癒やしはツンデレのみ
刑事たちが去って行くと、入れ違いに課長と矢田さんが入ってきた。
「……理解してくれたかい」
「はい、何もかも。ご迷惑おかけして、すみませんでした」
「迷惑って。悪いのは勝手に嫉妬して、暴力に訴えた方に決まってるじゃない。全く、考え方がおかしいのは変わってないわね」
頭を下げる僕の横で、矢田さんが憤慨している。言い方がキツいのはいつも通りだが、そこには僕への気遣いが感じられた。
「ほんとに、助けてくれてありがとう。あの蹴り、なかなか豪快だったよ」
「言わないでよ! こっちも必死だったんだから」
矢田さんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「でも矢田さん、なんであんなところにいたの? 帰り道じゃないよね?」
今度は矢田さんの顔が真っ青になった。赤くなったり青くなったり、忙しい人だな。
「あ……あの……」
「矢田くんはねえ、これを届けようと思って君を追いかけたみたいだよ」
課長が何やらパンフレットのようなものを取り出す。見ると、うちの製品一覧だった。前のものから、少し作り替えられている。
「新しくなったんですね。でも、こんなの明日の朝礼でもいいんじゃ……」
「僕が今日中に渡しておいてって頼んだんだよ。矢田くん、無理しなくて良かったのに」
そう言って課長が笑うと、矢田さんはなぜか神様を見るような目でそちらを凝視していた。
「そうなんだ。あ、ありがとう……」
「私のことより、自分の心配しなさいよ。一張羅、もうグチャグチャなんだから」
「病院の人が脱がせてくれてたけど、血まみれだったからねえ。警察が調べた後に戻ってくるだろうけど、もう使い物にはならないんじゃないかな」
「わ、忘れてた!!」
僕は慌てていた。確かにスーツのことはショックだったが、それよりももっと大事なものがある。
忘れていたのは、もう一つの証拠品。サイカさんにもらった魔法の石。あれをいつまでも現代社会に残しておくのはまずすぎる。返却の連絡は未だに来ないが、どうなっているのだろう。
どうせ明日警察に行くのだから、その時一緒に返してもらうよう頼んでみることに決めた。
翌日、課長が持ってきてくれたTシャツとチノパンで僕は病院を出た。
「ああ、その事件なら捜査が終わってますので、お返しできますよ。ちょうどお電話しようと思っていたところで」
警察署で僕が聞いてみると、証拠品はあっさり返してもらえた。特に、向こうが不審がるような反応は起こさなかったようで、ほっとする。男にぶつけたのにヒビ一つ入っていないのは、さすがに魔法の品だ。
「……サイカさんに話をしないとなあ」
僕があっちに行かなくても魔力を勝手に放出してしまうのなら、この石はもらっておきたい。しかし、今の状況でくれと宣言して、果たしてもらえるものだろうか。
「先輩に相談してみるか」
僕はスマホを開いてみた。事情は昨日のうちに伝わっていたらしく、会社の人たちからメッセージがたくさん届いている。それに返信してから、最後に先輩に連絡を入れた。
『いいよ。ちょうど外に出てるから、そっちでお昼食べながら話そう』
すぐにメッセージが返ってきた。指定されたファミレスに赴くと、先輩はすでに窓際の四人掛けの席を占領している。
「……派手な包帯だね。本当に退院して大丈夫なの? 気分悪くない?」
「ありがとうございます。額を切っちゃったからぐるぐる巻きなだけで。頭蓋骨や脳に大きなダメージはないので心配しないで下さい」
病院食で口が寂しかったので、僕は迷いなくカレーを注文する。先輩は僕より大きなサイズのご飯がついた唐揚げ定食を注文していた。
「ストレスかかるから食べないとさあ」
「やっぱり会社にマスコミとか来てるんですか?」
「そんなにいないよ。幸い君は軽症だし犯人は逮捕済みで、大した事件にならなかったからね。新聞のちっちゃい記事を見て、これどうなったって聞いてきたお客さんも一人しかいなかったし」
そんなものか、と僕は思い直した。
「じゃあ、やっぱりあっちの世界のストレスですか?」
先輩はうなずく。
「シャーロットの様子が気になるから、仕事終わりに一回だけ行ってみたことがあるの。そしたらサイカが入り口に来てて、状況を教えてくれたわ」
サイカさんは年の功で、なんとなく僕か先輩が様子を見に来るのではと予測していたという。パーティーへの同行を求める先輩に、サイカさんは首を横に振った。
「相変わらず雰囲気最悪で、シャーロット派とレックス派に分裂しちゃってる状態だそうよ。サイカとナインは中立を保ってるけど、ややレックスの方が押し気味みたい」
「シャーロットさんがお姫様なのにですか?」
「ダンジョン踏破の経験は、レックスが圧倒的に上だからね。雇われ冒険者は自分の命が惜しいから、そりゃ生き残れそうな方につくでしょ」
僕はシャーロットさんが気の毒になってきた。
「……シャーロットさんに忠実な人は、残ってないんですか」
「そりゃ少しはいるわ。でも、シャーロットは以前襲撃を受けたことがあってね。サイカがなんとか間に合って守れたんだけど、今も命を狙われてるのにはかわりない。姫の安全を盾にとられれば、表立ってレックスに反論しにくいのよ」
先輩はイライラをぶつけるように唐揚げを噛みちぎった。
「……新たに助っ人を呼べたりしないんですか?」
「石を隠した重臣がどこかで生き残ってれば話は別だけど、援軍はまず無理ね。内心王女を気の毒に思ってても、国に残ってる人はとてもじゃないけど動ける状況じゃないわ。そうじゃなかったら、王女の護衛に傭兵や冒険者なんて素性の知れない連中は使わない」
それでは、シャーロットさんがレックスさんを押さえ込んでくれる可能性はほぼゼロに近い。
「ただでさえそんな状況だから、私たちまでレックスの言い分に従ったら、完全に力関係が固定されちゃうってサイカは言うの。だから、最低でも次の週末まで来るのは待った方がいいって。今のところ、シャーロットの身に危険は迫ってないみたいだし」
それはもっともなアドバイスだった。なら、僕も次は参加して、サイカさんに石を返そう。そして、レックスさんをなんとか説得して、落としどころを見つけよう。僕は内心でそう考えていた。
先輩は息を吸うと、それを見透かしたように話し出す。
「……で、次に行くときなんだけどさ。アオくんが来てることは、みんなには内緒にしときたいんだよね。だから、別行動でこっそりついてきてほしいの」




