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リアルの世界は平穏だと思ってたのに

「やっぱりって……いてててて!!」

「平時と戦闘中じゃ、同じようにはいかんということだ。お前、敵にばかり気をとられて足下がお粗末だったろう」


 敵を狙いつつ、自らに余計な効果が及ばないよう集中する。無茶を言うなと泣き出したくなるが、どうやら魔法使いはその二つができないとやっていけないらしい。


「ここの動きが遅いモンスターで練習するぞ。できるようになったら、徐々に速い敵に挑戦していく。目標は、特別に意識せずとも瞬時に魔力を調節できるようになることだ」

「……先が……先が長すぎる……」


 結局、その日先輩が迎えにくるまで、僕はひたすらオークを倒し続けた。終わる頃には足にくっきりと蛇の顎形がついていて、見た目にも大変グロいことになっていた。


「頑張ったんだね……」


 先輩が治癒の魔法をかけてくれて、ようやく人に見せられる足になった。そこで、今日の修行のあらましを説明する。


「先輩、僕の方の配信はしばらくやめてもらった方がいいかもしれません。しばらく同じ事の繰り返しだし、地味だし……」

「そうねえ。でも、今見たらコメント結構きてたよ? みんな頑張れって、応援してるんじゃないかな」

「そ、そうなんですか?」


 僕はしょせん先輩のツマだから、見られてなんてないと思ってたのに。世界って、思っていたよりずっと優しいんだな……。


〝悲鳴あげて逃げ回るの、もう終わり?〟

〝みっともなくて面白かったな〟

〝俺、あいつよりマシだと思うと元気出てきた〟


 僕は鳥の胴体に表示されたコメントからそっと目を背けた。


「……先輩、ありがとうございました。もう時計モードに戻して結構です」

「どうしたの? なんか目がドス黒いというか、怖いよ」

「いいんです。この世はどうせ修羅だと分かりました」


 僕は確かに弱いし情けないが、それでも冒険を経てわずかにプライドというものが芽生えてきていた。女の子の皮肉に勝る言われよう、言われっぱなしで黙っていられるか。


「サイカさん、日常生活の中でも何かできることはありませんか?」

「本当にどうした。急に熱心だな」

「いいから」


 サイカさんは迷っていたが、結局懐から一つの石を出してくれた。丸くて透明で、僕たちの世界にある水晶にそっくりの石だ。


「この石は魔力を吸う。漏れなくうまく吸わせれば石の色がより濃く変わるから、実力の確認にはなるだろう」


 サイカさんによると、一旦魔力が覚醒したら、どこであれそれは出てきてしまうのだという。……つまり、今の僕は現実世界でもヘタしたら魔法が使えるのだ。注意しないといけない。


