思わぬ乱入者
「は!?」
「ちょっと、大声たてないでよっ!」
周囲のざわつきが落ち着くのを見計らって、僕は説明を始めた。
「いいですか。このダンジョンに潜って、聖なる証を手に入れようとしているのは、僕たちだけじゃありません。同じように狙っているライバルが確実にいます」
実際、ナインさんが動向を見張ってくれていなければ、あわや冒険者とはち合わせという場面が何度もあった。向こうも生活や名誉がかかっているので、顔を合わせて平和的に別れられる可能性はゼロに等しい。
「第三階層のボスを残したまま、第四階層に進めれば後から来るライバルへの足止めになります。実際、第二階層のボスは残っていたでしょう? 僕らが最初の踏破者ってわけでもないのに」
「あれは、先行者がわざと残した結果だったのか……?」
パーティー内に動揺が静かに広がっていく。自分たちが戦う相手がモンスターだけではないと、気付いた顔だった。本当に、時には人間の方がよっぽど怖いんだから。
「レックスさんとシャーロットさんは、冒険者チームを率いて周りにいるセイレーンの処理をお願いします」
「分かったわ。でも、歌が心配ね……」
「急ごしらえですが、耳栓でもお作りしましょうか? とても、全員分の材料はなさそうですが」
レックスさんが問いかける。僕はしばし、自分の中に残っている魔力を推し量るために目を閉じた。
大丈夫だ。やれる。
「いえ、耳栓は必要ありません。僕が魔法で、セイレーンの歌を中和します」
「そんなことができるのですか!」
「はい。実際、この方法で通路のセイレーンを倒しました。ただ、周囲の物音が聞こえづらくなるのには変わりないので、各自で状況把握を怠らないようお願いします」
「分かりました」
「後の作戦はですね……」
密かに囁きあい、作戦内容を全員に共有する。それが終わって出て行くタイミングをうかがっていると──急に下から大きな唸り声がした。
「気付かれたの?」
「いえ、どうやら別グループの冒険者たちが侵入してきたようです。この機に乗じて、作戦を開始しましょう。……一番不本意な展開ですが、致し方ありません」
シャーロットさんの言う通りだった。一階部分の入り口から、数十名の冒険者たちが部屋になだれこんでいる。彼らは遮蔽物のない状態で、いきなり主と戦うことになった。この位置取りはかなりまずい。
しかし彼らも、なんの対策も無しに飛び込んできたわけではなかった。各々繭のような薄いバリアを周囲に巡らせ、動きつつ己の身が守れるようにしていたのだ。便利な魔法もあったものである。
「……先輩はあれ、使えないんですか?」
僕が聞いてみると、先輩は足を止めないまま低い声でつぶやいた。
「使えるよ。前に言ってた薄い壁って、あれのことね。セイレーンの歌声も、あの壁を通せば魔力の高い人なら誘惑されずに済む。でも、ボスの前では最適解じゃない」
先輩はそう言って、後は移動を優先しはじめた。僕はその横に付き従いながら、戦いの様子を見やる。
まず動いたのはセイレーンたちだった。海中から顔を出し、冒険者たちの様子を見やる。僕も魔法の準備をし、発動のタイミングをはかった。
しかし、セイレーンたちは相手の様子を見てとるやいなや、素早く口をつぐんだ。そして憎々しげに前方をにらみつけている。
「知ってるんだ……」
僕は小さく呟き、杖を下ろした。数多の冒険者と相対してきたモンスターは、あの壁の中にいる時は歌が効かないと分かっているのだ。だから、無駄な攻撃はしない。
「ということは」
僕がこぼした次の瞬間、階層のボスが動いた。その六本の腕のうち、二本を天に向かって掲げる。マーマンの剣の切っ先が天井に向いた次の瞬間、地面が大きな音をたててうねり始めた。
「うわっ!!」
「後退しろ、足をやられるぞ!!」
