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なぜか先輩は動揺する

 ……こんな立派な人が作ってるんだから、あの変な動画にもきっとすごい意味があるんだろうな。


「ありがとうございます。先輩が異世界風の動画アップしてるのも、何かの縁がきっかけなんですか?」

「ブフォッ」


 先輩は盛大にコーヒーを噴き出した。


「だ、大丈夫ですか!? おしぼりを──」

「大丈夫。大丈夫よ。だからよく聞いて、神宮寺じんぐうじくん」

「はいっ!?」

「私は動画なんて作ったこともなければ、そういうサイトを見たこともないの。一度たりともよ」

「ええ? だってあんなにそっくりで……」

「そっくりな人がいたとしても私じゃないわ。他人のそら似よ。ほら、世の中には三

人同じ顔の人がいるっていうし。そういうドッペルゲンガー的なアレ」


 先輩は明らかに焦っていた。


「そう、ですか……」

「そうよっ」


 あまりにも力強く言い切られて、僕は引き下がるしかなかった。



 見るなと言われれば、それが強く気になってしまうのは人のサガである。僕もそのサガには逆らえず、結局昨晩と同じチャンネルに目をやった。


 さすがに昨日の今日なので生配信はしていないが、過去のアーカイブは結構残っている。それに目を通し、僕は首をかしげた。


「見れば見るほど先輩なんだけどな……」


 数万、数十万という閲覧数がある動画の中で、先輩は実に生き生きと動き回っていた。始めの頃は勝手が分からなくて戸惑っているようだったが、それも二、三回のこと。すぐに自分の倍はあるモンスターを殴り倒すようになっていく。


