英雄はこうして成った
「おのれ、別動隊がいたか!!」
しかし橋がかかるのを、マーマンにも見られてしまった。ボスは電撃の痛みと痺れを食いしばって剣を構え、切っ先を橋に向ける。
「撃たせるか!!」
しかし、詠唱が終わるより、レックスさんがマーマンの下半身に切りつける方が速かった。
「ぐっ……この!」
大ダメージにはなっていない。しかし狙い所がよかったのか、マーマンは体勢を崩して前に倒れる。
「あっち行ってなさい!」
追撃をかけたのは先輩だ。倒れたマーマンを横から蹴り飛ばし、壁際まで一気に移動させた。マーマンの巨体が壁に激突し、土煙があがる。その間にサイカさんたちが橋を渡っていった。
「よし、目標達成!! みんな見てるかーい!!」
「後はマーマンだけです、アオ様!!」
シャーロットさんの声がかかる。僕は杖を持ち直した。魔力を集中させているから、杖がいつもの倍は重く感じる。
「大地の神ガラテよ、我に害成す者を封じこめよ。アース・グランドケイジ!!」
杖の先が一瞬真っ黒に染まる。そしてマーマンの周囲に、彼の身長の倍はあろうかという巨石が現れた。巨石はストーンヘンジのように縦に長く直立し、マーマンの周囲をぐるりと取り囲む。
「これはまさか……」
ようやく起き上がったマーマンがうめくが、その時には巨大な檻が完成していた。マーマンは檻に向かって魔法を放つが、巨石で構成されたそれはびくともしない。斬りかかっても、大剣の方が折れてしまった。
「素手での先頭はオススメしないよ。この檻は、周囲にある水分を全て吸いとるからね」
近寄った僕が言うと、マーマンは悔しげな唸り声をあげた。
「殺すなら早くするがいい」
「殺さないよ。僕たちにも、考えや都合ってものがあるから。……そのせいで、君たちの生活を乱してはいるけれど」
マーマンはその言葉を聞いて、一瞬はっとしたようにたじろいだ。それから思い直したように頭を振る。
「なんとでも言え。再度相まみえたら、貴様ら生かしておかんぞ」
「……その機会がないことを祈ってる」
僕はそれを最後に、マーマンに背を向けた。シャーロットさんとレックスさんがこちらに駆け寄ってくる。
「ご無事ですか!?」
「はい。ちょっと……疲れましたけど」
僕の足下がふらついている。やっぱり、桁違いの大きさの檻を作ったのはだいぶ負担になったようだ。あわててレックスさんが背負ってくれた。
「先輩は何してるんですか?」
入り口付近で何やら詠唱をしている先輩を見て、僕は聞く。
「入り口を塞いでおられるんですよ。さっきまで風の壁がありましたが、今は消えてしまったので」
「あれがないと、他の冒険者たちも四階層へ来てしまいますからね。せっかく苦労したのに、タダ乗りされてはかないません」
シャーロットさんが断固として拳を握っているところへ、先輩が帰ってきた。
「終わったよ。サイカたちと合流したら、私たちは一回抜けようか。続きは第四階層から、ってことで」
ああ、そうか。配信してたんだった。もう僕、自分のことで手一杯でコメントとか全然見る余裕なかった。……そういえば先輩、あの状況でもちょいちょい余計なこと喋ってたな。いつの間に再開してたんだろう。
「分かりました。僕も疲れたのでちょうどいいかも……」
皆のところへ戻ると、大喝采で迎えられた。しばし盛り上がった後、シャーロットさんたちと別れる。そして先輩の部屋へ、ようやく戻ってきた。
「ひ、久しぶりに戻ってきた気がする」
「今回はボス戦もあって、長かったしねえ。生配信、四時間超えちゃってるよ」
ちょっとした映画二本分はある。途中で見るのをやめた人も、結構多そうだ。
「でも、コメントはわんさか届いてるよー。派手な魔法が多くて盛り上がったし、マーマンも強かったからね」
「先輩、大活躍でしたから」
「何言ってるの。今回の主役は神宮寺くんだよ?」
そう言って先輩がコメント欄をスクロールする。
〝魔法使い、カッコいいじゃん!〟
〝術の使い方が上手くて、切れ者って感じ〟
〝ワンパン聖女様とはまた違っていいですなあ〟
この前みたいなあてこすりや嫌味も、ないわけではなかった。しかしそれよりも、遥かに応援の声の方が多い。そして投げ銭も、一番多いのは僕がマーマンを檻に閉じ込めた瞬間だった。
「神宮寺くん、コメント返信する? 数が多いから、まとめてのお礼って形の方がいいと思うけど」
先輩に言われて、僕は緊張しながらキーをうった。結局、紋切り型の「ありがとうございます」しか出て来なかったけれど、それでも見てくれている人からいくつも反応がある。
初めてだった。自分が選んで、精一杯頑張ったことで、こんなに反応をもらうのは。
今までは、努力さえしていれば結果はどうでもいいと思っていた。それは僕が達観していたからじゃない。どうせ結果が出るはずないと、最初から諦めていたからだ。それで、つつがなく暮らしてきた。
でも、もう戻れないかもしれない。──結果を出して、それを認められる快感を、知ってしまったから。それは達観したふりをして諦めるより、何十倍も気持ちよかった。
「アーカイブ残すから、神宮寺くんも後でゆっくり見なよ。ね?」
微笑みかけてくる先輩を見て、僕は大きくうなずいた。
どうしてこの時、僕は何もかもうまくいくと思ってしまったのだろう。後になって、浮かれていた自分をひたすら恥じることになるとは、この時には思わなかった。