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「それに加えて、ここの中途半端な狭さだ。重量のないお前は、いつも高く飛んだり高速で移動したりして、拳にエネルギーを乗せていた。そのために必要な活動領域がなく、狭い範囲での組み合いとなれば間違いなく素の筋力がものをいう。──現状、お前が俺に勝てる要素はない」
先輩は歯がみした。レックスの言うことは正論で、だからこそ余計に憎たらしい。
「で、どうする? 勝てないことを承知で、ナインと一緒に戦うか? だが、ナインの速度もここでは死ぬぞ。俺に一発で致命傷を負わせなければ、負けるのは確実にお前だ。それとも逃げてみるか?」
レックスは一同に視線を配りながら言った。
「サイカがいるから、魔法での転移ができるのでは……」
シャーロットさんが、先輩にも聞こえるか聞こえないかの小声で言う。しかしサイカさんが首を横に振った。
「私も結界に協力したから、魔力が足りませんな。魔方陣を常設しない転移魔法は、長距離を移動するには莫大な魔力を食います」
僕ははっとした。そして、サイカさんに返そうと思って握り締めていた玉を見る。そうか。これの使い道は、もしかして。
「シャーロット、つまり無理ってことよ。戦うことも逃げることもできず、ここで死ぬしかない──私たちだけならね!」
サイカさんが呪文を唱え始める。先輩が両手を打ち鳴らすと同時に、僕の周りを覆っていた靄が解けた。僕はそれと同時に、今まで自分の魔力を吸っていた玉を、サイカさんの足下へ投げる。
「アオ!?」
レックスが目を見張る中、できはじめていたいびつな魔方陣の上で僕の魔力が爆発する。それと同時に目の前に閃光がたちこめて、何も見えなくなった。
「……みんな、生きてる?」
先輩の声が聞こえて、僕たちは体を起こした。シャーロットさん、サイカさん、ナインさんが全員いるのを見ると、ほっとする。
「なんとか……」
僕は床に手をついて体を起こした。なぜか床暖房のように温かくなっている床が心地よくて、思わず座り込む。
「アオ様、ご無事でよかった……ですが、どこにおられたのですか?」
シャーロットさんに問われて、僕は全てを説明した。
「俺でも全く気配が読めなかったぞ。恐ろしい魔法もあったものだ」
ナインさんがため息をつく。
「いやー、サイカに教えてもらった特訓段階でもだいぶキツかったからね。でも、無事に逃げ出せたんだから良かったでしょ」
先輩はそう言って額の汗をぬぐう。その顔は、若干青い。
「……だが、問題もある。今ので私の魔力はほぼ空になった。脱出しようにも、既存の魔方陣までは歩いていかねばならん」
「それくらいは頑張りますよ」
僕が言うと、サイカさんは目つきを厳しくした。
「……問題は、ここがどこかということだ。急だったのでな、階層を詳しく指定することができなかった。今まで見たことがない地点だろう」
サイカさんの言う通り、ダンジョンの外観は見覚えがなかった。黒曜石のような漆黒の壁と床がどこまでも続く、荘厳なエリア。ここは第四階層の最奥なのか、それとも今まで踏破してきた階層の、まだ見ぬ場所なのか。僕にも予想がつかなかった。
「んー、どこでもいいよ。適当なところでキャンプして、サイカに脱出の魔方陣作ってもらえば。レックスが追いかけてくるかもしれないし、今はみんなの安全確保第一にしよ」
先輩が淡々と言う。確かに、追っ手のことも考えなければならない。キャンプのために荷物を手放してしまっていたので、僕たちには余裕というものがまるでない。最低限の水や食料もないのだから、グズグズしていたら最悪飢え死に、渇き死にである。
「では、俺が少し周囲を探ってこよう」
「気をつけてね」
ナインさんがいなくなった。僕たちはレックス一行が追ってこないか、周囲に目を光らせて彼の帰還を待つ。
「……どうやら、困ったことになりそうだぞ」
ナインさんは十分ほどして戻ってきたのだが、彼の眉間には深い皺が刻まれていた。そして、よく見ると靴に何か見覚えのある汚れがついている。僕は不吉な予感に身震いした。
「ナイン、それは血液ではないのですか。まさか、もう追っ手がここまで?」
「いや、それとは違う。聖女、すまんが一緒に来てもらいたい。治癒魔法が必要だ」
いったいどういうことか分からないままだったが、僕たちはナインさんに急かされるままに彼についていった。
「まあ、これは……」
曲がり角を三つ越えた先のこと。一見通路があるとは分からない奥まったところに、五人の男たちが押し込められていた。皆が重傷を負っているらしく、空間には鉄さびの匂いが充満している。
先輩は青い顔をしながらも、治癒の魔法を唱える。完全回復とまではいかないが、息があった三人はなんとかしゃべれるレベルにまでなった。
「おい、しっかりしろ。何があった」
ナインさんが一番体格の良い男を抱き起こす。彼はうめきながら、上方に視線をやった。
「いきなり……襲ってきて……」
「誰だ。お前と同じくらい、大きな男だったか?」
「違う……女、だ」
僕たちは顔を見合わせた。レックスでなかったのは良かったが、それ以外にも凶暴な冒険者グループがいることになる。
聞き出した情報によると、襲ってきたのは女をリーダーとする同じく五人組。人数は同じ、しかも一人は女とあって、男たちは負けるはずがないとタカをくくっていたのだという。
「でも……違った……奴らは本物の殺し屋だ……」
素早い動きによって五人は一瞬で行動不能にされ、持っていた食料や水、魔法アイテムや貴重な武器は全て奪われてしまったのだという。
「奴らは……俺たちなんて、最初の一撃で簡単に殺せた……生かしたのは、まだ隠しているものがないか、拷問して聞き出すためだ……」
「なんてひどいことを」
シャーロットさんが青ざめている。その横でサイカさんは、男たちの荷物に目をやっていた。
「そいつらの言うことは嘘ではなさそうじゃな。残っているのは質の悪い武器と、壊れたアイテムだけだ」
僕も荷物を見た。大ぶりだが刀身の輝きのない剣と、翼の壊れた機械鳥、それにひび割れた石のかけらのようなもの。残っていたのはそれだけである。
「くそ……くそ……せっかくここまで来たのに……」
男の指先が床をひっかく。血に混じって涙が流れていくその顔を見つめ、僕は切り出してみた。
「どこなんですか、ここは」
「……第五階層、最深部……『炎熱の牢獄』……お前らまさか、知らないで来たのか……いや、そんなわけ……」
そこで男は言葉を切り、苦しそうに息をつく。僕たちは互いに顔を見合わせ、しばらく無言でいるしかなかった。




