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亀裂は元には戻らない

「あ、あの……」

「レックス、そこまで言うことはないわ。聖女さまにもご事情があるのよ。他の手段を考えましょう」


 シャーロットさんが必死の顔でとりなす。しかし、レックスさんの厳しい声は止まらなかった。


「そもそも、こちらに来られていない時は何をしておいでなのですか?」

「し、仕事ですよ。迷える村人に教えを与えたり、会の内部を円滑にしたり。聖女さまは引っ張りだこでして」


 厳しい顔をしている先輩にかわって、僕が答える。レックスさんは、今度は僕に視線を向けてきた。


「では、せめてアオ殿は一緒に来てくださるのでしょうね? 炎の威力は、アンデッドやゴーストを祓うのに不可欠です」

「そ、それもちょっと……」


 当然僕だってそんなに仕事は休めない。口を濁した様子に苛ついた様子で、レックスさんは軽く地面を蹴った。


「あなたにはなんのお仕事があるというのですか。お二人とも同行できないなど、姫様の安全を守る者として納得できません。理由を聞かない限りは、私はここを動きませんよ」

「む、無理なものは無理なんです! 僕にだって、生活があるんですから!」


 あまりに高圧的に言われたので、僕は反射で叫んでいた。


「……それはあまりにも無責任というものでは? こちらの優先度は、どういうものか知りませんがあなたのもう一つの仕事より劣ると」

「はっきり言えば、そういうことになります」


 当たり前だ。ずっとこちらで過ごすことになってしまったのなら仕方無いが、僕たちにとって馴染みがあるのは圧倒的にあちらだし、家族だって残していくわけにはいかない。それに、あれこれ努力して、やっと現実世界でも仕事が面白くなってきたところなのだ。放り出すなんて選択肢はない。


「失望いたしました」

「僕こそあなたに失望しました。姫様の名を出せば、僕たちが無条件にひれ伏すとでも思ってるんですか。当の姫様は分かってくださったのに。あなたはそんなに偉いんですか?」


 売り言葉に買い言葉と分かっていても、口が止まらない。


「なんですと」

「僕も聖女様も、これ以上の頻度での参加はできません。先を急ぐのはそちらの勝手だ。全て投げ捨ててそちらに参加する術士をお好みなら、僕たちの能力にタダ乗りしてないで自分で探せばいいでしょう」


 僕が吐き捨てると、レックスさんは苦虫を噛みつぶしたような顔になった。


「……分かりました。おっしゃる通りに」


 そして僕たちに背を向け、完全に話し合いを拒否した姿勢をとる。


「レックス、何を勝手なことを言っているのですか! 話を聞きなさい、レックス!!」


 シャーロットさんがとりなすが、レックスさんは取り付く島がなかった。僕もさすがに言いすぎたと今更になって気付くが、まだ素直に謝る気になれない。謝ったら、では一緒に来いと言われるに決まっているからだ。


 先輩もそのことが分かっているのか、黙り込んでいる。シャーロットさんにもレックスさんにもしゃべろうとしない僕らを見て、冒険者たちからの視線は急激に冷えこんでいった。


「本気な振りして、俺たちを巻き込んで……」

「大方、もう欲しい財宝が手に入ったんだろうよ。ここは用済みってわけだ」


 そんなひそひそ話に終止符をうったのは、サイカさんだった。


「やめぬか。こんな状況では、とてもではないが前に進めん。今日は一旦解散とし、皆で地上に戻った方がよいじゃろう。よろしいですか、姫様」

「……サイカの言う通りです。皆、帰還の準備を。頭を冷やして、再度話し合いましょう」


 シャーロットさんがきっぱり言い切った。レックスさんもさすがにこれには逆らえないようで、のろのろと重い腰を上げる。しかし、僕たちの方は頑なに見ようとしなかった。


「師匠……」


 僕はサイカさんに声をかけたが、黙って首を横に振られただけだった。今は何もしゃべるな、ということだろう。


 結局僕は先輩の手を引いて、元の世界に戻ってくることしかできなかった。


「……配信の具合はどうですか。今回は短く終わっちゃったし、評判悪いかも」

「うん。戦闘がないことを残念がってるコメントも多いね。でも、喧嘩したのが珍しいっていう人も多い」


 うつむいていた先輩は、パソコンの画面を指さす。


〝初めて本格的なトラブルかな?〟

〝レックスが抜けるフラグじゃねえの〟

〝いや、そう見せかけて、アオが抜けるんじゃない?〟


 コメント欄は分析で盛り上がっていた。ちょうど、展開の読めない漫画の先を予測している時のような感じだ。もちろん離脱した人もいたが、まだ大多数は先を楽しみにしている様子だった。


「……深刻なのは、あっちの世界の人間関係の方ですね」


 先輩はそれを聞いて、重々しいため息をついた。


「心配してたことが現実になっちゃったなあ」


 僕にもその気持ちはよく分かる。現地の人々との認識のズレ、本当の生活を明かしていない後ろめたさ。それが絡み合って、最悪の形で爆発してしまった。シャーロットさんがいかにとりなしてくれようと、あのレックスさんの態度が変わるとは思えない。


「……もう、やめますか? 別の世界に行くの」


 配信を打ち切っても、僕たちには仕事も生活も残る。ファンはがっかりするし、二度とチャンネルが浮かび上がることはないだろうが……言ってみればそれだけの話だ。貴重な経験ができたと、思い出にするのも悪くはない。


「私は、それはしない。自分で始めたことだもん、キッチリけじめがつくまでは付き合うわ」


 しかし先輩は頑なに首を横に振った。普段とは違う思い詰めた様子に、僕は密かに驚く。


「シャーロットさんのこと、やっぱり気になるんですね」

「……まあ、そうね。多分神宮寺じんぐうじくんとは、別の意味で」


 言って先輩は、静かに宙をにらむ。そしてその後、わざとらしいくらいの笑顔になった。


「しばらく頭を冷やす時間も必要でしょ? 来週の探索はお休みにするから、美味しいものでも食べてきなよ。お金はあるんだしさ」

「は、はあ……」


 先輩は、僕に何か嘘をついている。しかし、正面からいくら聞いても教えてくれそうにはない。僕は諦めて、一旦引き下がるしかなかった。




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