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第三の道はここにある

「……あれ」


 そんなほのぼのとした雰囲気の中、食事をしていると……メンバーの数名かが、ふらふらと席を立ってしまった。彼らの視線の先を見ると、美しい女性がおいでおいでと手招きをしている。


「先輩!」

「分かってる。ホーリーウォール!」


 先輩が詠唱すると、青白い光を放つ壁が、仲間と女性の間にそびえ立った。その壁に頭を打ち付けたり、体が当たったりした仲間がようやく歩みを止める。


「い、痛っ……」

「あれ、私はなんでこんなところまで?」


 仲間たちには、立ち上がって歩いていた自覚は全くないようだ。とすると、これもあの女性、いやモンスターの能力か。


「サキュバスですよ」


 忌々しそうに前方を見つめながら、レックスさんが言った。彼の視線の先を見ると、さっきまで美しい顔をしていた女性が、憎々しげに表情を歪めている。よく見ると、彼女の背中にはコウモリのような羽があった。


「サキュバスって、あの男性を魅惑して養分を吸いとるっていうモンスターですか?」


 僕が聞くと、レックスさんがうなずいた。


「ええ。ですから、冒険者を女性だけに絞ったのですよ。四層まで到達したら、男も魔方陣で呼べますからね。しかし、女性だけにしても誘惑されるとはすさまじい力だ……」


 レックスさんが頭を抱える横で、女冒険者たちがすまなそうにうつむいている。


「突然、甘い匂いがどこからかして……」

「それを嗅ぐと、ふらふらっとなっちゃったんです」


 さっきのセイレーンは聴覚、サキュバスは嗅覚をターゲットにしているようだ。どちらも視覚的な変化ではないのがタチが悪い。


「前の冒険ではどうやって突破したのですか、レックス? 四階層まで到達したのは、私たちとは別行動の時でしたよね?」


 シャーロットさんに問われて、今度はレックスさんが顔を伏せた。


「……姿を消した仲間、精神の変調が戻らなかった仲間は、そのままにせざるを得ませんでした。地上に戻ったときには、最初の人数から半分以下になっていた。あれはまぎれもなく、失敗の記憶です」


 苦々しげに言われて、シャーロットさんは考えこんだ。


「それなら聖女様の結界を張りながら、進むしかないのでしょうね……」

「ちょっと待って、シャーロット」


 今度は先輩が口を挟む。


「結界は基本的に、その場に留まるものだから。一応身を守るために薄くまとうこともできるけど、数が多すぎると維持できなくなっちゃう」


 先輩の力は相当強いが、それでもその魔法の本質に違反した使い方は続けられないという。


「肉体強化の魔法は……ダメですよね」

「うん、肉体の全体的な能力を底上げすると、聞こえなくてすんだものや、かすかな匂いにも反応する。この場合、最悪になっちゃうよ」

「ではやはり、できるだけ早くこの階を抜けるのが最適、ということですか。レックス、前に入った時、地図は作りましたか?」

「ございます。しかし、ダンジョンはモンスターたちの活動によって、形を変えます。何年も前の地図が、今更通用するかどうか……」


 レックスさんの懸念は当たった。地図通りに最短ルートを進んでみたものの、そこにはセイレーンがびっしり蜘蛛に似た巣を作り、とても通れるような状況ではなかったのだ。しかもご丁寧に、サキュバスまで女子会よろしく同居している。


「機械鳥のみ行かせて正解でした……回り道をしてでもいいから、敵が少ないルートを目指しましょう」


 シャーロットさんの言葉に誰もがうなずく中、サイカさんは暗い顔をしていた。


「はてさて、そんなにうまくいきますか……」

 僕も師匠と同じく、胸の中にもやもやとしたものを感じていた。




「ダメです、こちらは行き止まりでした」

「こっちもです」


 モンスターが少ない道は、必ず行く手がふさがっている。それを聞いて、サイカさんがため息をついた。


「仕方無い。あやつらの方が、ここを知り尽くしている。主が最奥に陣取っているとしたら、そこへ通じる道の守りを堅くするのは至極当然」

「ってことは、いずれの道を通るにしても、セイレーンかサキュバスのどっちかは相手にしなきゃいけないってことか……」

「もしくはその両方か、ですね」


 先輩とシャーロットさんが考え込む。二種類が同居している道は論外だ。五感のうち、二つを気にしつつ戦わなければいけない。となると、次に問題になるのは、セイレーンとサキュバス、どっちと当たった方がマシかということだ。