冒険者たちが引き返そうとしても遅かった。下のフロアは全体が地震の最中のように大きく揺れ、まともに歩くことすら難しい状態になっている。結果、逃げようとした者ほど無様に倒れる結果になってしまった。
「う、うわあああ!!」
その姿勢のまま、冒険者たちはマーマンのもとへ吸い寄せられていく。地面が斜めになっていて、水の中へ落とされる格好になっているのだ。
冒険者たちの体が水にかかった時、マーマンの剣が一閃した。速すぎて、僕には剣筋が全く見えない。
ガラスのコップを床に落としたような音。マーマンの攻撃で、全てのバリアが叩き切られていた。次を受ければ、数十人が一気に死ぬ。少し早いが──
「アオくんごめん!! 先に行くね!!」
先輩がこれを、黙って見ているはずがなかった。二階から飛び降りるようにして、マーマンの真正面に立つ。
「化け物退治の始まり始まり! こっちよ!! かかってらっしゃい!!」
マーマンは先輩を見て、軽く唸った。
「次から次へと、無粋な者どもが……貴様、仲間からの報告にあったぞ。我が眷属の歌が効かぬという聖女だな?」
多少外国人のような言い方でぎこちないが、マーマンはきちんと人間の言葉を理解している。
「やっぱり作戦を決めといて正解だったなあ……レックスさん、情報ありがとうございます」
僕は驚く先輩を横目に、ため息をついた。人語を介するモンスターの目の前でゴチャゴチャ喋っていたら、全部筒抜けになってしまう。
「いえ。それでは、私は聖女様に加勢しに参りたいと思います。アオ様、例の手はずでどうか」
「はい……ではいきます。ローテ・ウインド!!」
僕はまず、セイレーンの歌をシャットダウンするために風魔法を放つ。部屋が大きいから、さっきよりだいぶ出力を多めに設定した。せっかく立ち上がった冒険者たちが風に足をとられてまたすっ転ぶ。
「では。アオ様、シャーロット様、ご武運を」
「分かりました。また後で!」
僕たちは二手に分かれた。レックスさんは素早く前線に躍り出ると、池に落ちかかっていた冒険者たちをせっせと岸へ放り投げる。シャーロットさんが手を貸して立たせ、仲間の元へ誘導していった。
「あ、あんたら、なんで……」
「やりたくてしているわけではございません。聖女様のお言いつけですので」
シャーロットさんは面白くなさそうな顔で言う。
もし作戦途中で他の冒険者たちが入ってきたら、できるだけ助けること。それが、先輩がこの作戦に参加するための条件だった。
「そんなことをして、かえって襲われたらどうなさいます!」
「姫様に万が一のことがあっては」
反対の声も多数あった。しかし先輩はしれっとした顔で言う。
「襲ってきたらキッチリ返り討ちにするからさ。とりあえず助けようよ。だって、その方が気分いいじゃない」
こっちの世界では通用しない論理。でも僕は、そう言って笑う先輩だからこそ好きだった。
「さあ、足手まといになりますから、しばらくこの広場から離れていなさい。他の冒険者たちにも、そう伝えて」
「わ、分かったよ」
冒険者たちは後ろ髪を引かれながらも、次々に部屋から出て行った。万が一にも彼らが戻ってこないよう、僕は入り口に風の壁で蓋をする。
先輩たちは前線でうまくセイレーンたちを引きつけていた。その様子を見ながら、僕たちはじりじりと横手へ移動する。
「小癪な!」
マーマンの視線は先輩たちに向いている。味方は誰も水に浸かっていない。──今だ。
「雷の神、トレノよ。汝の威厳を深き水の底に棲まう者に届けよ! サンダー・スパーク!!」
僕は水中に向かって、渾身の魔法を放った。杖の先から生まれた雷球はジグザグに水中を跳ね回り、まばゆい光を放つ。水の中に、あっという間に電気が満ちていった。
苦悶の声を上げながら、マーマンやセイレーンが水中から飛び出す。それと同時に、二階部分にいたナインさんたちが動き始めた。
サイカさんが呪文をとなえ、二階から階段にむかって光の橋がかかり始める。もう少しだ!