「一回吸わせたら終わりなんですか?」

「いや。石に強い衝撃を与えれば魔力を放出するから、再度使える。まあ、平和な町でやっても実戦で役立つとは限らんが……」

「ありがとうございます。少しでも早くコメントした奴を見返してやりたいので」

「こめんと?」

「い、いえ。こっちのことです」


 僕は再度サイカさんに礼を言って、現実世界に戻ってきた。先輩はパソコンでコメントを見て、ため息をつく。


「有名になると、やっぱりコメント欄も荒れてくるなあ。ひどいのは消しとくね。こんなの気にしちゃダメだよ?」

「……そうですね」

「ものすごく気にしてる顔だね……」


 見てしまったものは気になるのだから、仕方無い。後はそれを、どれくらいバネにできるかだ。




神宮寺じんぐうじさん、今度は占いにでも頼り出したんですか? そんな水晶なんかデスクに置いちゃって」


 僕が石を会社に持っていくと、案の定女の子が噛みついてきた。


「でも、スポーツ選手もゲンを担ぐって言うでしょう? 神頼みしたくなる気持ちも、分からなくはないなあ」


 今回は事情を知っている先輩が割って入ってくれた。


矢田やだちゃんだって、神社のお守り持ってるじゃない。恋愛祈願の──」

「そ、それは黙っててって言ったじゃないですか!!」


 急に女の子──矢田美幸やだ みゆきは、顔を真っ赤にして先輩に詰め寄った。室内から一斉に、明るい笑い声があがる。


「別に誰に迷惑かかるわけじゃないからいいが。その分、きっちり成果あげてこいよ?」


 上司にそうからかわれながら、僕は石を持って外回りの営業に出た。相変わらず外は容赦なく日光が照りつけていて、冷房のきいた電車に飛び込むとようやくほっとする。運良く座れたので、余計にラッキーだ。


「けっこう色が濃くなったな……」


 最初は透明だった石が、いまや裏まで翡翠のように濃い緑色に染まっている。さて、これをどこかで放出しないといけないのだが、どこにしようか。


 ぼんやりと考えていると、いきなり視界に赤いものがよぎった。なんの気なしに顔を上げてみると、靴にぽつぽつと水滴が飛んでいる。その水滴は、何故か赤黒かった。


 まさか。まさかな。きっと、ブドウジュースか何かだ。


 僕は本能的に浮かんでくる悪い予感を無理矢理否定して、顔をあげる。そこには──


「殺してやる!」


 血のついた包丁を振り上げる男がいた。床に膝をついている男の体の下には、ばたばたともがく若い女性の姿がある。


悲鳴はあがらない。あまりにも現実離れした光景に、皆がその場所に張り付いたまま、思考を止めてしまっている。


「くそっ!」


 がつっ、と硬い音がした。男が振り下ろした包丁が、のたうちまわる女性の体を逸れて床を傷つけた音だ。その音で、僕の意識が覚醒する。


 そうだ。見ているだけじゃダメだ。


 僕は次の瞬間、男の顔面めがけて石を投げていた。男はとっさに飛んできた小石をよけられず、もろに額でそれを受ける。


「みんな、下を向いて!」


 何が起こるか分からない。僕が叫んだ次の瞬間、石から大量の閃光が放たれた。まるで、特大のライトを最高出力で点灯したような強い光は男の網膜を直撃する。


「ぐあ……か……」


 男は手で顔を覆って悶絶する。包丁が手から離れ、床に落ちた。僕はそれを遠くへ蹴り飛ばし、近くにあった緊急通報のボタンを押す。マイクで乗務員に状況が説明できたので、電車はすぐに止まった。


 それからは大騒ぎだった。犯人の確保、怪我をした女性の救急搬送、乗客たちへの事情聴取。途中から警察も加わって、車内は人でごった返した。


 僕はなんとか取引先と会社に連絡を入れ、誰よりも長く聴取を受けた。


「こんな石で犯人を撃退したの?」

「ら、ライトになるジョークグッズなんです。一回使ったら壊れちゃったみたいです

けど……」

「そんなものがあるの? 一応証拠品だから、預からせてもらうよ」

「え、それは……」


 困る。とても困る。しかし、僕にはそれを断る具体的な理由が思いつかなかった。


「どうしようかな……」


 一応、捜査が済んだら返してもらえるらしい。しかしいつのことになるか分からないため、僕は別の方法を考えざるを得なくなった。


「石がなくても、何かに集中させるイメージでやってみるか……」


 仮想敵と想定したゴミに魔力を集中させ、破壊する……僕は週末までそれでしのぐことにした。


 しかしそれも一筋縄ではいかず。


「わ、燃えた!!」


 うっかり段ボールを燃やしてしまって、マンションの火災報知器が鳴ったり。


「ゆ、床に傷が!!」


 カマイタチの魔法で、空き缶だけでなく要らないところまで切ってしまったり。


「こ、これは……捨てていいのかな……」


何故か毒を帯びてしまったコンビニ容器を、元に戻すのに一晩かかったり。


 僕は色々迷走しながら、次の週末を迎えた。



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