「鼻に布かなにか詰めれば、サキュバスの方が楽じゃありませんか? どう考えても、耳を塞ぎながらの戦いは不利です。他のモンスターの不意打ちがあっても、分かりませんし」


 ある女性冒険者の一言が、パーティーの総意と言ってもよかった。しかし、唯一の第三層経験者であるレックスさんが、首をひねっている。


「……いや、サキュバスの魅了は本当に厄介だぞ。聖なる壁で遮断でもしない限り漂ってくる。そしてごく少量、短期間でも魅了されてしまう。それならば、まだセイレーンの方が対処しやすいかも……」


 意見が割れた。するとその時、先輩が首をひねりながら言う。


「でもさあ、やっぱり最初に偵察した道が最短なんだよね?」

「それはそうです。加えて、三階層の守護者から見えにくい場所につながっている。前回私たちが四階層に降りられたのは、たまたまあの道を発見できたからというのが非常に大きな要因でした」


 先輩はそれを聞き、ふと考え込む。僕はなんだか悪い予感がしてきた。


「じゃあ、私が一人で道の掃除をしてくるよ」

「なんでそうなるんですか!?」

「私、状態異常は一切効かないから」


 気色ばむ僕に、先輩はさらりと答えた。そういえば動画で、思いっきり毒を食らってた回があったな……。


「しかしそれでも、多数に囲まれたら危ないですよ」

「だから、アオくんとサイカが、離れたところから魔法で援護してくれればいいじゃない」


 さすがにこれにはサイカさんが口を挟んだ。


「聖女様、そうは言われましても。声も聞こえぬ、匂いも届かぬところとなると相当離れます。攻撃に巻き込まれる危険性はかなり高くなりますよ」

「頑張って全部避けるから大丈夫!」

「いや、できそうな気はしますけど……」


 それでもやっぱり、先輩にはできるだけ傷ついてほしくない。僕はしばらく迷ってから、こう提案してみた。


「じゃあ、二人で行きましょう。僕もさっき、セイレーンの攻撃で魅了されませんでしたから。お互いに守り合っていれば、死ぬ可能性も少しは減るかも」


 僕の提案を聞いて、先輩はしばしじっとこちらを見つめた。


「……頼もしくなったねえ、後輩よ。じゃあ、やりますか」

「はい。皆さんは、近くの広場で待機をお願いします」


 僕たちはこうして、皆の応援の声を背中に受けながら進んだ。それが聞こえなくなった時、自分の足音だけがやけに大きく響く。


「純粋な戦闘力でいえば、泳げて水の中に引きずりこもうとしてくるセイレーンの方が厄介なの。私はそっちを重点的に狙うから、アオくんはサキュバスの方を引きつけて。もともと、男性が狙いやすいことを知ってるから、放っておけば寄ってくると思う」

「分かりました」


 通路が近付くにつれ、足音をできるだけ小さくして歩く。そして先輩は最後の曲がり角で、僕を後ろに残してこう言った。


「まず私がつっこんで攪乱する。アオくんは後から来て。……今回は壁を張る余裕がないから、より位置取りには気をつけてね」

「分かりました」


 先輩が走り出し、あっという間に見えなくなる。僕は杖を構え、呪文を唱えた。


「風の神アイレよ、邪悪なる音と芳香を吹き飛ばせ。ローテ・ウィンド!」


 勝手に吹き抜けていた風が、僕の周囲で竜巻のように一定の流れを生じる。風の音で歌はまともに聞こえないし、常に空気が循環しているから、匂いもまともに嗅がなくてすむはずだ。


 あとは集中を切らさないこと。術が解ければ、一気にサキュバスの魅了が襲いかかってくることになる。


「よし、行くぞ」


 僕は意を決して、通路に飛び出した。そこはすでに戦場と化し、先輩めがけてセイレーンがその鋭い牙と爪をむき出しにしている。僕は後方の壁に背をつけて、サキュバスが姿を現すのを待った。


「ほらほら、さっきみたいに歌ってくれないの?」


 先輩の動きはしなやかな豹のようだった。寄ってくるセイレーンたちを蹴り飛ばし、吹き飛んだ体で巣を壊したり、別の個体を狙ったりと、ひとつの動きで複数の効果を出している。おかげで数の差が、だんだん縮まってきていた。


「──来た!」


 目の前の劣勢を感じ取ったサキュバスたちが、先輩に秋波を送る。しかし完全に無視され、怒りのこもった視線を僕の方に向けてきた。


 一分、二分と時が経つ。彼女らの放った誘惑の香は、とうに僕の近くに到着しているだろう。……だが、まだ思考ははっきりしている。


「大丈夫、いける!」

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