いざ、第四階層へ
「いや、神宮寺さんは正直な人ですね」
「す、すみません……三社ほど見積もりを取っていて、どこも値段が近いとうかがっておりましたので、もっと時間がかかるものかと」
「いや、そうなんですよ。正直値段で言えばトントンだし、調べてみたらどれも大きな不具合報告はない。いっそクジで決めるか、なんて言ってたんですけどね。親父が鶴の一声で、神宮寺さんがいいって」
僕はそれを聞いてびっくりした。対応してくれたのは終始社長だけで、他の人が見ているなんて気づきもしなかった。そりゃ、別室でなくパーテーションで区切った会話スペースで商談したから、聞こうと思えば筒抜けだっただろうけど。
「そうですか。何か僕、言いましたかね?」
「服装ですよ、服装。うち、店構えとしては結構小さいし、僕もこんな感じだから、営業さんもくだけてて。親父は表面上何も言わないけど、それがずーっと嫌だったみたいでね。軽く見られてる感じがするって」
「はあ……」
「でも神宮寺さんのスーツも靴も、いい物だってすごく褒めてました。仕事をもらおうとして人に会うなら、ああじゃなきゃいけないって」
「あ、ありがとうございます」
対面していないのに、血液が顔に集まってくる感覚がある。
「もちろん、条件がすごく違うなら僕も親父を説得しますけどね。今回はほぼ伯仲してたし、親父の顔を立ててあげたらってカミさんも言うんで」
そこで社長はふっと言葉を切り、そして再度口を開いた。
「神宮寺さん、できたら、親父の期待を裏切らないでやってもらえませんか。いいものができるよう、努力してください」
「もちろん、全力でやらせていただきます!」
僕は自然と、電話口に向かって頭を下げていた。
「はい、では、詳しい説明のためにまた三日後に伺いますので。同じ時間で。よろしくお願いします」
電話を切って、僕はほーっと息をついた。契約が取れたのも嬉しかったが、なによりその決め手がスーツだったというのがいい。自分が間違っているのでは、という恐れを払ってくれた電話に、僕は心底感謝した。
「今日もお祝いかな。せっかくスーツ着てるし」
僕はうきうきしながら、その夜もホテルのレストランで過ごした。
「……つけられてないよね?」
「大丈夫だと思います。人通りはあったので、向こうが変装でもしてたら分からないんですが」
流石にそこまでの暇人はいないと信じたい。……いたら、明日からの付き合いがちょっと心配になるから。
「じゃ、異世界に行きましょ。今度はどんな階層なのか楽しみね」
「前みたいに綺麗なところだといいですね」
僕たちは、新階層ということでちょっと浮かれていた。その気分は、到着して五秒でへし折られることになる。
「く、暗いわね……」
「それにじめじめしてます」
ダンジョンには常にかびくさい空気が流れ、壁は不気味な黒いコケで覆われていた。そこら辺に冒険者の成れの果てとおぼしき白骨がゴロゴロしているため、うっかり踏んでしまわないか気が気ではない。
「第四階層は死のエリア……アンデッドやゴースト族の縄張りです」
レックスさんが周囲をうかがいながら言った。
「ここでは普通の武器や腕力は意味を持ちません。聖魔法付きの武具や防具、魔法職を中心に突破することになります」
「あー、それで人数を絞ったのね」
先輩の言う通り、冒険者は男女混合になっているが、十人という小さな隊になった。彼らは白く光る、花の形のような紋章の入った鎧をまとい、神妙な顔で立っている。
「一応、加護魔法かけとくね。弱いアンデッドなら、これで寄ってこなくなるから」
先輩が動くと、冒険者たちが明らかにほっとした顔になった。
「攻撃魔法だと、やっぱり火がいいんでしょうか」
「そうですね。とにかくアンデッドは明るいのを嫌いますし、燃え尽きたら死ぬ種族もいますから。それで間違いないと思います」
RPGでなんとなく得た知識だったが、こちらでも間違ってはいないようだ。レックスさんに太鼓判を押してもらうと心強い。
「レックス、あなたも魔法をかけてもらいなさい」
シャーロットさんに声をかけられて、レックスさんは先輩の方へ歩いていった。
「レックスさんは頼りになりますねえ」
「そうだな」
僕は順番を待っているサイカさんに声をかける。僕には点の辛い師匠も、素直にうなずいていた。
「いつも冷静沈着で、奴が表情を変えたところもあまり見たことがない。姫様も大変頼りにしておられる」
「でしょうね。でも、さすがに聖女さまに殴りかかられた時はびっくりしたみたいですけど」
「なんと」
流石にそこまでは知らなかったようで、サイカさんは目を白黒させている。
「最初の出逢いの時ですよ。聖女さまは見慣れなかったので、モンスターと勘違いしたみたいです。レックスさんが変な声をあげたことなんて、後にも先にもその時くらいじゃないかな」
「ふうん」
サイカさんは思うところがある様子でレックスさんを見つめた。
「サイカ、アオくん。後は君たちだけだから、さっさとこっち来なさい」
「は、はい。すみません」
僕たちが先輩の前に立つと、青い光……雨のように粒になった光が、シャワー状に降り注いだ。しばらく音と光の中じっとしていると、指先からじわじわと温まってくる
感覚がある。僕はそのまま動かなかったが、サイカさんは光の中をうろうろし、時々先輩と会話をしていた。光の中にいさえすれば、別に何をしていても同じだったようだ。ちょっともったいなかったかな、と思った瞬間、シャワーが消える。
「……うん」
先輩は何やら思案顔だったが、特に魔法をかけ直すような素振りはなかった。
「では、まず次の階層への階段を探しましょう。長丁場になるでしょうから、休憩できる広場も見つけたいですね」




