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無限の責め苦

 レックスさんの言葉に、皆がうなずく。地図を描きながら移動し、徐々に捜索範囲を広げていった。しかし、行軍は今までの階層より、はるかにゆっくりしたものになる。その理由は──


「ま、またわき出してきたぞ!!」

「落ち着いて、今魔法で追い払いますから」


 変幻自在、どこからでも現れるゴーストたちだった。今までの敵は曲がりなりとも実体があったため、壁に接触している方角はほぼ無警戒で良かった。クロノタイガーのような例外はあったにせよ、壁は揺るぎない安全域だったのだ。


 それなのに、実体のないゴーストたちは簡単に壁をすり抜けてくる。シーツのような白いふわふわした体から枯れ木のような細い腕を伸ばし、こちらの魂を吸いとろうと狙ってくるのだ。先輩の加護のおかげで、その腕は熱い物でも触ったかのようにすっと引くのだが、それにしたって気持ちのいいものではない。


「……これは、休憩所にいても気持ちが落ち着きませんね」

「魔力消費はかさむが、結界を作らざるをえんじゃろうな。休んでいる間に全滅など、目もあてられん」


 シャーロットさんとサイカさんも僕と同じように渋い表情だ。ナインさんも時折姿を現して、先輩に光をもらっている時、不快そうにしていた。


 それでもようやくダンジョンのつきあたりに広い空間を見つけ、結界を張った時にはほっとした。しかし、その安堵も一瞬のこと。階層全体に広がる重苦しい空気のせいか、いつもは饒舌な冒険者たちの口も重かった。


「この階層は、まるで私たちの国の火葬場にそっくりね……」


 なんでそんなことを知っているのか、と聞きかけて僕は踏みとどまった。先輩は、妹さんの死の時に見ているのだ。


「カソウバ?」

「……死んだ人を焼く所よ。こっちじゃそのまま埋めるのかしら。私たちの国では、焼いて骨にしてからお墓に入れるの」


 シャーロットさんが目を丸くしながら答えた。


「遺体は霊魂の拠り所です。死んですぐ後の魂は後悔と混乱であらぶっており、しばし肉体で休んでから天に昇るもの。その肉体を燃やしてしまえば、霊魂は悪霊と化すでしょう」

「やっぱり考え方、違うわねえ。私は……重たい肉体を早く脱いで、煙と一緒に空へ帰ってくれた方がいいと思うけど」


 先輩は苦笑しながら、さらに続けた。


「話を戻すわ。私たちのいるここ──ダンジョンの右側に伸びる通路の先が待合室。遺体の火葬が終わるまで遺族が待つところ。で、左手に、火葬遺体と対面するホール。最奥が遺体を焼く炉よ」

「なるほど。……しかしアンデッドは光を嫌うからの。最奥に燃えさかる炎があるとは考えにくいだろうて」


 サイカさんが苦笑いしながら言った。


「レックスは第四階層の、どこまで行ったの?」

「……実はお恥ずかしいのですが、この右側部分に入ったところで、撤退してしまったのです。仲間の心が折れて、私もそれをつなぎとめられず……」


 次々に予測不能な方向から襲ってくるゴーストたちに対応していると、レックスさんの隊は眠ることもできなくなり、そのうち喧嘩が続出。隊の一部が分裂してしまう事態になり、泣く泣く帰ってきたという。


「じゃ、左側は未知の領域ね。時間をかけてジワジワ探索していくしかなさそう」

「まずはボスと階段を見つけるのが先ですかね。また前みたいに作戦を立てて──」


 僕たちが話を続けようとしたとき、通路の先からどしん、と大きな音がした。まるで、何かが結界に体当たりしているような音である。


「まさか……」


 僕たちは顔を見合わせた。そしてそろそろと音のする方を見ると……大量のアンデッドたちが、結界を破ろうと押し寄せてきている。前の仲間の体が潰れても気にしないほどの勢いでやってくる死者の集団に、僕はただ息をのむしかなかった。


「神様……」


 誰かが小さくそうつぶやくのが聞こえる。それは正しい。僕たちは結界がもってくれることを、息を詰めて祈ることしかできなかった。


 三十分もそうしていただろうか。死者の集団は徐々に引き始め、やがて完全に姿が見えなくなった。潰された残骸は、結界に触れるうちに砂のように崩れて消えていく。


「助かったようだのう」


 サイカさんがそう口にして、ようやく僕たちはそろそろと動き出した。知らず知らずのうちに胸の前で組んでいた指が、ガチガチに強張っていることに気付く。


 僕だって、ゾンビ映画くらいなら見たことがある。アクションゲームで、アンデッドに遭遇することなんてしょっちゅうだ。しかし、見てしまった本物には、背筋が凍るような迫力があった。たとえ何があったとしても、あんな姿になってダンジョンを彷徨うなんてまっぴらごめんだ。


「どこから来たのでしょう……今まではゴーストばかりでしたから、やはり左手の方から?」

「左に進んだら、あんなのがうじゃうじゃ出てくるわけか」


 皆、憂鬱そうな顔になってため息をついた。その中で、一人深刻な顔をしていたレックスさんが、思い切ったように立ち上がる。


「聖女様……やはりここからは、我々に常時同行していただいた方が、よろしいかと思うのですが」

「にぇっ」


 先輩が、「それだけは言われたくなかった」という顔で、小さく悲鳴をあげる。そりゃそうだ。僕たちは社会人で、長期休暇もない。ずっとダンジョンにこもっていたら、あっという間に首だ。


「え、ええと……他にも外せない事情があって、毎日ってわけにはどうしても……」

「私からもお願いいたします。今までは別行動の時もありましたが、ここは聖女様なしでは立ちゆきません」


 シャーロットさんまで、真剣な表情で頭を下げる。先輩はひたすら困り果てていた。


「……ごめん、やっぱりそれは無理なの。シャーロットが先を急ぐ気持ちは分かるんだけど、それなら他の聖職者に声をかけてもらえないかな」


 やっとのことで先輩がそう言うと、明らかに失望した空気が漂った。だが、今までの功績が大きいため、誰もが面と向かってそれを言うことをためらっている。


 その空気を切り裂いたのは、またもレックスさんだった。


「聖女さま。私たちはあなた様をかけがえのない仲間と信じ、共に戦って参りました。……そちらもそうだと信じていたのですが、残念ながら認識に温度差があったようですね」


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