうことになるわけさ」


 先輩にも言われて、僕は身をすくめた。どんな相手でも殺しまではしたくないから、まず動きを封じる魔法。冒険者には手の内が割れていないから、土の鎖でも毒でも使えるはずだ。厄介なのは全部知っているレックスで、この場合はフェイントも入れないと……。


 僕がそこまで考えたところで、ごとんと何かが扉をたたく音がした。


「終わったか」


 ナインさんが身構える。僕はさっき思いついたばかりの作戦を頭の中で反芻しながら、扉をにらんだ。


 わずかなきしみ音をたてて、扉が開く。そこから姿を見せたのは、真っ黒な炭だった。


 なぜここに炭が? そして何より、なぜその炭に下半身がついている?


 僕の頭はしばし現実を拒否し、目まぐるしく動き回る。網膜に焼き付いた画像に思考が追いつかず、炭がぼっきりと折れてくずれ落ちるのをただ見ていた。


 そして残った足が、さっき映像で見た女冒険者のそれにとても良く似ていることに、しばらく経ってからようやく気付く。


『挑戦は失敗に終わった。裁定を待つ者よ、目前の扉をくぐるがよい』


 低い声が響く。開いた扉が、またゆっくりと閉じていった。


 僕は扉が閉まり切る前に、その奥に確かに見た。全身が墨のように真っ黒になった棒人形が、何体も立ちつくしているのを。


「あれ、さっきの冒険者たちの……成れの果て、なのか?」


 僕の問いに答えるように、音をたてて扉が閉まった。次の挑戦者である僕たちは、重苦しい沈黙に包まれる。シャーロットさんは完全に蒼白になっていたが、きっと僕も同じような顔をしているに違いない。


「……丸焦げ、だったわよね」

「だったな」

「あんな目に遭うくらいなら、引き返してレックスと戦った方がまだマシじゃな

い?」

「僕もそう思います!」


 情けないとは思うが、僕は諸手をあげて先輩に賛同した。少なくともレックスは、人を炭化させるほどの炎は使ってこないだろう。


「ここに他のモンスターは来ないようですし、魔力の回復をもって移動すれば戦うこともできましょう」


 サイカさんも続いた。皆の言葉にシャーロットさんの顔色も戻ってくる。パーティーの意見はまとまり始めていた。


 ……ただ一人を除いては。


「それは無理だな」


 入り口をにらんでいたナインさんが、今はこちらを見据えて仁王立ちしている。僕たちは彼に目をやって、その理由に気付いた。


 入ってくるときには何もなかったはずの入り口に、びっしりと太い鎖が張り巡らされている。念のために僕とサイカさんが魔法を放ってみたが、吸収されてぴくりともしなかった。


『お前たちは、すでに挑戦者と認定された。ここより逃れること、決して叶わず』

「これって……」

「今、謎の存在が言った通りの意味だろうな。挑戦が終わるまでぼんやり待っていたことで、俺たちは次の挑戦者として確定されてしまったというわけだ」


 ナインさんは冷静に言っているが、僕はさっきからダラダラと脇汗が止まらない。ただ死ぬだけでも嫌なのに、あんな酷い死に方をするなんて考えただけでも身震いがした。


「せせ先輩……」

「しょうがないか。ここにずっといるわけにもいかないしね。水も食料もないんだから、体力のある今挑戦するのが一番マシだろうし」


 この人はなんでこう思い切りがいいのだろう。本当に生まれる世界を間違えたのではと言いたくなるくらいだ。


「分かりました。覚悟を決めましょう」

「もとより、ダンジョンに潜った時点で危険は承知の上ですしな」


 シャーロットさんもサイカさんも引き締まった顔になる。追い詰められて選択肢がなくなったことで、かえって腹が決まったようだ。


 まだ足の震えが止まらないのは僕一人。でも、頭のどこかでは、戦うしかないのだという声が響いていた。


 その本能の声と、周囲の仲間の存在が、僕の怯えをねじ伏せる。


「分かりました。でも、今までで最強クラスのモンスターに挑むんです。きっちり、作戦だけは立てていきましょう」




 扉に、先輩が手をかける。さっきまで苦労していたのが嘘のように、するりと音もなく金属の塊が動き出した。


「水の神シュエイ、熱気もたらす悪しき存在に鉄槌を。タイドル・カレントス!」

「氷の神オグン、我らに降りかかりし業火を遠ざけたまえ。アイス・ブルワーク!」


 開幕いきなりの熱気攻撃を避けるため、僕とサイカさんは同時に魔法を唱える。目の前に水と氷が入り交じった次の瞬間、獣の咆哮が轟いた。


「うっ……」


 油断すると、その鳴き声だけで意識が丸ごともっていかれそうになる。気力を振り絞って目を開けると、まず大口を開けている獅子の顔が見えた。


 金のふさふさとした鬣の間に、赤く光る目と、同じく真紅の内壁を持つ口がある。口の中には黄金の炎が燃えさかっていて、いつでも発射できるようにちらちらと火の粉を飛ばしている。──僕が最初に観察できたのは、そこまでだった。


「来るぞ!」

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