『人間風情が生意気な! この八つ手のオーク様の餌食になれ!!』


 たまに人語を解する高等っぽいモンスターもいるのだが、すぐにバキッという小気味良い音と共に先輩の拳の犠牲になってしまう。典型的なマンガの噛ませキャラみたいだな。


『俺はしがない豚です……』


 オークの心が折れたところで、先輩は構えを解いた。


『さて。一旦落ち着いたのでここで質問タイムです。全部に解答するのは無理だけ

ど、どしどし送ってね!』


 僕がコメント欄を繰っていくと、撮影方法や状況による質問より、小さな人生相談の方が多い。みんな、この状況を「そういうもの」として楽しんでいる様子だった。


〝姉さん聞いて! 職場の上司が最悪なんです。殴ってやる……と言いたいところですが、営業成績を上げて見返してやりたいんですが、何かアドバイス下さい〟


 これに対しての解答はこうだった。


『営業で行き詰まっているなら、大事なことは二つ。まずは相手との間に信頼関係を……』

「日中と同じこと言ってる──!!」


 僕は最後まで聞いていたが、今日先輩に言われた内容とほぼ一緒だった。やっぱり、この人明らかに先輩だよな。


「こういうアニメ的な趣味があるっていうのが恥ずかしいのか、顔見知りに知られたのが恥ずかしいのか……」


 僕はますます謎が深まっていくのを感じながら、アーカイブを見ていった。




 週末には、うちの会社の創立記念日があるとかで、飲み会がセッティングされていた。正直こういう場は苦手なのだが、断りきれずに僕も席につく。


 飲める者はビール、そうでない者はウーロン茶で乾杯。オードブルとサラダが運ばれてきて、いつもの流れで話が盛り上がり始めた。


 楽しくはないが、上司の言うことをはいはいと聞いていればいつかは無難に終わる。そう思っていたのだが、その予測は見事に外れた。


「あ、そうそう。天ヶ瀬先輩、動画投稿やってるんすね。教えてくれればみんなチャンネル登録するのに」


 堂々と他の後輩が言い出した一言に、お酌をしていた先輩が完全に固まった。


「……あ、天ヶあまがせくん……? ビールが溢れて、溢れてるよお!?」


 部長の悲鳴を聞いて、ようやく先輩は我に返った。


「す、すみません。ちょっと……急に声がかかって、びっくりして」

「えー、先輩のチャンネルってどんなのですか? ヨガ? ジョギング? それとも意外なところで食べ歩きとか?」

「見たい見たい。どれどれ?」

「……ち、違うからっ!!! やってないから!!!」


 先輩はやおら立ち上がって吠えた。その迫力に、スマホを手にしていた面々も固まる。


「で、でもすごくそっくりな人が……」

「私じゃないの!! はい、この話はおしまい!! みんな飲んで飲んで」


 いつもの穏やかな先輩とは思えないほどの強引な流れ。皆も驚いてそれ以上踏み込めず、なんだか妙な空気が漂った。


 先輩はそれをなんとかしようとビールを飲みまくる。上司ですらそれを止められず、宴会が終わる頃には先輩はべろんべろんに酔いつぶれていた。


「……困ったな。天ヶ瀬先輩と同じ方向に帰るやつ、いる?」


 最寄り駅を聞いてみると、僕ともう一人の女子社員だけが該当していた。


「タクシー呼んでやるから、二人でなんとか家まで送ってやってくれないか」

「わかりました」

「……私一人でいいですよ。神宮寺じんぐうじさんはいたって役に立たないし」


 女の子の僕に対する評価は実にそっけなかった。まあ、ガリで体力なくて仕事もできない男の扱いなんて普通はこうだ。


「まあまあ。女の子二人だけじゃ心配だし。神宮寺、頼むぞ」


 こうして僕は、車上の人となった。女の子は不満そうに始終僕をにらんでいるし、先輩はすっかり寝息をたてているしで、居心地が悪いことこの上ない。


「……あ、そこのマンションみたいですね。ありがとうございます」


 部長にもらった金で僕が支払いをしている間に、女の子はさっさと先輩を下ろしていた。そのまま肩車をして、マンションの奥へゆっくり連れていく。


「あ、僕も……」

「来ないで。後は一人でできるから。あんた、先輩の部屋の中までついてきて、じろじろ見るつもりじゃないでしょうね」

「い、いや。そんなやましいことは……」

「ふん。どうだか。もう帰っていいわよ」


 女の子は、先輩の鞄についていたキーホルダーを手に取る。何度か試して玄関のロックを外すと、足音高く中へ消えていった。


「……帰っていい、って言われてもな」


 一応部長に頼まれたのだから、彼女が降りてくるまではロビーにいようと決めた。……また嫌味を言われるだろうけど、先輩が無事に部屋に戻ったかどうかは、りゃんと確認しておきたいし。


「……そろそろ部屋に入った頃かな」


 寝かせるだけなら数分で済むだろうが、先輩を起こして中から鍵をかけてもらうとなると、もう少しかかるか。僕はスマホの時計を見ながら、ゲームでもするかとアプリを立ち上げた。


 アプリの起動がちょうど終わった頃、マンションの入り口扉が開いた。中から、女の子が走り出てくる。


「あ、先輩はどうな……」


 問いかけて、僕は口をつぐんだ。彼女の顔は恐ろしいほどに強ばり、目尻には涙さえ浮かんでいる。そして僕には一切目もくれることなく、そのまま夜の町へと消えてしまったのだ。


「なんだ……?」


 まるで恐ろしい怪物にでも出くわして、そのまま逃げ出してきたような形相。僕は、部屋に残されているであろう先輩が気になって仕方無かった。……まさか、部屋に強盗や変質者でもいたのではないだろうか。


 その時ちょうど、マンションの他の住民が中から出てきた。僕は開いた自動ドアの中に、何も考えず飛びこんでいた。


「先輩の部屋……何階だ?」


 郵便受けを見ても、記載されているのは部屋番号のみだ。僕はとっさにエレベーターに目をやる。片方は一階に降りている。さっきの人が使ったからだろう。もう片方は、七階で止まっていた。


 急いでいた女の子が悠長にエレベーターを使ったとは思えないから、あれは行きに先輩の部屋を訪れた時、そのままになっているのではないだろうか。


「確証はないけど、行くだけ行ってみるか……」

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