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決め手はこれだ

「ま、冒険者も全部あっち側の人間か……わかりやすくていいわね、ホントに」


 先輩が今にも舌打ちしそうな顔で言った。


「完全に不意をついたつもりだったがな。まさかお前が気付いていたとは」

「そりゃまあ、あんな分かりやすく喧嘩売って仲間割れさせようとしてれば、おかしいなとは思うわよ。仮にもこの層まで足を踏み入れた人間なら、ダンジョン深部での喧嘩が命取りだってことくらい、知ってるはずだしね」

「そんな薄い根拠でずっと警戒していたのか。ご苦労なことだ」


 あざけるレックスさんの顔は、今までと全く違う人物に見えた。僕を文句一つ言わずにずっと担ぎ、いつもシャーロットさんの安全に目を配り、時には破天荒な先輩に目を白黒させていたあのレックスさんは、どこにいってしまったのか。


「聖女様、お願いします。レックスを傷つけないでください。きっと、ダンジョンにはびこるゴーストたちに乗っ取られているのです。他の皆もきっと──」


 シャーロットさんも、僕と同じく混乱していた。目の前にあるものがにわかに信じられず、わずかな希望にすがろうとしている。


「……シャーロット。残念だけど、それはないわ」


 先輩はそれを打ち砕くように、首を横に振った。


「加護の魔法はまだ有効。低級ゴーストがとりつけるような、やわな状態にはしてないわよ」

「それに、姫様。その男は以前から、裏切り者だったのです」


 先輩に加勢するようにサイカさんが言った。


「姫様。覚えておいででしょうな、先の襲撃事件。その時、私が迎撃にあたったことも」

「勿論よ。忘れるわけがないわ」

「……その時、私は魔法で姫を襲った相手に手傷を負わせました。が、逃げられてしまった。フルへルムで顔を覆い、体にも金属鎧。結局、大柄な男ということくらいしか情報が得られなかった。そうお聞きですね」


 サイカさんの言葉に、シャーロットさんがうなずく。


「しかしもう一つだけ、私が持っていた情報があるのです。魔法をくらった男は、体格の割には妙に高い悲鳴をあげていました。声と体がつり合わぬ男だ、と思いましたし、特徴的だったので決して忘れはしません」


 サイカさんは杖を握りながらさらに続けた。


「しかし、私はそのことを黙っていました。他に聞いた者はおりませんし、私の口伝だけではあの声の完全再現は不可能。たとえ相手を見つけたとしても、私の勘違いだと言われればそれまでです」


 体格の良い男など探せばいくらでもおり、サイカさんはそろそろ凶手を探すのを諦めかけていたという。しかしあの時、僕が言った言葉で──


「我々の一派が聖女様の寝所に足を踏み入れた時、当然聖女様は驚かれ、撃退した。その時の人間も、奇妙な声をあげたという。そしてその時に真っ先に行ったのはお前だったな、レックス」


 レックスさんは薄笑いを浮かべながらサイカさんを見た。


「お前の体格なら、襲撃者の条件とも一致する。儂はお前に聞かれぬよう、聖女様に事情を説明した。そして、それならば確かめてみようということになったのだ」

「確かめるとはなんなのです、サイカ」


 青ざめながらも気丈にシャーロットさんは言った。


「再度レックスの不意をつき、意図せぬ声をあげさせることにございます。それならば私も確証が持てる。そしてその機会は、近いうちに必ず来ると確信しておりました。姫を始末するなら、他に人目がない深層でやるだろうと当たりはついていたからです」

「サイカの読みは当たったわ。冒険者たちの顔ぶれが変わってるのを見た瞬間、今日やるつもりだっていうのは分かった」


 先輩が構えながら言う。


 一番襲いかかるのに適しているのは、皆の気が抜けた休憩の時。その時にシャーロットさんに近付けば、まず防御は間に合わないと敵は考えている。だったらこっちは、その思考の裏をかく。


「案の定、驚いてくれたわね。サイカ、あの声で間違いなかったのよね?」

「もちろん。そこまで耄碌しちゃおらんわ。観念しろ、レックス」


 サイカさんが杖を構え、レックスさんをにらみつける。すると彼は、いつもとは全く違う声で笑い出した。それはまるで、地獄の底から響いてくるような気味の悪い笑い。


「そうか……サイカ、お前がなにかかぎ回っていたのは知っていたが、まさかそこまでとはな。老人と思って見くびっていたよ、すまなかった」

「じゃあ、認めるのね」


 先輩がすごむと、レックスさんはうなずく。もうこれで、僕の中から彼を仲間だと思う理由はなくなった。……今の今から、こいつは敵だ。


 先輩も即座に判断したのか、レックスに向かって走る。そして、敵の間合いスレスレで飛び上がった。


 目も止まらぬ速さで顔面を狙った蹴りは、綺麗に決まった。しかし、次の瞬間、先輩の体が逆に宙を飛んでいる。──足を握られて、投げ飛ばされたのだ。


 先輩はそのまま壁に激突し、僕のすぐ横に落ちてきた。後頭部を強打しなかったのは不幸中の幸いだが、それでも背中をしたたかに打ちつけてうめいている。


 今まで、格闘戦でどんな敵でもKOしてきた先輩が、カウンターをくらった。しかも攻撃が効いていない。その事実は、僕だけでなくシャーロットさんやサイカさんも打ちのめしていた。


「……は、やるな」


 周囲の冒険者は、ナインさんの攻撃──毒魔法のかかった短剣での傷──でしばらく戦闘不能になっている。しかしそれでも、事態は全く明るく見えなかった。肝心のレックスが倒れない限り、こちらに勝ち筋はない。


「褒め言葉どうも。……だが、聖女様をああもたやすく押しのけるとは。身体強化の魔法をすさまじい密度でかけているのか?」


 ナインさんの皮肉っぽい声に、レックスは笑った。


「そんなことをすればその女が不審に思うだろうさ。強化の方法は普段と変わらん。ただ、その女が弱くなってるだけだ」


 レックスの言葉に僕ははっとした。そうだ、ここは場所が悪い。


「その女の攻撃の威力の源は二つ。強力な聖魔法と、人並み外れた身体能力による高度補正だ」


 レックスがにやりと笑いながら言う。


「聖魔法の威力は弱まっている。ここの結界に力を割いているからな。解けば元に戻るが、その途端アンデッドが襲いかかってきて俺どころじゃなくなる。自然、力が半減した状態で戦うしかない」


 僕は唾をのんだ。レックスは知らないが、先輩はさらに僕を隠すためにも魔力を割いている。だから、いつにも増して余裕がないのだ。


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